「テイルズオブ」シリーズ定番の要素の一つに「スキット」がある。
パーティキャラクター同士の会話、寸劇のことで、それぞれのキャラクターたちの関わり合いをフルボイスで楽しむことができる。
過去作の場合、スキットは主にキャラクターの2Dイラストが横に並んで表示されるものだったが、テイルズオブアライズのスキットはそれとは大きく表現を変えている。ゲーム中に表示される3Dモデリングそのままで、漫画のようなコマで表示される。
スキットは特定の場所や状況でボタンを押すことで発生する。野営中にでも発生する。あるいは、特定の状況で自動的に発生する場合もある。
発生する状況では効果音と共に右下にボタン入力指示(PSならばR1ボタン)が出る。
一度「発生条件を満たした」スキットは野営中に「思い返す」で見ることができる。
条件さえ満たしていれば、発生時に見ていなくても「思い返す」の一覧に表示されるため、今作ではあまり神経質になる必要はない。例えスキットを見ないでゲームを進めてもコンプリートできる。
並びはおおまかに、メインストーリーで見ることができるものが先で、その後に野営中に見ることができるものその他で分かれているが、必ずしも進行順にはなっておらず、また一部はストーリー中に見れるものだが後半に記載されている場合もある。
並びはあまり整頓されていないが、ここでは「思い返す」での表示順でスキットの一覧を掲載している。
スキット名をタッチで内容表示。表示後は枠外タッチで消える。
シオン:……なぜ、私を助けたの
シオン:ダナ人がレナ人を憎む理由はあっても助ける理由はないはずよ
アルフェン:……俺だってレナは嫌いだ。ただ他の連中ほどじゃないってだけで──
シオン:……なに?
アルフェン:以前にどこかで会ったことはないか?
シオン:生憎、ダナ人に知り合いはいないわ
アルフェン:……そうか。だよな
アルフェン俺は自分の過去を覚えていないんだ。顔もこの有様で何の手掛かりもない
シオン:それで私が何か知っていると思った訳?顔も分からないのに?
アルフェン:……ああそうだよ。だからあんたを助けたのもただの俺の都合さ
アルフェン:それにどうせ俺は傷の痛みも感じないしな
シオン:……痛み?あなた痛みを感じないの?
アルフェン:あ、ああ。痛みも顔も記憶もない。自分が奴隷だってこと以外、俺には何もないんだ
シオン:名前は?それも分からないの?
アルフェン:鉄仮面
アルフェン:俺を拾ってくれた人がそう名付けたんだ。本当の名前があるってことを忘れないようにって
シオン:……そう
アルフェン:今度はどこに行く気だ?
シオン:外よ。そのために戦ったばかりじゃない
シオン:……ねえ、あなた、痛みを感じないっていうのは本当なの?
アルフェン:そんな嘘ついてどうする?気になるのか?
シオン:……いいえ。ただ、その……どういうものかと思って
アルフェン:奴隷としては、いいことと悪いことがあるな
シオン:?
アルフェン:いいのはレナ兵に小突かれてもちっとも堪えないことだ
アルフェン:悪いのはそれで怪我をしても自分じゃ気付かないから、下手するとそのまま死んじまいかねないってことだ
シオン:死……
アルフェン:そりゃそうさ。感じないだけで別に不死身でもなんでもないんだ
アルフェン:だけど、そんなことすら言われるまで気付かなかった。俺が今生きているのは、全部、奴隷仲間のお陰さ
シオン:その仮面、ちゃんと見えてるんでしょうね
アルフェン:当たり前だ。でなきゃ、どうして転ばずにすんでると思うんだ?
シオン:なんなの、それは?ダナのものとも思えないけど
アルフェン:知るもんか。昔のことは思い出せないし、気が付いた時には着けていたんだ
アルフェン:俺だって外せるものなら外したいさ。飯は食べにくいし、痒い時に顔を掻けないのも最悪だ
シオン:そんなことより、その姿で今まで生きてこれたことが驚きだわ。目を引かないはずないのに
アルフェン:ダナの仲間で気にするやつはほとんどいない。するだけ無意味なんだ。俺たちの境遇じゃな
シオン:……装甲兵は?怪しまれなかったの?
アルフェン:確かに連中は俺たちの命なんてなんとも思っちゃいない。虫の居所が悪かったり怒らせたりしたら命取りだ
アルフェン:だが目立たないようにしていれば、大抵は無視される。正直、やる気がないように見えることもある
アルフェン:仲間が言うには、無暗に奴隷を殺して、それで作業が遅れれば、結局自分たちが怒られることになるからじゃないかって話だ
アルフェン:その辺はあんたの方が詳しいんじゃないのか?
シオン:……私は領将の部下ではないわ
シオン:ただ、そうね。300年間変化のない支配のもとで、兵士も倦んでいるのかもしれない
シオン:その意味ではこの騒ぎは彼らにとっていい刺激でしょうね
アルフェン:……退屈しのぎで殺されてたまるか
シオン:あの炎の剣の力……領将に匹敵するかも……いいえ、もしかしたらそれ以上の……
アルフェン:本当に大丈夫なのか?
シオン:……何の話?
アルフェン:傷だ。敵の攻撃がまともに当たっただろう。それにあの炎
シオン:当たったのは主霊石(マスターコア)のところだからなんともないわ。炎も熱くはなかった。多分、星霊力が形を成す過程だったから
シオン:それを言うなら、あなたは本当に痛みがないのね
アルフェン:……信じてなかったのか?
シオン:そういう訳じゃないわ。手に大やけどを負って平然としているのを見て、改めて実感したというだけ
シオン:皮肉なものね。触れた者すべてに痛みをもたらす私が、同じ痛みをもたらす剣を使うことができないなんて
アルフェン:自分も痛みを感じなければって思うのか?気付かないうちに指が燃え落ちるかもしれないんだぞ?
シオン:だから何?いいこと、私には力が必要なの。今まで見てきた中で、あの炎の剣より強力なものなんてなかった
アルフェン:目的が果たせれば、自分がどうなってもいいっていうのか?
シオン:知ったような口利かないで
アルフェン:……!
シオン:……
アルフェン:俺は……俺には分からない。そんな、自分で自分を捨て駒扱いするみたいにするなんて
アルフェン:奴隷が強いられてきたことを、望んでするなんて
シオン:……
シオン:なぜ、あなたの手には傷がないの?
アルフェン:傷?何の話だ?
シオン:紅の鴉のダナ人たちは自分で霊石を取り除いたんでしょう?
シオン:なのに、あなたの手には霊石もそれを取り除いた痕もない。なぜ?
アルフェン:それは……覚えていないんだ、何も
シオン:本当なの?その仮面、痛覚のこと。それに剣の扱いや身のこなし。何もないはずないわ
アルフェン:嘘吐いたってしょうがないだろう!俺だって自分が誰なのか知りたいさ
アルフェン:だけど思い出せないんだ。それにそんなこと気にしている余裕もなかった
シオン:だからって……
ジルファ:お前は俺たちに何もかも話したのか?
アルフェン:ジルファ……
ジルファ:隠し事をしながらの詮索は嫌われる
シオン:……ふん
アルフェン:……ジルファは尋ねないんだな
ジルファ:必要と思えばそうする。実際、お前は謎が多いからな。だが好奇心を満たすだけのために立ち入る気はない
ジルファ:何か思い出した時、お前にその気があるなら話せばいい。さしあたり、それで十分だ
アルフェン:ああ、分かった
アルフェン:ジルファはどうして俺が何者なのか気にしないんだ?
ジルファ:して欲しいのか?
アルフェン:いや、そういう訳じゃ、ただ……
ジルファ:お前は自由に生きるために戦うと言った。今、肝心なのはそこだけだ
ジルファ:それに比べれば、お前が実はレナだったとしても、大した問題じゃない
アルフェン:レナ!?俺が?
ジルファ:何者か分からないってのはそういうことだ
ジルファ:だがそのレナのシオンとも現に手を組んでいる。ならお前がどっちだろうと同じことだ
アルフェン:すべてのレナを敵視している訳じゃないのか
ジルファ:俺たちは何もレナを鏖にしたい訳じゃない。自由のために必要なら武器を取るというだけだ
ジルファ:それに俺たちに賛同しないダナだって沢山いる
アルフェン:ダナ人の中に敵がいるのか?
ジルファ:そうじゃない。味方じゃないってだけだ。十人いれば十人の、百人いれば百人の事情がある
アルフェン:……よく、分からないな
ジルファ:だったら、今はやるべきことだけに集中しろ。だがその時が来たら自分の頭で考えるんだ
シオン:…………
シオン:何?不躾な視線はやめなさい
アルフェン:……前にも聞いたが、本当に俺と会ったことはないんだな?
シオン:あのね、いいこと?私はレナ、あなたはダナ
シオン:それに私はレネギスにいたの
シオン:あなたが記憶を失う前にどこにいたにせよ、出会いようがないわ
アルフェン:レネギス……あの空に浮かんでいるあれか?
アルフェン:レナ人の城だとは聞くが、本当に人が住んでいるのか、あそこに
シオン:私たちがどこから来たと思っているの?
シオン:領戦王争(スルドブリガ)のたびに降りてくるのだって、見ているはずよ
アルフェン:何年前のことなんだ、それは?
シオン:……今回の領戦王争は七年目になるはずだけど
アルフェン:じゃあ憶えてないな
シオン:あなたが憶えているのは何年前からなの?
アルフェン:一年くらい前だ。そこでドクに拾われた
シオン:一年……悪いけど、それならやっぱり会っているはずないわね
アルフェン:そうか……
アルフェン:なあ、シオンの武器はどこから来るんだ?
シオン:どこからって……どういう意味?
アルフェン:戦いになると、どこからともなく現れるじゃないか
シオン:ただの転送技術よ。普段は「虚空に沈めて」あって必要な時に呼び出すの。わかった?
アルフェン:分からないけど……凄いな
シオン:え?
アルフェン:だって、お陰で重い武器を持ち運ばなくていいし、敵に奪われる心配もないんだろう?凄い発明じゃないか
シオン:……あなた、ダナでしょう?敵の技術を褒めるの?
アルフェン:変か?技術は技術だろ。敵も味方もない
シオン:それはそうだけど……
シオン:……
アルフェン:あまり目立つなよ。あんたは今、ここで唯一のレナ人なんだからな
シオン:……奴隷が寝起きするだけの場所という割には集落の体を成しているのね
アルフェン:あ?ああ、確かに装甲兵だらけのモスガルとは違うが……もっと悲惨なのを想像していたのか?
シオン:領将ビエゾはあなたたちには何もできないと思っている
アルフェン:何!?
シオン:いくら手が足りないと言っても、脅威を感じていたらこんな風に好きにさせておいたりはしないはずよ
アルフェン:お前……!……いや、そうかもしれない
アルフェン:<紅の鴉>以外のダナ人は、皆、レナに支配されているのが当たり前だと思ってる
アルフェン:生まれた時、いや生まれる前からそうなんだ。自分たちと何の関係もない、レナの<王>を選ぶためなのに
シオン:不満があるなら戦えばいいわ。それをしないのなら、それは受け入れたということよ
アルフェン:……自分は違うって言いたげだな。レナ人っていうのは皆そんな風に考えるのか?
シオン:確かに私たちレナにとって、力があるかどうかは重要ね。でもそれとこれとは別よ
シオン:私には目的がある。そのためならどんなことだって利用する。ダナ人だろうと、炎の剣だろうと。それだけよ
シオン:いたるところ、ズーグルだらけで、うんざりするわね
アルフェン:もとはと言えば、あんたたちが連れてきたんじゃないか。わざわざレナから
シオン:ただのレナの生き物ではないわ。皆、目的に応じて何かしら調整された存在だから
シオン:それにダナの生き物をもとに作られたズーグルだっているそうよ
アルフェン:ダナの?人間だけでなく、他の生き物にまで手を出しているのか!?
シオン:怒るのは勝手だけど、私たちには目的があったはずよ。協力するの?しないの?
アルフェン:……するさ。すればいいんだろう
アルフェン:ここは補給基地だとかって言ってたよな。けど、ネアズは城跡だと言っていた
アルフェン:本当のところはどうなんだ?
シオン:さあ?
アルフェン:さあって……
シオン:私が知る訳ないでしょう?レナのことならなんでも知ってるとでも思ってるの?
アルフェン:そうは言わないが……
シオン:300年前、レナから持ち込まれた資材の多くがそのまま色んな用途に転用されたとは聞くわ
シオン:だからここは補給基地だったかもしれないし、同時に領将の城だったこともあったかもしれない
シオン:いつから領将の城が今の場所に移ったのかは知らない。これで満足?
アルフェン:あ、ああ。……ありがとう、その、教えてくれて
シオン:別に大したことは言ってないわ。ほら、さっさと行くわよ
アルフェン:……まだ信じられない気分だ。本当にレナの領将に挑む日が来るなんて
シオン:随分、浮かれてるのね。これから命がけの戦いだというのに
アルフェン:そりゃ、もちろん不安はあるさ。だけど俺たちダナがやっとつかんだ望みだからな
アルフェン:──そういうシオンは不安はないのか?
シオン:私はそんなものを感じてる暇はないの。これは最初の一歩でしかないんだから
アルフェン:五人の領将全員を倒す、か。壮大すぎて実感湧かないな
シオン:でもやるのよ
アルフェン:分かってるさ。そういう約束だしな
シオン:本当に分かってるといいんだけど。負けたら死ぬより辛いことになるかもしれないのよ?
アルフェン:そうかもしれないが、どうせなら負けた時の心配より、負けないためにどうするかを考える方がよくないか?
シオン:それはそうだけど……
アルフェン:やる以上は勝つために全力でやる。そこは信じてくれ
アルフェン:どこにいるんだ、ビエゾは。急がないと……
シオン:……近いわ。もう少し離れて
アルフェン:あ、ああ、済まない。……そんなに近かったか?
シオン:慣れてないの。誰かの傍に立たれるのが
アルフェン:……<荊>のせいか
シオン:……
アルフェン:意外と優しいんだな
シオン:はあ!?
アルフェン:違うのか?<荊>で人を傷付けないようって──
シオン:分かったようなことを言わないで。何も知らないくせに
アルフェン:何も知らないって、それはそうだけど、そんな言い方しなくたっていいだろう
シオン:それが無神経だって言うのよ
アルフェン:なっ……
シオン:……
アルフェン:……悪かった
アルフェン:ただ、色々大変なんだなって、俺はその、痛みが分からないから……
シオン:……
シオン:悪気がなかったのは分かったわ
シオン:上の階に領将の間がある。ビエゾは恐らくそこよ
アルフェン:いよいよ領将ビエゾと対決か
シオン:そのビエゾだけど、あなたはあの男について、どこまで知っているの?
アルフェン:どこまでって、カラグリアを支配する領将じゃないのか?
シオン:いいこと?相手は猛獣(ビエゾ)エルウォルゼ・テルディリス。腐ってもすべてのレナの頂点に立つ五人のひとりなのよ?
シオン:たとえ主霊石(マスターコア)がなくても、恐るべき相手に変わりはないわ
シオン:私はあの男が気晴らしに何匹ものズーグルを屠るのを見たことがある
シオン:その巨体から繰り出す一撃は素手であっても危険、まして武器を持った時は致命的よ
アルフェン:攻撃は必ず避けろってことか
シオン:ええ。決してまともに打ち合おうとしては駄目。避けて隙を狙う。それを忘れないで
アルフェン:俺たちの協力が試されることになりそうだな
シオン:……へまをしないことを祈っているわ
アルフェン:……
シオン:怖気づいたの?
アルフェン:違う。炎の剣のことを考えていたんだ。あれを握ると妙に胸がざわつく
シオン:レナの主霊石から生まれた剣に頼るのが不満?
アルフェン:そういうんじゃないんだ。ただ……なんだろう。あの剣は強すぎる気がする
シオン:何を気にしているのか知らないけど、そのおかげで領将に挑めることを忘れないで欲しいわね
アルフェン:言われなくても、それくらい分かってる
シオン:だといいけど
シオン:とはいえ、長く使えばそれだけ自分も焼かれる。治癒術が間に合わなければ危険なことになる
シオン:諸刃の剣には違いないわ。痛みを感じないからって、気を付けなさい
アルフェン:……心配してくれてるのか?
シオン:いいこと?あなたにはすべての領将を倒す役目がある。こんなところで倒れられては困るの。それだけよ
アルフェン:戦いの最中に時々シオンが放り投げてるのはなんなんだ?
シオン:何って爆弾よ
アルフェン:爆弾って……岩を吹っ飛ばしたり時に使うあれか?けど、火じゃないものも飛び出したりしてなかったか?
シオン:もちろんただの爆弾じゃないわ。星霊力が充填された特別製よ。
アルフェン:じゃあ自分で投げた爆弾を銃で撃ったりもするのは?
シオン:あれは工夫。別の星霊力を籠めた弾で効果を変えてるの
シオン:いつ爆発するか、どんな効果なのか、相手は予測しにくくなるから
アルフェン:強力な爆弾を使う上に、強力な治癒術も使う……考えてみると、正反対の組み合わせだな
シオン:安心しなさい。万が一、爆発に巻き込まれても生きている限りは星霊術で治してあげるから
アルフェン:……せいぜい死なないように気を付けるよ
シオン:炎の剣の力は期待以上ね
アルフェン:……
シオン:あれだけ強ければ、もはや属性の相性も問題にならない。問答無用で捻じ伏せる圧倒的な力だわ
アルフェン:炎の門の時みたいな芸当は期待しないでくれ。あれは集霊器の化け物の力があったからできたんだ
シオン:それでもビエゾは倒せたわ。なら他の領将にも通用するはず。十分よ
シオン:どのみちこれ以上強力だと、あなたの体が持たない。ビエゾを倒した後のことを忘れたの?
アルフェン:……シオンは怖くないのか?あれほどの力を振るうことが
シオン:いいこと?力は可能性よ。みすみすその可能性を捨てるつもり?
アルフェン:……わかったよ。切り札なのは確かだしな。自分が消し炭にならない程度に、せいぜい暴れてやるさ
シオン:なんで私がこんなこと……
アルフェン:もう少し愛想よくできないのか?
シオン:その必要があるとは思わないけど
アルフェン:少なくとも当分、一緒に行動するんだ。わざわざ空気を悪くしなくたっていいじゃないか
シオン:いいこと?忘れているなら思い出させてあげるけど、私たちが行動を共にしているのは、純粋に利害の一致のためよ
シオン:そうでなければ、私だってダナの奴隷となんて──
アルフェン:俺は奴隷じゃない!!
シオン:っ!!
アルフェン:俺は戦うことを選んだ。奴隷であることをやめたんだ。いいか、俺は奴隷じゃない。分かったか!!
シオン:……
アルフェン:……怒鳴ったりしてすまない。だが、二度と言わないでくれ。いいか?
シオン:……分かったわ
アルフェン:まさか壁の向こう側から誰か来るなんてな。何者なんだろう、あの子は
シオン:そんなに驚くような話じゃないでしょう?カラグリアの外にだって国はあるんだから
アルフェン:レナ人にとっちゃそうかもしれないけどな、俺たちはずっと壁の中に閉じ込められてきたんだ
アルフェン:壁の向こうにも世界が広がってるって、理屈じゃ分かっていても、実感なんてなかった
シオン:水を差すようで悪いけど、その外の世界にも支配している領将がいることを忘れないで
アルフェン:ああ、分かってるさ。あの子が何か訳ありだってこともな
アルフェン:それでも壁の向こうには確かに世界があった。分かってもらえないだろうが、それだけでも俺は嬉しいんだ
アルフェン:シオンはよく毎回、あんな風に銃を撃てるな
シオン:どういう意味?
アルフェン:俺は力任せに叩きつけるだけだ。それに比べて、なんていうかその、正確だ
シオン:別にそんなこと──単に銃がそういうものだっていうだけ。当たらなければ何の意味もないし
アルフェン:やっぱり意識して狙う急所とかあるのか?
シオン:それほど意識している訳じゃないけど、例えば飛んでいる敵は翼を狙うことが多いわね
シオン:あと翼もない癖に飛び上がる敵もいい的ね。避けられる心配がないから当てやすいわ
シオン:あなただって自由に飛び回れない敵の方が仕留めやすいでしょう?
アルフェン:ああ。ひらひら好き勝手飛び回られるより、ずっといい
シオン:戦いで敵の動きを封じるのは基本よ
アルフェン:まあな。おかげでうまく気絶させてくれたときは素材とかも奪いやすい。本当に助かってる
シオン:別に礼なんていらないわ。ちゃんと戦ってくれればそれでいいから
アルフェン:……
シオン:もうカラグリアに後ろ髪を引かれているの?
アルフェン:……いや、むしろ離れられてほっとしてる
シオン:ほっと?安心したっていう意味?
アルフェン:誰も彼も、見ず知らずの人までが、俺のことを前から知っていたみたいに話しかけてきて、正直落ち着かなかった
ジルファ:それだけのことをしたんだ、お前は。レナの領将を倒し、炎の門を打ち壊すというな
アルフェン:けど、それは炎の剣があったからこそだ。ビエゾのもとにたどり着けたのだって、ジルファたちが……
ジルファ:それでも、ビエゾを倒したのはお前なんだ。それに人間ってのは、守ってくれそうなものを崇めたがる
ジルファ:英雄だなんだと呼んでな
アルフェン:俺はそんなもの求めていない!そんな、領将の代わりみたいな……俺は嫌だ
ジルファ:変わっているな、お前は
アルフェン:……
ジルファ:本当にそう思うなら、その感覚を大事にしろ。迷った時は、その声に耳を傾けるんだ
ジルファ:そうすれば、見失わずに済む。お前が正しいと思う道をな
アルフェン:俺が、正しいと思う道……
アルフェン:ジルファ、あんたが戦い続ける理由はなんだ?
ジルファ:理由?
アルフェン:<紅の鴉>に出会うまで、俺の知っているダナ人は皆、大人しく奴隷の運命を受け入れていた
アルフェン:いや、俺自身そうだった。けどあんたたちは違った。勝ち目がなかった時から既にそうだった。なぜなんだ?
ジルファ:別に難しい話じゃない。奴隷でいることを拒んだ、それだけのことだ
アルフェン:奴隷として死ぬより、戦って死ぬことを選んだってことか?
ジルファ:逆に聞くが、お前にとって奴隷でなくなるとはどういうことだ?
アルフェン:それは……レナに支配されないことじゃないのか?
ジルファ:ならレナに立ち向かい、志半ばで死んだやつは奴隷か?
アルフェン:……!
ジルファ:俺に言われるまま、訳も分からず死んでいくやつがいたら、そいつは奴隷と何が違う?
アルフェン:それは……
ジルファ:身分だけが奴隷じゃない。逆も然りだ
ジルファ:俺の奴隷になるなよ、アルフェン
アルフェン:本当にすべてのレナ人をダナから一掃できるんだろうか?
ジルファ:レナ人を一掃だと?
アルフェン:だって俺たちが生きるためには……違うのか?
ジルファ:お前の炎の剣を得て、勝利がただの夢物語ではなくなった今、俺たちは敵の皆殺しを目指すべきなのか?
アルフェン:それは……だけど……
ジルファ:死なないため、殺されないために相手を殺そうとする。相手はますますこちらを殺そうと躍起になる
ジルファ:その繰り返しの果てにあるのはなんだ?
アルフェン:……だからむやみにレナを殺すなとガナルに言ったのか?
ジルファ:連中が俺たちにしてきたことを赦すつもりはない。だが自分で積み上げた憎しみに圧し潰されたいとも思わん
ジルファ:憎しみの形は様々だ。たったひとつの答えですべて解けるとも思えん。が、それでも破滅が嫌なら探し続けるしかない
ジルファ:見つかるまで一生探し続ける。お前もそうしろ。自分自身の答えをだ
シオン:ここを抜けるのね
アルフェン:どうしたんだ、ジルファ?
ジルファ:ああ、すまん
リンウェル:それ、指輪?
ジルファ:女房の形見だ
アルフェン:女房……って、あんた結婚してたのか
ジルファ:意外か?
リンウェル:形見ってことは、亡くなったの?その……レナのせいで
ジルファ:いや、病気だ。薬が手に入らなくてな。あっけないもんだった
ジルファ:あいつにも見せてやりたかった。この先の世界をな
アルフェン:ジルファ……
ジルファ:気にするな。言っておいてなんだが、別に珍しい話じゃない
リンウェル:でも……!
リンウェル:……!
ジルファ:行くぞ
アルフェン:階段や柱……どういう場所なんだ、ここは?
ジルファ:俺もここに来るのは初めてだからな。レナの輸送隊もここを使っていたんだろうが
アルフェン:にしては、随分、ボロボロじゃないか。シオンは何か知らないのか?
シオン:知らないし、興味もないわ
アルフェン:……
リンウェル:ここ、ダナの遺跡だよ。ほら、柱の装飾とかさ。大昔のダナの意匠だよ、全部
ジルファ:つまり、ここは300年以上前に作られたということか?
リンウェル:うん、何のためのものかまでは分からないけどね
アルフェン:俺たちの先祖も、こんなものを作るくらいの力があったんだな
アルフェン:いつかまたダナの人たちが、ここを自由に行き来する日が来るんだろうか?
ジルファ:しっかりしろ。そのためにお前は戦っているんだろうが
アルフェン:……そうか。そうだったな
リンウェル:もう少しで出口。そしたらシスロディアだよ
アルフェン:……
ジルファ:どうした、また考え事か
アルフェン:……俺たちはビエゾを倒して、カラグリアをレナから解放した。今度はシスロディアのダナ人を助けようとしている
アルフェン:苦しんでる同胞を助けてやりたちとは思う。だけど、その先のことは……どういうことになるんだ?
ジルファ:いい質問だ
ジルファ:数でならダナはレナを圧倒しているが、武器を取る者は少ない。その武器にしてもレナのものに遠く及ばん
ジルファ:仮に領将を全員倒してダナ全土を解放できたとしても、まだレネギスとその後ろにレナの本国が控えている
ジルファ:今、連中が本腰を入れて反撃してきたら、俺たちに勝ち目はない。例え炎の剣がどれだけ強力であったとしてもだ
リンウェル:そんな……じゃあ、私たちは望みのない戦いを挑んでいるの?
ジルファ:明日の敗北のために、今日の勝利を捨てる必要はない。戦うことでもう一日生き延びられるなら、その価値はある
ジルファ:その一日を使って、明日勝つためにできることをするんだ
ジルファ:より現実的な話をすると、連中がその力があるのに俺たちを一掃しないのは、俺たちが必要だからだ
ジルファ:だから連中が本腰を入れる前に十分な力をつけ、交渉の場に引きずり出す
リンウェル:レナと交渉するの!?
ジルファ:気持ちは分かる。だが俺たちが生き残るにはそれしかない
リンウェル:そんな……でも、そんなのって……
シオン:話は終わった?先を急ぎたいのだけど
アルフェン:シオンはどう思っているんだ?すべての領将を倒した後は?
シオン:……私たちは同じ目的のために戦ってる訳じゃない。答える必要はないわ
アルフェン:ここがシスロディア……
ジルファ:首府まではどのくらいだ?
リンウェル:まだ、だいぶ先だよ。ズーグルもカラグリアとは違うから気を付けて
ジルファ:わかった。これは離れず進んだ方がいいな
アルフェン:ああ。ん、おい、シオン!
シオン:密集して襲われても銃では反撃しにくいでしょ。あなたたちの後を追うわ
ジルファ:そうか、分かった
アルフェン:……なんだよ。カラグリアじゃだいぶ打ち解けてたじゃないか
シオン:あのね、ここは敵地よ。いつまでも浮かれ気分に浸ってもらっては困るの
アルフェン:……
ジルファ:気にするな。あいつなりのけじめってやつだろう
ジルファ:それに考えてもみろ。<荊>があるあいつに関わろうとする人間が過去にそういたとは思えん
ジルファ:そんな相手に痛みを感じないからってお前は近づきすぎたのさ
アルフェン:そういうもの……か?
ジルファ:あいつはひとりでダナに来たんだ。だが一度でも故郷を想う素振りを見せたか?
アルフェン:いや……
ジルファ:それだけであいつが並ならぬ事情を抱えてるのは分かるってもんさ
アルフェン:……そうか
ジルファ:それを含めて支えてやるのもお前の務めってことだ
ジルファ:これから長い付き合いになるだろうしな。仲良くやれよ
アルフェン:仲良くって……
ジルファ:さあ、行くぞ
シオン:それにしても山ひとつ越えただけなのに、こんなにも気温が違うなんて
アルフェン:そんなに違うのか?
リンウェル:カラグリアは暑かったよ
アルフェン:俺は見た目の違いしか分からな……っくしょい!
リンウェル:へえ、自覚できなくても、体は反応するんだね
アルフェン:そうか。くしゃみが出たら寒いってことか
シオン:くしゃみは風邪の引きはじめと言うわよ?寒さを感じないなら、なおのこと体調管理に気を──
シオン:──くちゅっ!
アルフェン:今のは──くしゃみ……なのか?
シオン:言葉を噛んだだけよ
アルフェン:いや、俺のとはだいぶ違ったけど、今のは確かにくしゃみ──
シオン:違うって言っているでしょう?──くちゅんっ!
アルフェン:……お互い体調管理には気をつけような
ジルファ:リンウェル、あまり前に出るな。いつどこからズーグルが現れるか分からん
リンウェル:大丈夫だよ、来るときだって何とかなったし
ジルファ:いいから下がっていろ
リンウェル:そんな駄目だよ、私が頼んで来てもらってるのに……
ジルファ:お前が倒れたら案内役がいなくなる。それに危険を引き受けるのは老いぼれの役目だ
リンウェル:でも……
ジルファ:お前にはこの国の抵抗組織とつないでもらわなきゃならん。それまで元気を取っておけ
リンウェル:……うん。ありがとう
シオン:でも確かにどうやって通り抜けたの?ズーグルにまったく遭遇せずに済んだとは思えないけど
リンウェル:……
アルフェン:何かうまく隠れる技でもあるのか?
リンウェル:あ、うん、そうそう。私ってほら、こう見えても結構すばしっこいから
アルフェン:そうか。なんにせよ運も良かったんだろうな
シオン:すばしっこい、ね……
シオン:寒さに暗さ。こんな土地で、よく人間が暮らしていけるものね
アルフェン:ああ。こう何もかも雪に覆われてちゃ、苦労も多そうだ。よく見えない上に、歩くのだって一苦労だし
リンウェル:カラグリアだって変だよ。岩だらけで埃っぽいし、そこら中燃えてるし
アルフェン:燃えてるのが変、か。考えたこともなかったな。厄介物くらいにしか思ってなかった
リンウェル:この国では火は命をつなぐ大切なものだよ。薪になる木もそう
アルフェン:ひょっとして太陽も珍しかったのか?
リンウェル:珍しいどころか、カラグリアに行くまで言い伝えでしか知らなかったよ
リンウェル:あんなに熱くて容赦ない明るさだなんて思わなかった。でも他の国じゃ、あれが当たり前なんだね
アルフェン:ところ変われば何が当たり前かも変わるってことか。なんだか不思議な話だな
リンウェル:あのさ、私の魔法のことだけど
アルフェン:あまり大っぴらにして欲しくないんだな
リンウェル:……うん、ごめん
シオン:あの村で使っておいて、今さらという気もするけど
リンウェル:……!
アルフェン:よせ、シオン
リンウェル:……あの人が
アルフェン:え?
リンウェル:ジルファが死ぬのが嫌だった。だから……
アルフェン:ああ。リンウェルが助けてくれなかったら、危なかった。ありがとうな
リンウェル:……うん
フルル:フォルル……
アルフェン:リンウェルの魔法って毎回、呪文を唱えないといけないのか?
リンウェル:うん、呪文自体に何か力がある訳じゃないけど、詠唱することで星霊力を練り上げていくんだ
リンウェル:時間はかかるけど、その分、強い力を呼び起こすことができるから
アルフェン:唱えている最中を邪魔されたらどうなるんだ?
リンウェル:それはやり直しになっちゃう。集中が途切れると、集めた力も散っちゃうから
アルフェン:そうか。じゃあリンウェルが唱え始めたら、敵に邪魔されないようにしないといけないんだな
リンウェル:うん、お願い。あ、でもひとつ奥の手があるよ
リンウェル:私、詠唱が終わってもね、ひとつだけなら発動しないまま魔法を手元に置いておけるんだ
アルフェン:それって使う時はいきなり使えるってことか?凄いな
リンウェル:うん。まだうまく使いこなせないけど、きっと役に立つと思うから
シオン:何者だったのかしら
アルフェン:ひょっとしてあれがこの国の領将ガナベルトなのか?
シオン:領将がひとりで外をうろつくとも思えないけど
シオン:それにレナ人がズーグルを殺す理由がないわ
アルフェン:なんにせよ、顔を合わせなくて正解だったみたいだ。見ろよ、すべて一太刀。只者じゃない
リンウェル:…………
アルフェン:大丈夫か?
リンウェル:あ……うん
アルフェン:……今はジルファを追おう
リンウェル:気を付けて。怪しいと思われたら、すぐ通報されるから
アルフェン:<蛇の目>だけじゃなく、褒美目当てのダナ人もいるんだったな
アルフェン:その割には結構通りに人がいるな。家に閉じこもってる方が安全じゃないのか?
リンウェル:あまり閉じこもりすぎてると、それはそれで隠れて何かしてるって疑われるからね
アルフェン:疑われる前に疑う。疑うことで疑われずに済む、か。やるせないな
アルフェン:なるべく人通りの少ないところを──あ、おい、シオン!?
シオン:ただでさえ私たちは見慣れない姿をしているのよ?なら逆に堂々としている方が怪しまれないわ
シオン:きょろきょろしないで、ちゃんと目的地があるって顔で歩きなさい
リンウェル:こそこそするのは性に合わないってこと?これだからレナは……
アルフェン:レナだからかどうかは知らないが、一理あるのも確かだ
アルフェン:どのみち身動き取れないんじゃ意味が無い。追いかけよう
アルフェン:リンウェルはメネックとは長いのか?
リンウェル:ううん、私もそんなに昔から<銀の剣>にいる訳じゃないから
リンウェル:メネックは切れ者だけど疑り深いんだ。そうじゃないと生き残れないから、無理ないけどね
アルフェン:そうなのか?確かに最初はそんな感じだったが、話せば分かってくれたじゃないか
リンウェル:うん、あれは意外だった。それだけ追い詰められてるってことなんだと思う
リンウェル:私なんて、信用してもらうまで大変だったんだから
リンウェル:仕方ないんだけどね。いつだれが裏切るか分からないし、どこに<蛇の目>の手先が潜んでいるかもわからないし
アルフェン:どうして<銀の剣>に入ったんだ?リンウェルはこの街の生まれじゃないのか?
アルフェン:ひょっとして家族を<蛇の目>に……
リンウェル:違うよ
リンウェル:そうじゃないから。ただ……あ、ほら、あまり長話してると怪しまれるよ。行こう
シオン:街の外からの抜け穴といい、どうしてこんな通路があちこちにあるのかしら
シオン:<蛇の目>が人目を避けて移動するため、という訳でもなさそうだけど
アルフェン:遺跡……じゃないよな。リンウェル、知ってるか?
リンウェル:下水だよ。地下にあるのは凍らないようにするためだけど、大きな街なら別に珍しくないよ
アルフェン:そうなのか?
リンウェル:カラグリアには下水とかなかったの?
アルフェン:知ってる限りではな。汚物だろうがなんだろうが、不要なものは全部、燃やしてしまうような国だった
アルフェン:……奴隷の死体すらだ。燃料にもならないのに不思議だったが、あれも星霊力を取り出すためだったのかもな
リンウェル:……
アルフェン:すまない。こんな時にする話じゃなかった
アルフェン:敵の星霊術でも、詠唱がある類のやつは遠くから仕掛けて来る上に威力もあって厄介だな
リンウェル:……私、邪魔できる、と思うよ
アルフェン:邪魔?
リンウェル:詠唱している時って心が無防備になるんだけど、その隙に集まった力を横取りする技があるんだ
アルフェン:横取りって、どうするんだ、それで?
リンウェル:自分で好きな時に使えるように、取っておける
リンウェル:横取りした力を解放するだけだから、その一回きりだけどね
リンウェル:あと、それをされると集中できなくなるから、相手はしばらく詠唱できなくなるはずだよ
アルフェン:相手の術を奪える上に、しばらく使えなくする……リンウェルの魔法はそんなことまでできるのか
リンウェル:……一族秘伝の奥義だからって、学ばされたんだ
アルフェン:この先、詠唱する強敵に出くわしたら、リンウェルの力が鍵になりそうだな
リンウェル:うん、難しいけど頑張るよ
ロウ:ガナベルトの野郎……くそっ!
シオン:敵があまり見当たらない……どういうこと?
アルフェン:俺たちが逃げるはずないと踏んで、待ち構えているのかもな
ロウ:だったらお望み通り乗り込んで、ぶちのめしてやる
リンウェル:多分、広場の奥のリベールの獄塔だと思うよ。あれが領将の館だから
アルフェン:あの光を集めてる集霊器のある建物だな
シオン:用心しなさい。こちらに治癒術があるのを見越してあんな毒を仕込むなんて、あの男、相当危険だわ
ロウ:あいつは危険なんかじゃねえ。ただの陰険陰湿野郎だ
シオン:領将を甘く見ない方がいいと言ってるの。他にもどんなことをしてくるか分からない
シオン:それに、後悔や戸惑いはあの男を喜ばせるだけよ
ロウ:!……分かったよ
ロウ:──親父……、最後に何を言おうとしたんだ?
ロウ:それを想像できるほど、俺は……俺はあんたと言葉をかわしてないのに……
リンウェル:あんな騒ぎがあったのに、何も変わった様子がない……。ジルファの言葉を聞いて誰も何も感じなかったの?
ロウ:どこに<蛇の目>がいるかも分からないんだ。密告が怖くて、何かするなんてできっこねえよ
アルフェン:それに、奴隷としての暮らしが長く続くと立ち上がるという考え自体が出てこなくなるんだ
アルフェン:カラグリアの人たちがそうだった
シオン:牙を抜かれて人頼みになった連中に何かを要求する資格なんてないわ
ロウ:シスロディアじゃ牙を守ることも難しいんだよ。それに好き好んで死にたい奴ばかりじゃねえし
アルフェン:それでも、領将を倒せば、きっと何か変わるはずだ
リンウェル:……うん、そうだよね
ロウ:ちょっと待った
アルフェン:どうした?
ロウ:ガナベルトの奴のことだ
ロウ:あいつは光と雷を操る。しかも剣の使い手としても凄腕だ
シオン:仮にも領将の一角よ。驚くには当たらないわ
ロウ:それだけじゃねえ。奴はおかしな道具を使うんだ
リンウェル:道具?レナの武器ってこと?
ロウ:多分な。奴の周りにいくつも浮かんで、どこからだろうと、それが相手の攻撃を防ぎやがるんだ
アルフェン:死角がないってことか?
ロウ:ああ。だから俺が正面から奴の守りをぶち破る
リンウェル:はあ?守りが堅いんでしょう?
ロウ:だからこそだ。俺があのくそったれの守りをぶち抜く。あんたたちはそこを突けばいい
アルフェン:……分かった、オマエを信じる
アルフェン:行こう。ジルファの敵討ちだ
ロウ:言い忘れてたけどよ、もしやたら守りが硬い敵が出てきたら任せてくれていいぜ
リンウェル:守りが硬い?盾とか持った相手ってこと?
ロウ:盾でも甲羅でもなんでもさ
ロウ:そういうやつは正面から殴ったって大体、防がれちまうだろ?
リンウェル:何か策でもあるの?
ロウ:そんな大層なもんじゃねえけど、硬いもんをぶち割るのは得意なんだ
ロウ:力を集中して、ある一点に叩き込むんだ。うまく説明できねえけど、たいていそれで打ち砕ける
シオン:本当に?星霊術でもないのにそんなこと……
アルフェン:できると言ってるんだ。信じよう
ロウ:……ありがとよ
ロウ:ま、今一番、拳を叩き込んでやりたいのは、ガナベルトのやつのツラだけどな
アルフェン:その機会ならすぐ来るさ
アルフェン:……
シオン:あのダナの武器が飾ってあった部屋が気になるの?
アルフェン:ああ。特にあの黒い鎧がな。ダナのものであんな立派なもの初めて見た
リンウェル:ダナ野なのは間違いないよ。ダナの、ダナだけの技術で作られた、ダナの文化の証
リンウェル:でも、レナは300年の間、ずっとダナの文化を消し続けてきた。だからほとんど残ってないし、覚えてもいない
アルフェン:しかしだとしたら何のために──戦利品か
アルフェン:過去に蜂起して敗れたダナ人たちの、いやそれをレナが倒したという印
リンウェル:あんな立派な鎧なら、着ていたのは反乱の指導者……ダナの英雄だったのかもね
アルフェン:英雄……敗れた英雄か……
リンウェル:レナが集めたってとこは癪だけど、それでもあれだけたくさん残っているのはすごいよ
ロウ:……お前、そういうのに興味あんのか?
リンウェル:え?うん、まあ……
シオン:そろそろいいかしら?領将が痺れを切らす前に行くわよ
ロウ:……
アルフェン:ロウ?
ロウ:え?あ、ああ。辛気臭いけど、何てことねえさ。さっさと通り抜けちまおうぜ。はは……
アルフェン:……まだジルファのことで自分を責めているのか
ロウ:……そりゃあな。けど今、考えてたのは別のことだ
アルフェン:別の?
ロウ:……俺が何で<蛇の目>の一員になってたかはまだ話してなかったよな
アルフェン:ああ。ジルファと喧嘩して飛び出したというくらいしか
ロウ:その後、どうにかシスロデンにたどり着いた俺は、色々あって抵抗組織のひとつに入れてもらったんだ
ロウ:けどお決まりの密告があって<蛇の目>どもに襲われた。酷い戦いだった。最後は降伏するしかなかった。なのに──
アルフェン:ロウ?
ロウ:やつらの気まぐれで俺だけが生かされた。俺は──俺は仲間の死ぬところを見届けさせられた
ロウ:ズーグルの唸り、仲間の悲鳴、真っ赤に融けた雪。そしてやつらの笑い。──今でも夢に見る
ロウ:ガナベルトを倒せば、乗り越えられるんじゃないかって思った。でも甘かったみたいだ
ロウ:あの時、俺は心底、レナを怖いと思っちまった。それで仲間を裏切り、親父を死なせることにもなった
ロウ:不安なんだ。いつかまたここぞって時に同じようにブルって逃げ出すんじゃないかって
アルフェン:俺たちを残してか?本気で言ってるのか?
ロウ:そうじゃないって思いたい。けど俺は──!
リンウェル:あ、いた!
アルフェン:どうした、リンウェル
リンウェル:どうしたじゃないよ。振り返ったらいないから、びっくりして戻ってきたんじゃない
シオン:立ち止まるならそうと言いなさい。ズーグルだっているのに分散するなんて……
ロウ:ああ、悪ぃ、悪ぃ。ちょっともよおしちまってさ
リンウェル:まさかここで?嘘でしょ!?
ロウ:さ、行こうぜ
アルフェン:立ち直れるといいんだが
シオン:声をかけたのは私じゃないわ
アルフェン:あいつはジルファの息子なんだぞ。放ってなんかおけない
シオン:……そんな余裕、私にはないの。足を引っ張るような道連れはいらないわ
アルフェン:……!
アルフェン:なんでこんな地下に道なんか作ったんだろうな
シオン:山が険しすぎて、越える道を作れなかったからじゃないかしら
アルフェン:昔の、占領される前のダナ人も山を通り抜けるためにこの道を使っていたんだろうか?
リンウェル:通るだけじゃなくて、ここで暮らしてたのかもしれないよ
ロウ:確かめようがねえさ、そんなの。俺たちは全部忘れちまったんだ
アルフェン:忘れたんじゃない。奪われたんだ。奴隷には不要なもの、残っていては不都合な心の拠り所、何もかも
シオン:……
リンウェル:全部じゃないよ
リンウェル:ほら見て、そこ
ロウ:なんだ?……皿かなんかの欠片か?
リンウェル:多分ね。たくさん消えてしまったのも確かだけど、それでも調べればまだ色んなものが見つかると思う
リンウェル:そんなことができる日が来ればだけどね
アルフェン:……来るさ。来ないなら来させるんだ
リンウェル:ふたりとも、結局なんの話をしていたの?
ロウ:だから、男同士腹を割った話だよ。ちょっと女には聞かせられねえな
リンウェル:……そうなの?
アルフェン:まあ……女性云々はともかく、言いにくい話といえばそうかな
リンウェル:言いにくい……。やっぱりお腹の話だったの?それともなんかいかがわしい……?
ロウ:だから、そういう話じゃねえっての!
シオン:別に、肝心な時に役に立ってくれるなら何でもいいわ
アルフェン:──なあ、ロウ、シスロデンを出る時、諦めない限りやり直せるって言ったのを覚えているか?
ロウ:ああ
アルフェン:過去がどうあれ、少なくともあの時、お前は一歩踏み出したんだと俺は思う
ロウ:……
アルフェン:手探りなのは俺も同じなんだ
ロウ:アルフェンも?
アルフェン:戦うことを教えてくれたのはジルファだ。彼についていけばいい。最初はそれでよかった
アルフェン:だがジルファは自分自身の主になれと、自分だけの答えを見つけろと言った
アルフェン:だとしても、もっと学んでからだと思っていた。だから彼が死んだ時、頭が真っ白になった
アルフェン:レナの領将を倒し続けるのはいい。だがその後は?教えてくれる人はもういない
アルフェン:悩んでみても、所詮、俺にできるのは戦うことだけだ。それにレナの支配をこのままにしておくのも嫌だ
アルフェン:だから戦う。レナの領将と戦いながら、その後どうするべきかを考える。それが今の俺なんだ
ロウ:戦って……それで勝てると信じてるのか、本当に?
アルフェン:信じる、いや、信じたい、が本音かな。それすら正直、ひとりじゃ覚束ない
アルフェン:……半端者同士でも支え合うことはできる。一緒に戦い、悩み、探す。それじゃ駄目か?
ロウ:駄目じゃない……と思う
ロウ:分かったよ。何ができるかまだ分からないけど……とにかくやってみる
リンウェル:またふたりで立ち止まって……今度はお腹でも下した訳?
ロウ:そんなんじゃねえよ、男同士の大事な話だ。な、アルフェン
アルフェン:まあ、そんなところだ
リンウェル:ふーん……?まあいいけど。あ、この先、風を感じるんだ。多分、出口は近いよ
ロウ:そりゃいい知らせだ。早いとこ、お天道様を拝もうぜ
ロウ:アルフェン、その鎧、かっぱらってきたのか?見かけによらず、抜け目ないんだな
リンウェル:違うよ、ブレゴンが餞別にってくれたんだって
ロウ:そ、そっか。でもまあ筋は通っているよな。その鎧、反乱の象徴みたいなもんなんだろ?
アルフェン:俺より、ジルファが着るべきだった
ロウ:親父に似合うとも思えねえけどな
アルフェン:……この鎧の元の持ち主は、シスロディアにどんな夢を見て立ち上がったんだろう
シオン:未来も過去も、本当のところは当事者にしか分からないわ。誰かの考えだって同じよ
アルフェン:死んだ者、敗れた者の志を思うのは無意味だっていうのか?
シオン:確かめようがないと言いたいだけよ
シオン:シスロディアの今後が気になってるようだけど、私たちには私たちのすべきことがある
シオン:何もかも責任を負える訳ではないのだから、あれもこれも抱え込もうとすれば、迷いが増えるだけよ
アルフェン:分かってる。俺は前に進むことを選んだんだ。今やれることをやるさ
リンウェル:ロウってカラグリアの生まれだったんだよね
ロウ:ん?ああ、そうさ。クソ暑い国を出たら隣はクソ寒くて閉口したぜ。おまけに暗いし
リンウェル:もう暗くないし
シオン:あなたはどうやって国境を超えたの?
シオン:領将王争の性質上、五領の国境は基本的に行き来はないはず
ロウ:なんだよ、尋問の真似事か?
シオン:ダナのあなたにできた方法なら、この先、使えるかもしれない、というだけよ
ロウ:あーはいはい、分かったよ。けど別にそんな驚くようなもんじゃないぜ?
アルフェン:まさか、あの炎の壁を登ったのか?
ロウ:いくらなんでもそんな真似、ズーグルにだってできやしねえって。潜り込んだんだよ
シオン:潜り込んだ?
ロウ:そうさ。交流がほとんどないって言っても、自分のところじゃ手に入らないものだってある
ロウ:そういうのを融通し合うための領将の輸送隊が年に何回か行き来してたんだ
アルフェン:そういえば、そんな話を聞いた気がする。その時だけ門が開かれるって
ロウ:もちろんダナ人を同行させたりはしない。けど、俺はその荷物に潜り込んだのさ
リンウェル:荷物にって……それで運ばれたってこと?よく見つからなかったね
ロウ:……まあ、昔からこそこそするのは得意だったからな
ロウ:それに、あのときは捨て鉢になってて、度胸だけは有り余ってたんだ
ロウ:こう言っちゃなんだけど、ダナでもレナでも多分、俺が初めてって訳じゃないと思うぜ
リンウェル:メネック……ガナベルトがカラグリアの噂を素早く手に入れたのもそれだったのかな
シオン:つまり、私たちの動きはこの先、どこに行っても既に知られていると思った方がよさそうね
ロウ:星霊力には属性があり、ダナには闇がなくて、レナには光がない、だったよな
リンウェル:うん、小さい頃、うんざりするほど覚えさせられたっけ
ロウ:闇の属性のことはどうやって知ったんだ?ダナにはない訳だろ?
リンウェル:分からないよ、どの知識がいつどうやって得られたのかなんて
リンウェル:忘れられた知識だってきっとあるだろうし
ロウ:確かにな。それがあったことすら忘れちまったことも、きっとたくさんあるんだろうな
リンウェル:うん、だからこそ、せめて残ってるものは大切にしないとだよ
ロウ:昔のものが好きなのか?
リンウェル:好きっていうか……私とこの世界をつないでくれる感じがするから
ロウ:つないで……?
リンウェル:な、なんでもない。気にしないで
リンウェル:……やっぱり分かる訳ないか。しょうがないよね
フルル:フルゥ
ロウ:ひたすら攻めて攻めて攻めまくる!戦いは先手必勝!
アルフェン:確かに一気に畳みかける時のロウの勢いは目を見張るものがあるよな
ロウ:まあな。親父に仕込まれた技ってやつさ。打ち込めば打ち込むほど心が燃えて、拳に新たな力が宿るんだ
アルフェン:ジルファに……。そうか、ちゃんと受け継いでいるんだな
シオン:攻撃に徹するのはいいけど、敵の反撃には気を付けなさい
ロウ:そんなもん、食らわなきゃ関係ねえって
リンウェル:でも実際、撃たれ弱いよね、ロウって
ロウ:人を落ち込み激しいやつみたいに言うなっ!
アルフェン:レナの装甲兵!
ロウ:……レナ人の街なのか?こんな大勢のレナなんて初めて見たぜ
アルフェン:いや、霊石が見えた。つまり皆ダナ……奴隷だ
リンウェル:奴隷にしては、皆、ちゃんとした格好してない?
アルフェン:それに笑顔だ。……気を付けろ、何かおかしい
ドラシン:失礼、皆さんはこのエリデ・メナンシアの外からやってきた方々とお見受けしますが?
ドラシン:そんな怖い顔をしないでください。私はドラシン。民生局で働いているダナ人です
リンウェル:民生局?
ドラシン:住民の生活全般を補佐するための部局です
ドラシン:外から来た方の一次受け入れも担当しています。滅多にないことですが
ロウ:俺たちを捕まえて強制労働でもさせる気か?
ドラシン:まさか。いや、よそから来て疑うのは無理もありません。ですが、ここは違うのです
アルフェン:……
ドラシン:以前はこの国も五領の例に漏れず、厳しい統治下にありました
ドラシン:ですが七年前、テュオハリム様が領将に就任されてから一切が変わったのです
アルフェン:テュオハリム……
ドラシン:あの方が来られてから、ダナ人は初めて人間として扱われるようになりました
ドラシン:この国のダナ人たちは、皆、テュオハリム様を慕い、テュオハリム様のために望んで働いているのです
リンウェル:レナの領将のために自分から望んでって……信じられない
ドラシン:どうぞご自分の目で確かめてください。どこへ行くのも自由ですから。何かあればいつでもどうぞ
ロウ:どうしたんだ、難しい顔して
アルフェン:……俺たちはここを解放しに来たはずだ
ロウ:……
アルフェン:なのに、ここのダナ人は喜んで働いている……ここに壊すべき壁はあるのか?
シオン:同じことよ。どのみち私たちは領将のもとに行くのだから
アルフェン:それはそうだが
ロウ:せっかく自分で確かめてみろって言われたんだ。少し見て回ってみようぜ。それで何か分かるかもしれないし
アルフェン:通りを行く誰もが穏やかな顔をしている。本当に奴隷扱いされてないみたいだ
シオン:まさか、本当に平等な扱いを……?一体、何のために?
ロウ:なんだか気味悪いぜ。結構な話のはずなのに
アルフェン:領将テュオハリム……何を考えている?
リンウェル:……
アルフェン:この国の領将テュオハリムについて、誰か知っていることはないか?
ロウ:そういや、シスロデンにいた頃、棒術使いだって聞いた覚えがあるな
アルフェン:棒術?
ロウ:よく知らねえけど、長い棒きれ振り回して、突いたり叩いたりする武術らしいぜ
ロウ:あとは草だか木をどうとか……なんだったかな
アルフェン:草?
シオン:メナンシアは地の星霊力を集めているはずなら植物に関わる能力ということかしら
アルフェン:人物については分からない、か。もう少し情報が欲しいところだな
リンウェル:やっぱり理解できないよ
リンウェル:散々酷い目に遭わされてきたのに、ほんの何年か優しくされただけであんな……
ロウ:俺もそう思うけどさ、そうするだけの理由があったってことじゃないか?
リンウェル:300年分の恨みより上の理由ってどんな理由?
アルフェン:300年虐げられてきたからこそ、テュオハリムが救い主に見えたのかもしれないな
リンウェル:ちょっと、アルフェンまでどっちの味方なのよ
ロウ:落ち着けよ。俺が言いたかったのは……ただ、思い込みだけで動くとろくなことがないってだけだ
アルフェン:……
リンウェル:……やっぱり理解できない
ロウ:はー……
アルフェン:どうした、変な声なんか出して
ロウ:悪かったな。ここの景色見てたら思わず出ちまったんだよ
リンウェル:景色?岩山とか緑がそんなに珍しいの?
アルフェン:いや、言われてみれば、ロウの言う通りだ
リンウェル:アルフェンまで?
アルフェン:ああ。カラグリアにも妙な形の岩はあったが、ここのは別格だ。見ろ、あの山なんて巨大な波がそのまま岩に変わったみたいだ
ロウ:だろ?あっちなんて、まるで化け物の角か爪だぜ。あれでなんで崩れちまわないんだ?
アルフェン:ああ、できればあの下は通りたくないな
リンウェル:それは──
シオン:そう簡単に崩れたりはしないはずよ
アルフェン:──
ロウ:そうなのか?
シオン:メナンシアは地の星霊力を集めているはず。つまりそれだけ豊かということ。さぞ堅牢なことでしょうね
アルフェン:これだけ緑が生い茂ってるのも、そのお陰ってことか。星霊力ってのは、その土地の姿にまで影響を与えるのか?
ロウ:あの岩山もそのせいなのかよ?
シオン:強い力はそれだけ多くのものに影響を及ぼすわ。──炎のように
リンウェル:……こんな風に偏ってるのは、本当は不自然だよ。こんなの本当のダナの景色じゃない
アルフェン:誰かが……レナ人が手を加えたってことか?
ロウ:そう言われると、せっかくの景色も、なんだか違って見えてきちまうな……
シオン:……
ロウ:あのキサラって女、領将に仕えることに誇りを持ってるって言ってたな
リンウェル:それってレナに支配されてるってことじゃない。奴隷とどう違うの?
シオン:レナはもともと実力主義の社会よ。上位にある者が支配するのは、レナにとって当たり前のことだわ
アルフェン:どういう形であれ、レナがダナを支配している状況はここでも変わらないんだな
ロウ:仕える相手が尊敬できる相手だと、心構えも変わるもんかね
リンウェル:そんなの絶対、騙されてるんだよ。決まってる
アルフェン:確かに、彼女の忠誠は強制されたものには見えなかった。だがカラグリアでも、ダナは奴隷として支配を受け入れていた
アルフェン:本心からの忠誠だとして、それが自発的なのか強いられて結果なのか、どうすれば分かるんだ?
ロウ:とにかく領将に会ってみようぜ。それで分かることもあるだろ
アルフェン:そうだな。宮殿に行こう
アルフェン:領将テュオハリムか。今まで出会った領将とは随分毛色が違うな
ロウ:気障な優男っぽく見せてたけど、シオンの不意打ちにすぐ反応した。強いぜ、あいつ
アルフェン:ああ。流石領将の一角を担うだけのことはある
ロウ:それに飯もうまかったしな
リンウェル:なんで褒めるの?相手はレナの領将なんだよ?
アルフェン:だが、敵対する気はなさそうだった
シオン:そうじゃないわ。無関心なのよ
シオン:あらゆるものから距離を置きたい。私にはそう見えたわ
ロウ:だとして、それでどうするんだ?街も平和だし、言われた通り、放っておいて行くのか?
アルフェン:そうだな……とりあえず、今日のところは宿に泊まって考えよう
ロウ:カラグリアの炎の剣、か。そういやガナベルトもアルフェンのこと、そう呼んでたな
リンウェル:うん、レナの間ですっかり有名になってるみたい
アルフェン:正直、いい気分じゃないな
ロウ:なんでだ?それだけやつらにとって脅威だってことだろ?胸張っていいんじゃないのか?格好いいし
リンウェル:そんな単純な話でもないんだよ、きっと。その分、狙われるかもしれないんだし
アルフェン:いや、そういう意味でもないんだ
リンウェル:え?
アルフェン:あの呼び名には、俺じゃない何かがつきまとっている感じがする
アルフェン:自分のことという気がしないし、そう思っちゃいけない気がするんだ。うまく言えないが
ロウ:ふーん、俺は単純にすげえって思うけどな
リンウェル:宿の用意があるっていうけどさ、レナの領将だよ?いいの、信じて?
ロウ:だからって、今から街の外で野営って訳もいかないだろ
リンウェル:私はその方がましだけど。寝込みを襲われでもしたらどうするの?
アルフェン:それはないだろう。襲うつもりなら宮殿ですればよかったはずだ
アルフェン:真意はともかく敵意がないのは本当だと思う
シオン:だったらこんなところで立ち止まってないで、早く行ったらどう?
リンウェル:ねえ、あの黒猫、本当に誰かの使いなの?
ロウ:誰かに仕込まれでもしなきゃ、猫があんな風に導いたりはしねえだろ?
リンウェル:分からないよ。猫なんて飼ったことないし
リンウェル:……それに絶対、フルルと喧嘩になると思う
フルル:フルゥ
アルフェン:だが何者だろうな。領将の仕業とも思えないが
シオン:理由がないわ。もっとも領将の配下でないとは限らないでしょうけど
アルフェン:部下が勝手にやってるかもしれないっていうのか?
シオン:あのテュオハリムという男、領将として以前にレナとしてもかなり変わり者よ
シオン:皆が皆、彼に賛同しているとはとても思えないわ。……引き返すなら今のうちよ
アルフェン:行くさ。俺にはまだこの国の本当の姿が見えないからな
アルフェン:地下の森っていうだけでも十分不思議なのに、ズーグルがうろついてるなんてぞっとしないな
ロウ:ああ、いくら城壁で囲まれてたって、足元がこれじゃ、おちおち眠ることもできやしないぜ
シオン:ズーグルはレナの僕。その心配はないわ。はぐれがいても、近づかせないでしょうし
アルフェン:ズーグルでズーグルを見張る、か。道理で装甲兵のひとりも見当たらない訳だ
ロウ:誰かが身を潜めるにはもってこいだな
ミキゥダ:キサラは夜のうちに戻らせた
アルフェン:結局、彼女はあんたを探していたんだろうか?
ミキゥダ:どうかな。昔から生真面目な子だった
ミキゥダ:君たちが面倒を引き起こすのではと思って見張っていた、案外そんなところかもしれん
ロウ:大丈夫なのか?通報したりなんてことは……
ミキゥダ:戻さなければそれはそれで怪しまれる。それに……大丈夫だろう
アルフェン:信じてるんだな
ミキゥダ:決行日が来たら、またザァレを送る。それまであまり遠くには行かないでくれ
リンウェル:勢いでミキゥダに協力することになってるけど、本当によかったのかな
ロウ:……まあ、俺たち、もともと戦うつもりだったしな
ァ:もし本当にテュオハリムがミキゥダの言うような人で、ダナとレナが争わないで済む未来をもたらせるなら、俺たちが戦う理由は何もないことになる
リンウェル:それはそうだけど……なんか釈然としないよ
リンウェル:私はやっぱりレナ人を信じる気になれないし、ミキゥダだって正直よく分からない。あのキサラだって……
ロウ:兄妹っていってもなんかややこしそうだったよな。俺、一人っ子だからもうひとつピンと来ないけど
アルフェン:俺たちのこともよく分からないか?
リンウェル:それは……そんなことないけど……
アルフェン:俺にはまだこの国の何が本当で何が嘘なのかが分からない
アルフェン:だから確信が持てるまでは迂闊なことはしたくない。それじゃ駄目か?
リンウェル:うん……いいよ、それで
アルフェン:ここにいたのか。良かった
キサラ:お前たち!?こんなところをうろうろするな。今ここで捕縛されても仕方がないんだぞ
ロウ:……あんたに俺らが捕まえられないのは証明済みだろ
キサラ:なにぃ!
アルフェン:ロウ、やめろって
アルフェン:言い争いに来たわけじゃないんだ
アルフェン:あんたへの預かり物がある。受け取ってくれ
キサラ:? これは……
キサラ:腕輪……、兄さんの腕輪か!?
キサラ:なぜこれを私に?
アルフェン:…………
キサラ:……兄さんは何をしようとしてるんだろうな
アルフェン:分からない。けど口にしたことに嘘はない、と思う
アルフェン:これまで会ってきた解放を信じる人々。その人たちと同じ感じがしたんだ
アルフェン:だから、信じようって
アルフェン:あんただってそうだ。だから、ミキゥダたちを通報してない。だろ?
キサラ:!? なぜ、そう思う……?
アルフェン:ミキゥダが信じたあんただ。それをれも信じてるだけさ
キサラ:……お前は不思議なやつだな。そうやって皆を解放してきたのか?
アルフェン:どういう意味だ……?
キサラ:いや、気にするな。たわごとさ
アルフェン:そうか……?
アルフェン:とにかく、ミキゥダのやろうとしていることはもうすぐ分かる
キサラ:だから、俺たちで見届けよう
キサラ:……そうだな
アルフェン:キサラの盾は、シオンの銃と同じで何もないところから現れるんだな
ロウ:レナの転送技術ってやつか。でもそれって動かすのに星霊術が必要なんじゃねえのか?
キサラ:もちろん私は星霊術は使えない。必要な星霊力は予め装置に組み込まれているんだ
キサラ:私はただ操作しているだけだが、それで自由に呼び出すことができる
シオン:聖霊力を封入した装置は、別に珍しくないわ
ロウ:ってことは、ダナ人でもレナの機械を扱えるってことか
シオン:……だとしてもそれをダナ人に与えるなんて、普通は考えられないことよ
キサラ:誰にでもという訳ではないぞ。テュオハリム様の信を得た者だけが与えられるのだ
リンウェル:……物で釣ってるだけじゃないの?
アルフェン:リンウェル
リンウェル:だって……変だよこんなの
キサラ:にわかに信じられないのは無理もない。だがメナンシアは生まれ変わった。それが事実だ
ミキゥダ:その通りだ。だからこそ私は──
キサラ:兄さん?
ミキゥダ:……いや、先走ったな。続きは着いてからにしよう
ミキゥダ:かつてここはメナンシアの地獄の中心だった
ミキゥダ:自らが掘った穴がそのまま墓穴に、切り出した石が墓石になることも珍しくなかった
キサラ:大人たちはここを怪物の口に例えていた──ええ、覚えているわ
キサラ:でもそれももう昔のことよ
ミキゥダ:そうだ。岩に染み付いた血の跡、淀んだ空気と死臭。それらはことごとく過去のものとなって久しい
ミキゥダ:饐えた汗と岩屑の匂いこそ変わらないが、今のメナンシアのダナ人には笑顔がある
ミキゥダ:すべてがあなたがもたらしてくださったのです、テュオハリム様
テュオハリム:……
キサラ:なぜ今更そんな話をするの、兄さん
ミキゥダ:私たちが手にしているものの価値について話しておきたかった。どれだけ閣下に感謝しているかもだ
キサラ:だからなぜ──
ミキゥダ:いずれ分かるよ。今はこの会話があったことだけを覚えておいてくれればいい
キサラ:お前が私の力を評価しているとは思わなかったぞ
アルフェン:あんたの相手は苦労させられたからな。嘘は言わない
アルフェン:あんたの自慢はあのでかい盾らしいな
キサラ:そうだ。まず敵の攻撃を受け止めるのが我々近衛兵の流儀だ。そしてその勢いをそのまま相手に返す一撃を放つんだ
ロウ:なんでわざわざ受け止めてからなんだ?最初から避けて攻撃すりゃいいじゃねえか
キサラ:それは背後に護るべき者がいるかどうかの違いだな
キサラ:あの盾は私たち近衛兵の信念の証だ。敵の一撃を受け止めるたびに、闘志が湧き上がる
キサラ:ロウとは逆で、打たれ強いってことだね
ロウ:ほっとけ!
キサラ:ケルザレク様を止めなければ……
ロウ:なあ、もう、様はいらないんじゃないか?
キサラ:……私たちダナ人にも親切に接してくださったんだ。なのに、本心はまるで逆だったのか……
シオン:むしろ、彼こそが一連の黒幕と見るべきでしょうね
シオン:テュオハリムに不満を持つレナがいても不思議ではなかったけど、側近までとは思わなかったわ
キサラ:……
キサラ:……そうか。皆がひとつの考えに染まると信じることもまた……
キサラ:大丈夫か、キサラ
キサラ:……このまま終わらせたくはない。頼む、力を貸してくれ
アルフェン:ああ、力で押さえつけようとする奴は俺たちの敵だ。それに俺もこの国の可能性を信じたい
アルフェン:ケルザレクが何を仕掛けてくるか、心当たりはあるか、キサラ
キサラ:……何か強い星霊術を使うのを見たことはない。武器の扱いも特に長けている訳ではないと思う
キサラ:ただ、時々何か妙なものを連れていたことがあった
リンウェル:妙なって何?
キサラ:分からない。何も見えないのに確かにそこにいるのを感じた。ズーグルの一種かもしれない
リンウェル:目に見えないズーグル……?
アルフェン:用心した方がよさそうだな。喉笛に喰いつかれて初めて気が付いた、なんてことにならないように
リンウェル:キサラ、どこ行っちゃったんだろう……
ロウ:まさかケルザレクを追っていったとか?
アルフェン:彼女はミキゥダに託されたものがある。軽はずみなことはしないと思う
アルフェン:きっと色々、考える時間が必要なんだ。その後どうするかは、彼女が決める事だ
テュオハリム:…………
シオン:結局、ケルザレクは何がしたかったのかしら
ロウ:なにって、そりゃあ自分は玉座でふんぞり返って、部下にテュオハリムを始末させる気だったんだろ?
シオン:領将に挑んでも勝ち目がないことくらい分かっていたはずよ。彼は立てこもったりせずに、さっさと逃げ出すべきだった
アルフェン:逃げきれないと思ったんじゃないか?結局は同じ事になったが
ロウ:やけくそになっての一か八か、ってか
テュオハリム:考えようによっては、彼もまた私の犠牲者かもしれん
ロウ:え?
テュオハリム:領将王争はレナの至上命題。私はそれを拒否したのだ
テュオハリム:彼にとってはそれが酷く衝撃だったのだろう。序列に背いてまで、叛旗を翻すことを決意させるほどに
アルフェン:何度も言うが、メナンシアの共存は、あんたのその拒否があったからこそじゃないか
テュオハリム:理念あってのことではない。誇れるようなものではないのだ
シオン:泣き言なら他でやってもらいたいわ。行動すると決めた傍から
アルフェン:シオン!
テュオハリム:……いや、彼女の言う通りだ。この話はもうやめにしよう
アルフェン:……
キサラ&テュオハリム:……
テュオハリム:……
キサラ:……
テュオハリム:……
ロウ:……なあ
リンウェル:うん
ロウ:あのふたり、さっきからずっとひと言も口を利いてないぜ?
リンウェル:やっぱり気まずいんじゃない?ミキゥダのこととか色々あったし
ロウ:気まずいのはこっちだっての。この空気、いつまで続くんだ?
リンウェル:そう思うなら、言ってみればいいじゃない
ロウ:俺がかよ!?
シオン:なぜ並んで歩くの?
リンウェル:っ!!
ロウ:単刀直入にいきやがった……
テュオハリム:……私とキサラのことかね?
シオン:気付いてなかったの?ヴィスキントを出てからほとんどそうだったわ
キサラ:習慣……だろうな。いつでも守れるように傍に立つ。そういう日常だった
アルフェン:近衛兵、だったな。けどテュオハリムなら、自分の身くらい守れるんじゃないのか?
キサラ:護衛とは必ずしも、対象が弱いから行う訳ではないんだ
テュオハリム:とはいえ、彼らの指摘ももっともではある。私はもう君の主ではないのだから
ロウ:それが習慣で、本人が違和感ないっていうなら別にそのままでもいいんじゃねえのか?
リンウェル:でも、仕えてないのに護衛するなんて、なんか変だよ
キサラ:そうだな。色々なことが変わってしまった。ならば、新しい状況に相応しい関係というものもあるのだろう
キサラ:少し考えてみたい。──構いませんか?
テュオハリム:もちろんだ
リンウェル:だから、そうやっていちいち許可を求めるのが変なんだってば
キサラ:やはりどうしても習慣になっているのだな。少し気長に見てもらえるとありがたい
キサラ:時々、敵にもあなたのようにすんでのところでこちらの攻撃を見切って避けるのがいますね
ロウ:厄介だよな、あっちが攻撃してきた時に打ち込めば当たるけど、そうじゃないと大抵避けられちまう
テュオハリム:避けられないようにしたいということなら、手がないわけでもない
ロウ:見切り合戦でもするのか?
テュオハリム:私は少しばかり地に属するものを従えることができる
テュオハリム:大地を覆い、根を張るものたち。彼らが速やかに敵の足を縛り、砕くだろう
ロウ:???
キサラ:地面から植物を生やして敵を搦めとる……ということだと思う、多分
ロウ:よく分かるな……。けど避ける奴が出たら、とにかくテュオハリムを頼れってことだな
テュオハリム:承知した。微力を尽くそう
ロウ:それにしても険しい道だな。少しは整備しようと思わないもんか?
テュオハリム:もともと利用する者も機会も限られているからな
テュオハリム:それにもし整備するとなれば、大勢の奴隷が駆り出されることになるぞ
ロウ:あー……
テュオハリム:何かを求めるなら、誰かがそのための苦労を担わなければならない
テュオハリム:誰もそれを引き受けないなら、だれも何も得られない
ロウ:ずっと作るのがダナで使うのがレナ、が当たり前だったもんな
キサラ:……なるほど
キサラ:必要とする者が自ら作る、本来そうあるべきだということですね
テュオハリム:とはいえ、ここのように危険を伴う場合もある。成果だけにあずかりたいと願う者は多かろう
キサラ:誰かが代わりに何とかしてくれるのを待つ、ということですか?その間の不便に耐えながら?
テュオハリム:そうだ。そして耐えきれなくなった者が行動を起こす
テュオハリム:私が言うのもなんだが、君たちダナの蜂起にも通じる話かもしれないな
アルフェン:確かにカラグリアでも大半のダナ人はただじっと耐えるだけだった
アルフェン:だからと言ってそれを責めることは──
ロウ:…………
リンウェル:なに、引きつった顔して。もうへばったの?
ロウ:……いや、うっかり愚痴のひとつも言えやしないと思ってさ
キサラ:……
アルフェン:テュオハリムとどう向き合うかを考えているのか?
キサラ:そのことだが、やはりこれまでのように接しようと思う
キサラ:いや、家来として仕えるという意味ではない。あの人をひとりの仲間として考えた上での話だ
キサラ:私はずっと誰かを護ることを務めとしてきた。だが、仲間もまた護り支え合うものだろう
アルフェン:結果的にやることは同じ、か。あんたがそれで納得してるなら、口出すことじゃないが
キサラ:お前たちとどう付き合っていくかについても考えていた
アルフェン:俺たちと?
キサラ:私のこの旅の目的は、メナンシアの外敵を取り除くこと、そして外の世界で得た知見を持ち帰り役立てることだ
キサラ:そのために仲間に加えてくれたのは感謝しているが、私から何がしてやれるだろうかと思ってな
アルフェン:別に気にしなくていいさ。戦いでも助けられているしな
キサラ:いや、それでは私が一方的に──
ロウ:っと、悪ぃ。なんか妙に腹が減っちまってさ
キサラ:そういえば、オマエたちは野外での食事はどうしているのだ?
ロウ:どうって、適当に手に入ったものを食べてるぜ。俺は肉さえ食えれば文句ねえけど
キサラ:好きなものを食べられるのは幸せなことだ。だがそればかりでは体によくないぞ
ロウ:……野菜も食えって?
リンウェル:当たり前じゃない
キサラ:なるほど、偏ってるのだな
アルフェン:まあ、好きなものを食べがちではあるかな
キサラ:分かった。お前たちが健康でいられるよう、私が面倒見よう。こう見えても料理の心得はある
リンウェル:だって。よかったね、ロウ
アルフェン:……
テュオハリム:……何か?
アルフェン:いや、あんたの方は何か思うところはあったかと思っただけさ
テュオハリム:彼女のためにはよいことだ
アルフェン:そういうことじゃなくて、あんた自身の話だ
テュオハリム:私の?まさか料理の腕をあてにはしていまい?
リンウェル:……レナってこんなのばっかり
キサラ:リンウェル、それは──
テュオハリム:心配せずとも戦力としては存分に働くつもりだ。レナの同胞が相手だろうと、手を抜くつもりはない
アルフェン:別に疑ってなんかない。ただ、一緒に行動する以上、互いのことをよく知っておくに越したことはないだろう
テュオハリム:あまり期待しないでもらいたい。己自身のことさえ、往々にして分からないものなのだから
ロウ:キサラの盾ってあんなに大きいのに、軽々と回してすげえよな
キサラ:そうか?見た目ほど重くないんだが
リンウェル:でも、あれで護られると凄く安心感あるよ
キサラ:護るか……思えば私はずっと護ることに身を捧げて来た気がする。近衛兵になる前からだ
キサラ:だからお前たちを護るのも、私にとってはある意味、自然なことなんだ
シオン:私は別に必要ないわ。頼むつもりもない
キサラ:それで構わない。私が護るのは頼まれるからじゃない。護るべきだと思うから護るんだ
キサラ:あなたもです、テュオハリム
テュオハリム:……私も?
キサラ:あなたの目的は私のそれと重なります。ならそれは私にとって護る価値があるものです
テュオハリム:……
アルフェン:俺も護られっぱなしになる気はないが……気にかけてくれるのはありがたい
アルフェン:改めてよろしく頼む、キサラ
キサラ:ああ、任せてくれ
キサラ:そういえば、おまえたちは霊石を付けていないのだな
ロウ:俺は親がふたりとも抵抗組織の人間だったからな。生まれたこと自体、レナには内緒だった
リンウェル:私も……ずっと隠れて暮らしてきたから、最初から霊石は埋め込まれてないよ
キサラ:アルフェンは?カラグリアにいた時はどうしていたのだ?
アルフェン:俺は……よく分からないんだ。周りは皆埋め込まれていたのに、俺だけ違った
アルフェン:仮面のことといい、レナ兵の注意を引かないように随分、周りから注意されたよ
アルフェン:そういうキサラはどうしたんだ?まだ付けたままなのか?
キサラ:いや、共存派のレナ人に腕のいい医師がいてな。ヴィスキントを発つ前に外した。お陰で傷も残らなかった
アルフェン:それも共存の成果か
キサラ:集霊器は止まったし、急ぐ理由はなかった。だがやはりレナに仕える者の印という気がしてな
キサラ:変に思われるかもしれないが、今の私はただの私。近衛兵でも奴隷でもない。そこから始めたかったんだ
アルフェン:シオン、本当に傷は大丈夫なのか?
シオン:ええ。治癒術もかけたし、傷跡も残ってないわ
アルフェン:けど、剣があんなに深く刺さって……
シオン:本当に大丈夫よ。それとも幽霊にでも見える?
アルフェン:いや、そんなことはないが……
シオン:心配してくれるのはありがたいけど、本当、大丈夫だから
テュオハリム:……シオンが刺された時、妙な光が生じたな
テュオハリム:敵はそれを見て退いたようにもみえた。アルフェン、あれは何だったのだ?
アルフェン:光……?分からない。俺はただ無我夢中で……
テュオハリム:考えてみれば炎の剣のことといい、何者なのだ、君は?リンウェルのようなダナの星霊術使いなのか?
キサラ:アルフェンは記憶がないんですよ、テュオハリム。それに今はここを離れるのが先決です
テュオハリム:……そうだったな。失敬した
テュオハリム:ミハグサールの首府ニズはもうすぐだ。運が良ければ、シオンもそこで休めるだろう
ロウ:テュオハリムの戦い方って、なんていうか、その丁寧、じゃなくて、ええと──
シオン:ひょっとして優雅と言いたいの?
ロウ:ああ、それそれ。よくも悪くも、いかにもレナの上流って感じだよな
アルフェン:おまけに棒術に加え、治癒術込みで星霊術も操る。さすが、領将の一角だっただけのことはあるな
テュオハリム:お褒めに与り恐縮だが、あれは単に無駄な力を使わない動きを追求した結果でね
シオン:敵の攻撃をギリギリまで避けないのも、無駄を避けるためなの?
テュオハリム:自分を追い込み、精神を研ぎ澄ますためでもある。そうすることで己の中から力を引き出すのだ
ロウ:そういや避けた後、棒が伸びたり威力が増したりしてるみたいだけど、それか
アルフェン:だが万が一ってこともあるだろう。たまにヒヤッとする時があるぞ
テュオハリム:それならそれでよい
アルフェン:え?
テュオハリム:いや、なんでもない。……行くとしよう
キサラ:……
アルフェン:そういえば、リンウェルの言ってた昔話ってどんな話なんだ?
リンウェル:え?ああ、<漆黒の翼>のこと?大昔のダナの勇者の言い伝えだよ
ロウ:初めて聞いたぜ、そんなの
キサラ:私も知らないな
リンウェル:昔、ダナを死の国にしようとした悪い王様がいたんだ
リンウェル:ダナを守りたいという、人々の願いを聞いた黒いフクロウは、悪い王様を退治できる聖なる炎を、ひとりの若者に届けたの
リンウェル:その炎で悪い王様を退治して英雄になった若者は、フクロウへの感謝を込めて<漆黒の翼>の紋章を掲げたって話
リンウェル:……レナが来るまではかなり有名なお話だったみたい
キサラ:私たちが忘れてしまったということか。リンウェルはそうしたことに詳しいのだな
ロウ:けどさ、炎で悪い奴を倒すって、ちょっとアルフェンみたいだよな
アルフェン:よしてくれ。それにフクロウに懐かれるなら、リンウェルの方がよっぽど適役だ
リンウェル:……悪い王様をやっつけられたらいいけど、私は勇者じゃないし、フルルの翼も黒くはないよ
フルル:フルゥ
ロウ:壊されたのはつい最近みたいだな
リンウェル:でもそれならダナ人もレナ人も、ここに住んでた人たちはどこに行っちゃったんだろ
シオン:もし本当に、ダナ人が蜂起を起こして勝利したのだとしても、誰もいないというのは不自然ね
アルフェン:この瓦礫。レナの星霊術の仕業か?
テュオハリム:どうかな。それにしては壊れ方が画一的すぎる気もする
キサラ:リンウェル。さっきの<漆黒の翼>の話。悪い王を退治するのは炎だったな
リンウェル:うん。そうだよ
ロウ:炎か。……そう言われりゃ、焦げたような痕もあるな
アルフェン:誰か見つけて離しを聞ければ早いんだがな。道すがら、探してみよう
アルフェン:……
ロウ:デダイムの奴、自分が上に立つことが目的になっちまってる感じだったな
ロウ:あれじゃ領将と同じか、もっと性質が悪いぜ
ロウ:味方ごと爆薬で吹き飛ばすなんて……
テュオハリム:だが、ダナ人たちはあの男が支配者然と振る舞うことに疑問を感じていないようだ
テュオハリム:むしろ英雄らしいとみている節すらある。それだけレナへの敵意が根深いということだろうが
キサラ:ダナやレナという線引きだけで人は割り切れる話ではない気がします
リンウェル:うん……確かにレナを追い出した英雄なのかもしれないけど、私、デダイムが正しいって思えないよ
アルフェン:味方を犠牲にして手にした勝利に酔う。あの男の考えを認める必要なんてない
アルフェン:それにダナだから虐げられていいなんてことがないように、レナ人だからって侮辱に耐えなければならないこともないはずだ
シオン:私のことなら気にしなくていいわ。慣れてるし──
アルフェン:慣れる必要なんてない!
アルフェン:……あ、……いや……
アルフェン:長く奴隷でいるとそれが当たり前になるように、侮辱され続けるうちにそれが当たり前になる
アルフェン:そんなのは……良くないと思う
シオン:……
テュオハリム:解放されてなお、この街の音色は不安に揺れているのだな。まるでかつてのヴィスキントを思い起こさせる
キサラ:音色……音楽ですか?
ロウ:別に音楽なんて聞こえないぜ?そもそも楽器を持ってるダナ人なんて見たことない
テュオハリム:楽器が奏でるものだけが音楽ではない。人の営みやざわめきが織り上げる音楽というものもある
アルフェン:あんたはその音楽ってやつに、随分思い入れがあるみたいだな
テュオハリム:言ってなかったかね?領将候補となる以前、音楽家を志していたのだ
ロウ:は?音楽家?
テュオハリム:一音から世界を広げていくため、日々修練に明け暮れた
テュオハリム:景色を、時の移ろいを、人の想いを音に乗せたとき、それが空気を振るわせ広がっていく様はえもいわれぬ悦びだった
キサラ:テュオハリム
テュオハリム:失礼。少し饒舌になってしまったようだ
アルフェン:いや。レナの文化ってやつを聞けて面白かった
リンウェル:……ダナの文化や芸術は、全部レナに壊されちゃったのに
テュオハリム:私個人としては、ダナの音楽にも興味があった
テュオハリム:代々の領将が奴隷には不要と断じて、楽器の所有すら禁じたのは嘆かわしいことだ
テュオハリム:……と言ってみても、言い訳にもなるまいな
リンウェル:……
アルフェン:あの巨大な輪っかはなんだ?どう見ても自然の岩には見えないぞ
ロウ:行く先々で変わった眺めに驚いてきたけどよ、段々それが普通って気がしてきたよな
テュオハリム:あれは恐らく我々が300年前に持ち込んだものの名残だ
ロウ:あれが?つまり機械かなんかだってことか?あんな馬鹿でかいもん、一体何に使ったんだ?
リンウェル:……ダナの星霊力を捻じ曲げたんだよ
ロウ:リンウェル?
リンウェル:おかしいと思わない?国によって集める星霊力が決まっているなんて
リンウェル:本来、星霊力はそこまで属性ごとに偏って存在したりしないのに
アルフェン:……領将王争のために、作り変えたのか
ロウ:なんでそんな途方もない真似してまで……
キサラ:だが、今のレナは優れているとはいえ、そこまでの力があるようには見えない
キサラ:それともレネギスやレナ本国には可能なのですか?
テュオハリム:私もレナのすべてを知っている訳ではない。だが確かにあれほどの規模のものは見たことはないな
アルフェン:……だとしても、あれだけのものをやってのけた連中を相手にしているってことは覚えておいた方がよさそうだな
ロウ:それにしてもあのデダイムってやつ、ムカつくやつだったな
アルフェン:あいつのことはもういい。それよりこれからどうするかを決めよう
ロウ:どうするったって、この国の領将はもう逃げ出したんだし、後はあのデダイムがなんとかするんだろ?
シオン:……私は領将を追いたい
リンウェル:私も領将を探すべきだと思うな
リンウェル:<漆黒の翼>の人たちが勝てるとは限らないし、領将をそのままにしておくのは、やっぱりマズイよ
アルフェン:……そうだな。それに傲慢かもしれないが、彼らよりはまだ俺たちの方が勝機があるだろう
キサラ:私も同感だ。これからのこの国がどうなるにせよ、領将が残っていては安心できないはずだ
ロウ:いいのかよ。デダイムの手柄にされるんじゃないか?
アルフェン:……俺たちは壁を壊す。その後のことはあいつが何を築き上げるか次第だ
アルフェン:バエフォンが言っていたエストルヴァの森とやらに行ってみよう
アルフェン:ただなんにしても、一息入れよう。メナンシアを出てから色々ありすぎた
ロウ:アルフェンの炎の剣って、火の主霊石から力をもらってるんだよな?
アルフェン:ああ、そうだが
ロウ:だったら、テュオハリムはなんで使わないんだ?
テュオハリム:……地の主霊石をということかな
ロウ:ああ。だってまだ持ち歩いてるんだろ?
テュオハリム:主霊石には300年にわたるレナの支配によって集められた星霊力が収められている
テュオハリム:資格を得た者、つまり領将にしか扱えないとはいえ、放置するには大きすぎる力だ
ロウ:領将にしかって、アルフェンとシオンは扱えてるぜ?
テュオハリム:シオンの体に埋め込まれていることと、関係あるのかもしれん。本来起こりえないはずのことだ
ロウ:でもなんで持ち歩くだけなんだ?
テュオハリム:……君たちダナにとってレナによる搾取の象徴であるように、私にとって主霊石は我が罪の象徴なのだ
テュオハリム:先達がもたらした苦痛、悲鳴、私の無為の陰で行われた非道、そのすべてがこの中に凝縮されている
テュオハリム:これは我が罪の証。使うことも手放すことも許されるものではない
ロウ:……
キサラ:テュオハリム……
アルフェン:それでもあんたは、ダナ人の死をレナのそれと区別しなかった
テュオハリム:レナもダナも等しく血を流し、その悲鳴にも違いはない。私は耐えられなかった。それだけだ
リンウェル:……今さら
ロウ:やっぱり、わかんねえ
アルフェン:どうした、ロウ
ロウ:デダイムはレナの領将を追っ払った。そこはすごいさ。実際、支持してる奴もたくさんいるみたいだし
ロウ:けど、その結果があのニズの瓦礫の山とあいつのあの態度、ってのはどうなんだよ?
アルフェン:レナは強い。それを倒すためには力のある指導者が必要なのは間違いない
アルフェン:だが、支配者を倒して新しい支配者が現れるだけなら、それは同じことの繰り返しだ
リンウェル:……ジルファだったら、こんなことにはならないと思うよ。きっと
ロウ:リンウェル……
アルフェン:ああ。違うやり方、違う結果、違う勝利。ジルファは自分の選択を押し付けたりはしなかったはずだ
アルフェン:それこそが支配するってことだからだ
ロウ:……親父にどうして欲しかったのか、正直まだよく分からねえ
アルフェン:ロウ……
ロウ:けど……変だな。何か変な感じだけど、けど、それでもなんか嬉しいや
ロウ:親父とデダイムは違う。今はそれだけで十分だ
アルフェン:首府の外も当たり前のように風が吹いているんだな
リンウェル:四方の風集う谷っていうくらいだもんね
テュオハリム:ミハグサールは風、残るガナスハロスが水だ
アルフェン:地水火風光闇。闇だけがレナに属し、残りの五つを五領で分担、か
ロウ:やっぱり土地によって集めやすい属性があるのか?
テュオハリム:それもあるだろうが、恐らく領将同士の衝突を避けるのが、分担の最大の理由だろう
アルフェン:自分たちの<王>を選ぶために、同族で戦うことはしないんだな
テュオハリム:数で劣る我々の同士討ちは無意味どころか危険だ
テュオハリム:とはいえ、不干渉が建前に過ぎないのは、メナンシアで見た通りだが
ロウ:それで結局、追い出されちまってるんじゃな
キサラ:だとしても、ことが簡単に運びすぎている気がする
シオン:領将を見つけて問い質せば済むことだわ。行きましょう
ロウ:いかにもって雰囲気だよな。この中に領将が隠れているのか?
リンウェル:……気を付けて。星霊力がざわついてる感じがする。なんか変だよ、ここ
ロウ:いつも思うけど、よく分かるな。やっぱり星霊術使えるお陰なのか?
テュオハリム:私にはそこまで分からない。ダナの血が関係しているのかもしれないな
リンウェル:…………
キサラ:テュオハリム
テュオハリム:失敬。悪気はなかった
アルフェン:気付かれているかもしれない。皆、油断はするなよ
シオン:逃げた領将の隠れ場所にしては、思いの外広いわね
アルフェン:最初からそのために作られた場所なんだろうか?
リンウェル:元は城とかの砦の一部だったんだと思う。ダナのね
ロウ:なんでそんなこと分かるんだ?
リンウェル:だって……倉庫には見えないし、立てこもるための造りもあったし、そもそも古いし
ロウ:ふーん。建物のこととか俺にはさっぱりだ
ロウ:けど、そんなこと分かるなんてさ、前から思ってたけど、お前って物知りだよな
リンウェル:……別に、本で読んだことがあるってだけ
アルフェン:城という割に、地上にはほとんど何もなかったぞ。地下の城なんてあるのか?
リンウェル:本当はちゃんと上もあったんだと思うよ。……300年前までは
キサラ:それが侵攻の際に失われ、地下部分だけが残った。そしてここの領将が自分のために使った。そういうことか
シオン:自分の城でなく、わざわざこんなところで何をしていたのかしら
ロウ:隠れてするような研究だ。どうせろくでもないことに決まってるぜ
リンウェル:……うん。だからこそ早く領将を見つけないとだよ
テュオハリム:どうやらここで何か研究をしていたとみえる
アルフェン:研究?こんなところで何を研究するっていうんだ?
テュオハリム:さてね。門外漢の想像が及ぶとも思えんが
シオン:ここが星霊力の豊富な場所だというなら、できることは色々あるでしょうね
テュオハリム:領将の城や集霊器が置かれるのもそういった場所だ。ダナの遺跡もそうだというのは興味深い
リンウェル:攻め込んできたくせに、他人事みたいに……
ロウ:よせよ、ここで喧嘩したってしょうがないだろ
リンウェル:ロウだって色々あったんでしょう?なんでそんな平然としてられる訳?
ロウ:俺は、別に平然となんて……
リンウェル:……
シオン:まさか、はずれをつかまされるなんてね。本当の領将の居場所はどこなのかしら
アルフェン:さあな。いずれにせよ当てもなく探す訳にはいかないんだ。とにかく、ニズに戻ろう
キサラ:……
リンウェル:どうしたの、キサラ
キサラ:ああ、ダナにも城跡があったことの意味を考えていた
キサラ:城というのは大事なものを護るための場所だ。同時に、支配者の力を示すためのものでもある
アルフェン:つまり、レナが来る前からダナ人は支配されていたということか。……同じダナ人によって
キサラ:恐らくな。それがどんなやり方だったかはともかく
ロウ:デダイムみたいなのを見た後じゃ、あまりいい想像は浮かばねえよな
キサラ:支配することが人の性だとしたらどうしたらいいのだろうな
アルフェン:……そうだとしても、いや、だったらなおのこと、俺は戦い続ける。それだけだ
リンウェル:……
キサラ:生ける地獄を編み上げるなどと、それもあんな愉しげに──!
テュオハリム:あの女にとって、他の命の重さは無いも同然らしい
シオン:倒さなければならない相手には違いないけど……これほどの嫌悪を覚えたことはなかったわ
ロウ:ああ、許せねえぜ、あの女!
アルフェン:地下の港だったな。急ごう。リンウェル、行けるか?
リンウェル:……うん
リンウェル:……私たちずっと隠れて暮らしてた。でもある日、見つかって襲われて
リンウェル:私だけ父さんたちが隠してくれたお陰で助かって、でも他の者は殺されて
リンウェル:煙の中で、領将の紋章が輝くのだけが見えて、それで、それで──
アルフェン:それがアウメドラだったんだな
フルル:フウゥゥ……
アルフェン:辛かったな
キサラ:──それほどダナの魔法使いが脅威だったのでしょうか
テュオハリム:わざわざ縄張りを侵して隣国に出向くほどにか?いや、むしろその知識と技目当てのことだろう
テュオハリム:それもただ己の力を高めるために。あれはそういう女だ
シオン:そういえば、あの召喚した怪物もそれで作ったような口ぶりだったわね
リンウェル:怪物……ダナ人なのに魔法が使える私も怪物みたいなものなのかな
アルフェン:リンウェル……
ロウ:怪物が悩んだりするかよ、馬鹿
リンウェル:……!
ロウ:俺はおまえを止めたけど……それでも悪いのはあの女で、おまえじゃないだろ
リンウェル:ロウ……
ロウ:念のため、船の中を一通り調べてみたけど、特に怪しいところはなかったぜ
アルフェン:そうか。助かる
ロウ:……初めてカラグリアを出た時、世界ってのはなんて広いんだって思ったよ
アルフェン:俺もカラグリアの壁を壊して、その向こうを見た時、そう思った。だが──
ロウ:ああ、この海の広さってやつは、なんていうか……桁が違うな
ロウ:親父も見たら驚いたろうな
アルフェン:ロウ……
ロウ:親父が死んだ時、最後に何て言おうとしたのか、ずっと考えてるんだ
ロウ:ああかもしれない、こうかもしれない
ロウ:でもそれって俺の願望でしかないかもしれないだろ?
ロウ:そんなこと考えてると、今度はああしとけばよかった、こうしとけばよかった……
ロウ:そんなことばかり浮かんできて、いつまで経っても答えが出ないんだ
ロウ:リンウェルのことだってそうだ
ロウ:思わずやっちまったけど、本当に正しかったのか、話をややこしくしただけなんじゃないかってさ
ロウ:俺、本当に馬鹿だよな
アルフェン:……俺は時々、こんな時、ジルファならどうしただろうって思うことがある
アルフェン:ジルファだったら、リンウェルを止めなかったと思うか?
ロウ:……いいや。親父だって絶対止めたと思う
アルフェン:そしてお前は同じことをしたんだ。ジルファはきっと誇りに思っている
ロウ:アルフェン……
アルフェン:お互い、ジルファに向かって胸を張れるよう頑張ろう。俺たちにできるのはそれだけだ
ロウ:ああ!……ありがとう、アルフェン
アルフェン:顔色が悪いみたいだが、大丈夫か?
キサラ:……この床ごと揺れるというのはなかなか堪えるな。お前は平気なのか?
アルフェン:そういえばなんともないな。痛覚がないせいかもしれないが
キサラ:ニズでのこと……今でも信じられない
キサラ:いくらダナ人に対する領将の仕打ちとはいえ、あそこまで人の命を弄べるとは
アルフェン:ああ。だが、ニズにあったのはそれだけじゃない
キサラ:……デダイムだな
アルフェン:レナの支配に対する怒り。それが俺の戦いの始まりだった。レナは悪。最初はそれでよかった
アルフェン:だがシオンやメナンシアの人々を見るうち、段々分からなくなった
アルフェン:そしてダナにもデダイムのような男がいた
キサラ:ダナだから正しい、レナだから悪い。所詮、虐げられた側の思い込みでしかないのかもしれない、か
アルフェン:ああ。レナの支配は許せない。だがどちらにも色々いる。少なくとも、それが俺の見てきた真実だ
キサラ:……仮にデダイムがもっとまともな人間だったとしても、
キサラ:300年の支配から逃れられるかもしれない、そんな誘惑を前に、ダナ人が冷静でいるのは難しかった気がする
アルフェン:……
キサラ:私がメナンシアで理想に飛びついたのも、根は同じ事だ
アルフェン:少なくともテュオハリムに悪意はなかったんだ。罠として仕掛けたアウメドラとは違うだろう
キサラ:私が言っているのは、受け止める側の問題だ。私たちはあまりに……
キサラ:リンウェルから聞いたのだが、レナの侵略を受ける前は、ダナ人自身が支配する者とされる者に分かれていたそうだ
キサラ:デダイムの態度は、まさに支配する者のそれだった
アルフェン:バエフォンの話じゃ、彼も最初は違ったらしい
キサラ:それが支配者と戦い続けるうちに変節してしまった……
キサラ:レナの支配を倒しても、結局そこに戻るだけなのだとしたら、この戦いの意味とはなんなのだろうな
アルフェン:キサラが追い求める理想郷は、それとは違うだろう?
キサラ:だといいのだがな。今のところ、正直、雲をつかむような気分だ
アルフェン:あんたにはミキゥダの遺志がある。故郷の──メナンシアの人たちだっている
キサラ:そうだな。兄さんの信じた共存の夢。今も信じている人々……
キサラ:それにお前たちもいる
アルフェン:俺たち?
キサラ:お前とシオンだ
アルフェン:……どういう意味だ?
キサラ:変なことを言ったか?今の私にとって一番身近なダナとレナが共存している例なのだが
アルフェン:言い争いしかした覚えがないぞ
キサラ:……案外そういうところに答えがあるのかもしれない
アルフェン:そういうキサラこそ──
キサラ:……と、酔いが戻ったようだ。すまないが、少し休ませてもらう
アルフェン:いちいち絵になるな、あんたは
テュオハリム:見る側の主観まで責任は負えんな
アルフェン:……アウメドラのことはよく知っているのか?
テュオハリム:ご期待に副えるほどではないな。レネギスで領将に選ばれた痕、何度か顔を合わせた程度だ
アルフェン:レネギスか。今、地上で起きていることはどこまで知られているんだろう?
テュオハリム:すべて把握されていると思うべきだろう。静観の理由は不明だが
テュオハリム:あるいはこれも領将王争の一環と見なされているのか
アルフェン:アウメドラのやったこともか?
アルフェン:これまでもあんなことが当たり前に繰り返されてきたのか?
テュオハリム:私が知る限りでは、ない。領将王争は星霊力の量を競い合う
テュオハリム:そのためには奴隷の存在が欠かせない。みだりに殺せば勝利が遠のくだけだ
アルフェン:ならアウメドラはどうしてあんなことをしたんだ?
テュオハリム:さてな。領将王争の終わりが近いとみて勝負に出たか
テュオハリム:労働よりずっと手っ取り早く大量の星霊力が得られる。その代わり、大勢の奴隷を失うから後が続かない訳だが
テュオハリム:人間が<虚水>化する程の搾取は、本来領将王争にあっては想定外だったはずだ
アルフェン:そんなにしてまでなりたいものなのか、レナの<王>というのは
テュオハリム:何と言っても我々の頂点だからな
テュオハリム:その意味では彼女の振る舞いも理解できる。やり口としては悍ましいことこの上ないが
アルフェン:あんたからそう聞けてほっとするよ
テュオハリム:メナンシアのことなら、単に度胸が足りなかっただけかもしれないぞ
アルフェン:悲鳴を聞きたくなかっただけなら、耳を塞ぐだけでもよかったはずだ
テュオハリム:無理やり私を善人にしようとしているな。断っておくが私はそんな上等な人間ではないぞ
アルフェン:だったらなぜあの死の湖に、キサラの声に動揺したんだ?
アルフェン:なぜミキゥダの願いのため、同胞を相手に戦う?皆ダナ人じゃないか
テュオハリム:そういう君はどうだ?ミハグサールで何を見た?
アルフェン:デダイムのあれは……解放とは違う
アルフェン:自分に従わない者を敵と見なすのは、300年間レナがやってきたのと何も変わらない
テュオハリム:私が見たのは、ダナ人同士、レナ人同士の中にさえ争いがあるという現実だ
テュオハリム:メナンシアのレナとダナの真の共存……努力はするつもりだが、その壁は高い
アルフェン:できないと思っているのか?
テュオハリム:君はできると思っているのだな
アルフェン:俺たちは敵か?
テュオハリム:……少なくとも剣を交えてはいないな
アルフェン:それじゃ不足か?
テュオハリム:何を無邪気な
テュオハリム:……まあいい。しばしは付き合おう。そう決めたのだからな
ロウ:それにしてもでかい船だな
キサラ:ああ。ミハグサール一国で、よく数年でこれほどのものを作り上げたものだ
テュオハリム:あるいはけるザレクが物資を横流ししていたか──だとすれば、これもまた私の不始末になるか
シオン:メナンシアからだけとは限らないわ
アルフェン:ほかの国からもか?ありうるな、あの女なら
ロウ:けど、自分の国を捨ててこんな船に逃げ込んで、アウメドラはこれからどうするつもりなんだ?
テュオハリム:能うる限りの財を積み込み、高みの見物を決め込んだ上で、漁夫の利を狙う……といったところだろうな
リンウェル:あいつならやりかねないよ
テュオハリム:力ある上に狡猾で手段を択ばない。危険な相手だぞ
アルフェン:領将の例に漏れず、だろ。これが最初じゃないさ
シオン:……躊躇わないのね
アルフェン:ああ。笑いながらあんなことが出来る人間を野放しになんてできない
シオン:そう……そうね
テュオハリム:こんな時に持ち出す話でもないのだが
アルフェン:?
テュオハリム:君の仮面がそんな具合になっているのはカラグリアでビエゾの一撃を受けたためだそうだな
アルフェン:ああ。あの時は肝が冷えた
テュオハリム:領将ビエゾは膂力だけなら五人のうちで最強だった。その一撃で半壊に留まるとは、ダナのものではあるまい
アルフェン:前にシオンにも言われたよ。そんなものを被っている俺は一体何者なのかって
テュオハリム:半壊した時に名前を思い出したとも聞いた
アルフェン:ああ。全部壊れた時、どうなるのか、正直考えるのが少し怖い
アルフェン:けどそれを恐れて何もしないのはもっと怖い。だから今は戦い続けるさ
テュオハリム:……夜と相対した者だけが払暁を見る
アルフェン:なんだって?
テュオハリム:何でもない、忘れてくれたまえ
ロウ:自分の部屋にいないとなると、アウメドラのやつ、どこに行ったんだ?
テュオハリム:艦橋という可能性もあるが、我々を待ち構えているという方がありそうだな
アルフェン:となると、思う存分戦えるような場所、か……?
リンウェル:気を付けて。あの女、魔法遣いだった私の一族を皆殺しにしたんだ。……たったひとりで
リンウェル:悔しいけど、物凄い星霊術の使い手だよ
シオン:風を操るのに長けているのは当然として、何かまた化け物を繰り出してくるかもしれないわね
アルフェン:ああ、命を弄ぶのが趣味らしいからな。ここらで終わりにしてもらおう
シオン:……ね、ねえ、アルフェン
アルフェン:ん、ああ、どうした?
シオン:私がいない間、何を──
アルフェン:──ずっと会いたかった
シオン:アルフェン……でも、そのせいであなたが……
アルフェン:シオンの心に触れることができたんだ。安いもんさ
アルフェン:この痛み、なんならご褒美と言ったっていい
シオン:……何それ。痛すぎて、どうかしちゃったんじゃないの?
アルフェン:ひどいな
シオン:……
リンウェル:なんか、ふたりともちょっと……
ロウ:やっと会えたんだから、嬉しくて当然じゃねえの?
リンウェル:そうなんだけど。別にいいんだけど!
テュオハリム:それぞれに合った在り方がある。これはこれでよきかな
キサラ:多少は周りの目を意識して欲しいですが……
リンウェル:ティスビムはちょっと変わった村なんだ。ダナの村なんだけど、領将の支配を受けていないんだよ
アルフェン:……
リンウェル:逃げ出した人たちがこっそり作った村なんだって
リンウェル:この辺りはさ、はぐれズーグルの縄張りがたくさんあるから、その隙間にうまく作ったみたい
リンウェル:でも、そのせいですごい警戒されちゃってさ。それでキサラとロウは説得のために残ったんだ
アルフェン:……
リンウェル:……そういえば、アルフェン、仮面が全部取れたよね
アルフェン:……ああ
テュオハリム:痛覚も戻っているようだが、関係あるのかね?
リンウェル:そうなの!あ、だから……
アルフェン:……多分
テュオハリム&リンウェル:……
テュオハリム:君からの驚きは尽きることがないな
アルフェン:……望んでそうしている訳じゃない
テュオハリム:失敬した。だが私としてはまだ確かめたいことが山ほどある
テュオハリム:今のところ新たな情報は新たな謎を浮かび上がらせるばかりで、真相は一向に見えてこない
テュオハリム:君の力の由来は分かったが、なぜダナである君と今のレナの<王>の紋章が同じなのだ?
テュオハリム:君がダナであることには何かしらの意味があったようだが
アルフェン:…………
テュオハリム:それに<巫女>だ。<王>の対というからには、これもまた何か力を持つのだろうが、
テュオハリム:そのような存在を私は聞いたことがない
テュオハリム:詰まるところ、300年前と今とで<王>とは同じものを指しているのか、それとも違うのか?
テュオハリム:私はレナとしては異端かもしれないが、それでもレナの社会で生まれ育ち、
テュオハリム:周囲と同じ事実を信じて生きてきた。それが急速に崩れていくのを感じている
アルフェン:……なら、もうひとつ思い出したことがある。<招霊の儀>の場にはレナス=アルマがあった
テュオハリム:……確かか?
アルフェン:そう呼ばれるものに俺は触れた。あんたがいうのと同じものかは分からないが
テュオハリム:……私も実物を見たことはない
テュオハリム:しかし君は領将王争を経ておらず、レナ人ですらない。300年の間になにがあったのだ?
アルフェン:300年経ったというのは……間違いないんだな?
テュオハリム:記録からの推測でしかないがね。とはいえ、符合する事実は多い
アルフェン:……俺は何者なんだろう
テュオハリム:率直に言わせてもらえば、この際そこはあまり重要ではあるまい。それが何を意味しているのかに比べれば
アルフェン:手厳しいな
テュオハリム:個人の感傷に割いている余裕は、お互いないものと思うが
アルフェン:…………
テュオハリム:死なせた数で張り合うつもりもないが、君とてまだすべきことはあるはずだ
アルフェン:あんたなりの気遣いと思っておくよ。邪魔したな
テュオハリム:礼なら不要だ。君が早く立ち直ってくれれば、それだけ早く出立できるのだからな
キサラ:何を見張っているんだ?
キサラ:はぐれズーグルだ。私たちがここに来る時、不用意に縄張りを通ったせいで、刺激してしまったらしい
キサラ:それで……気持ちの整理はついたのか?
アルフェン:……シオンは助けたい。だがその後は……
アルフェン:…………
キサラ:そういえばお前はどうやってレネギスから戻ってきたのだ?
アルフェン:レナの星舟だ。ネウィリが……乗せてくれたんだ
キサラ:彼女は?彼女も一緒に降りてきたのか?
アルフェン:……彼女は残った
アルフェン:俺がダナに帰りたかったように、ネウィリもレネギスの同胞が大切だったんだ。<巫女>にされてなお
アルフェン:無理矢理、力と役割を与えられた者同士、俺たちの間にはある種の絆があった。それなのに──
キサラ:待て、レネギスの者たちはお前をさらっただけでなく、同じレナ人のネウィリにも無理強いをしたのか?
アルフェン:……そうなるだろうな。レナ人にも上下はある。彼女は拒めなかったんだと思う
アルフェン:それでも彼女は同胞のために務めを果たそうとしていた。なのに、その同胞を死なせた俺を彼女はダナに逃がしてくれたんだ
キサラ:…………
アルフェン:ネウィリは生き残った仲間のためにレネギスに残った。俺は彼女に返しきれない借りがある
アルフェン:それを……300年だって?どうやって償えばいいんだ?
キサラ:本音を言えば過去に対して償うことなんて、誰にもできないと思う
キサラ:昨日のことだろうと何百年も前のことだろうと
アルフェン:しかし!なら俺はもう……
キサラ:罪のない者だけが、戦う資格があるのか?
アルフェン:……!
キサラ:兄さんが死んだ時、お前は私にまだその夢が生きていると言った。あの人──テュオハリムが理想を否定した時もだ
キサラ:それでも進まなければならないと、私は言われたのだと思った
アルフェン:……俺はあんたに酷いことを求めたんだな
キサラ:それは違う。あの時、お前の言葉がなければ、私はここにはいなかっただろう
キサラ:前に進むにしても、もっと時間がかかっていたはずだ
キサラ:それにお前が人々を殺めたのは、自分の意思ではなかったのだろう?
キサラ:本当に悪いのはお前をさらったやつら、お前に力の行使を強いたやつらだ
キサラ:それでも罪と感じるというなら、それはお前の中にある善の顕れだ
キサラ:いいか、私に戦う資格があるというなら、お前にもある
アルフェン:……
キサラ:それでも納得できないなら、自分が何のために戦ってきたのか、それを見つめ直してみろ
アルフェン:何のために、か……
ロウ:アルフェン……
ロウ:まだシオンを助けに行かないのか?
アルフェン:……
ロウ:なんだよ、心配じゃないのかよ?
アルフェン:……俺にその資格があると思うか?
ロウ:俺がアルフェンならこう言うぜ。お前はどうしたいんだって
アルフェン:……そうだな。偉そうなことを言ってすまなかった
ロウ:おい、よしてくれよ。そんなあんた、見たくない
ロウ:そりゃあ、いきなり故郷だの知り合いだのが全部なくなったって分かったんだ
ロウ:落ち込むのは無理ないさ。それに……やらかしたのを抱える気分だって少しは分かる
ロウ:けど、シオンのことはそれとは関係ないだろ?
アルフェン:ああ
ロウ:……ネウィリって人が気になるのか?
ロウ:あんたが生きてるんだ。もしかしたら彼女だって
アルフェン:…………
ロウ:分かったよ。でもだったらシオンはどうするんだ?
アルフェン:俺は……一度、力に呑まれた。あの燃え盛る光景……また繰り返すかもしれない
アルフェン:シオンやお前を同じ目に遭わせない保証はない
ロウ:俺を<王>の力で焼くかもしれないって?上等じゃねえか
ロウ:しっかりしてくれよ!
ロウ:親父が死んだ時、あんたに声をかけられて、俺がどれだけ救われたと思ってルんだ?
ロウ:俺はあんたについていくって決めたんだ!そのあんたがふらついてちゃ困るんだよ!
アルフェン:ロウ……
ロウ:あんたが正気を無くすようなことがあったら、俺が全力でぶん殴って目を覚まさせてやる!
アルフェン:だから頼むよ、本音を聞かせてくれ!シオンを助けたいのか、助けたくないのか!
ロウ:どっちなんだ!アルフェン!
アルフェン:……助けたいさ。今すぐにでも。そうでない訳ないだろう!
ロウ:ならそれでいいじゃねえか!
アルフェン:……
アルフェン:……多分、お前が正しいんだろうな
ロウ:アルフェン……
アルフェン:お前の言う通り、俺の過去がどうだろうと、シオンのこととは関係ない
アルフェン:ただあまりに沢山のことが……無様だな
ロウ:無様上等。別に英雄気取りたい訳じゃなかっただろ?
アルフェン:ああ。そうだったな
アルフェン:もう少しだけ時間をくれ。ありがとう、ロウ
ロウ:いいって。俺はあんたを信じてる。それだけさ
リンウェル:アルフェンが辛そうにしてたの、シオンと痛みのせいだけじゃなかったんだね
リンウェル:アルフェンもひとりぼっちだったんだ
アルフェン:それは……皆似たようなもんだろう
リンウェル:でもアルフェンは今になって知ったんでしょう?あ、思い出した、だっけ
アルフェン:正直、自分が記憶を無くしていることすら忘れかけていた。それなのに戻った途端、この有様だ。我ながら情けなくなる
アルフェン:おかしな気分だ。俺にとってレネギスにいたのは、ほんの一、二年前のことなんだ
アルフェン:なのに同時にそれは大昔のことだとくる
リンウェル:……もとの故郷は残ってないの?
アルフェン:どうかな。レナの侵略でダナ中が様変わりしている
アルフェン:たとえ残っていたとしても、誰もいるはずない。家族、知り合い、俺の知る人間はな
リンウェル:私と同じだね
アルフェン:……!
リンウェル:私ももう故郷はないし、家族もいない
リンウェル:何度も思ったよ。魔法使いの血なんかなかったらよかったのに。そうすれば父さんと母さんも死なずに済んだのにって
リンウェル:でも、もしそうだったら、私はきっと今頃、戦うこともできないただの奴隷で、
リンウェル:アルフェンたちと出会うこともなかったと思う
アルフェン:自分の力を受け入れられたのか?
リンウェル:ううん
リンウェル:前ほど嫌いじゃなくなったってだけ。今はないと困るし、あまり考えずにすんでるけど、先のことは分からない
リンウェル:だから……アルフェンだってすぐに納得なんてできないと思う。辛くて当たり前だと思う。過去のこと、<王>のこと、全部
アルフェン:リンウェル……
リンウェル:自分が望まない力のせいで辛い思いして……私もアルフェンも……シオンも
アルフェン:ああ
アルフェン:……目の前の色んなものが見えてなかったんだな、俺は。今になってリンウェルやシオンの辛さが分かった気がする
リンウェル:しょうがないよ。でも、それならさ、早くシオンを助けてあげよう?
リンウェル:ひとりだけひとりぼっちのままなんだから
アルフェン:ああ。そうだな
アルフェン:そういえばマハバルはどうしたんだ?
リンウェル:あ……
ロウ:……
アルフェン:まさか、見つかってないのか?
ロウ:探しはしたんだ。海岸の行けるところまで。だけど……
リンウェル:ほかの船員さんも、私たちも全員いた。ただマハバルだけが見つからなかったんだ
アルフェン:そんな……
テュオハリム:彼ひとりがまだ船と共にあるのかもしれん
アルフェン:……海の底でか。くそっ
テュオハリム:とも限るまい
テュオハリム:我々が皆同じ浜辺に打ち上げられたのに、船の方は破片ひとつ見当たらなかった
キサラ:どこかで生き延びているかもしれない、と?
テュオハリム:可能性の話だがね
テュオハリム:いずれにせよ海の上であれ下であれ、今の我々に探す術はない。進むしかなかろう
アルフェン:……分かった
リンウェル:……
キサラ:シオンを助けに行くことに迷いがあるのか?
リンウェル:そんなことない。シオンは仲間だもん
リンウェル:私が憎んでいたのはアウメドラ。あいつが、私にとってレナの象徴だった
リンウェル:でももう、種族でくくるのはおかしいって、シオンとあの女は違うって思うから……
キサラ:そうか
リンウェル:──ただ、アウメドラのことは別。私は殺さないって決めたのに、勝手に殺されて……
リンウェル:ざまあみろって思った私がいて、なんで勝手に殺されてるのって、思う私もいる
リンウェル:でも、じゃあ私が殺したかったのかと考えたら違うし、だからって、生きててほしかったのかっていうと……
キサラ:…………
リンウェル:ぐちゃぐちゃあんだ。どう受け止めればいいのかわからない
キサラ:……そのままで良いのではないか?
リンウェル:え?
キサラ:おまえは何も間違ってなどいない。信じていたものが崩れたとき、混乱するのは当然だ
リンウェル:おまえは憎しみに任せてアウメドラを殺さなかった。きっとそこにこそ意味があるのだと思う
キサラ:今は時間をかけてそれについて考える時なのではないか?
リンウェル:考える……
キサラ:あくまで私の考えだがな。私もまだ模索中の身だ
リンウェル:そっか。……うん。私も模索してみるよ
リンウェル:ありがとう、キサラ
アルフェン:ティスビムは領将の支配から逃げて来たダナ人たちが作った村なんだったな
アルフェン:初めて来た時、テュオハリムがいるのに、よく受け入れてもらえたな
ロウ:テュオハリムだけじゃないぜ。最初は俺たち全員警戒されまくったんだ
アルフェン:同じダナ人なのにか?
キサラ:追手に怯えるあまりか、よそ者は全部危険と見なす癖が染み付いているらしくてな
アルフェン:それでよく信用してもらえたな。どうやって説得したんだ?
キサラ:酷く貧しい村だからな。食料の調達を兼ねてズーグルを少々狩ってやったんだ
リンウェル:魔法でこんがり調理するおまけ付きでね
キサラ:人間、腹が満たされると気分も落ち着く。やはり食事の力は偉大だな
アルフェン:暑いな
ロウ:ああ、同じ暑さでもカラグリアはもっと乾いてたのに、ベタベタして気持ち悪ぃや
リンウェル:おまけに蒸れるし、虫も多いし。大丈夫、フルル?
フルル:フォルル……
キサラ:確かに、ただ歩いているだけで体力が奪われていくようだ
キサラ:樹が生い茂っているせいで見通しも利かない。皆、体調と敵の両方に気を付けろ
テュオハリム:こういうときはさらに熱い風呂にでも入ってさっぱりするに限るな
ロウ:どこにあるんだよ、そんなもん
リンウェル:アルフェンはあまり辛そうじゃないね。そんな恰好してるのに
アルフェン:ああ、今まであまり感覚がなかったせいか、この暑さもどこか新鮮な感じがするんだ
ロウ:それせっかく感覚戻っても、結局倒れるんじゃ……
ロウ:どうしたんだ?
キサラ:断崖は相当な難所らしい。ここらで一度休んだ方がいいと思う
リンウェル:でもシオンは?待ってるんだよ?
テュオハリム:だからこそ、だ
リンウェル:え?
テュオハリム:断崖とやらがどれほどのものだろうと、我々の真の脅威はその先のヴォルラーンだ
テュオハリム:ここで焦って消耗はできない。ましてや怪我は論外──そういうことだな?
キサラ:はい。それにアルフェンもまだ本調子ではありません
アルフェン:俺なら……大丈夫だ
キサラ:そうか。なら、私が休みたい。それなら文句ないな?
アルフェン:……分かったよ
ロウ:──なあ、今更だけどさ、アルフェンって、どうやって300年も生きてるんだ?
アルフェン:分からない。レネギスを離れてからカラグリアで気が付くまでのことは、今も思い出せないんだ
キサラ:まだ戻ってない記憶があったのか?
テュオハリム:……一部の星舟には眠ることで死を遠ざける装置があると聞く
テュオハリム:本来は怪我や病に対する治療を得るまでの一時的なもののはずだが
ロウ:それで300年眠り続けてたっていうのか?なんでそんなことに……
テュオハリム:君を逃がしたネウィリがそうした可能性は?
アルフェン:どういう意味だ?
テュオハリム:レナである彼女なら、君より星舟の操作を理解していたのではないか?
アルフェン:……彼女がわざと俺を300年眠らせたとでもいいたいのか!?
キサラ:テュオハリム、それは……
テュオハリム:言葉が足りなかったようだ。ただ私は気になっている
テュオハリム:シオンと<巫女>ネウィリ。誰かが300年前の誰かの血を引くのは当然のことだ
テュオハリム:だが、その両方が同じ人物、つまり君に関わっている
テュオハリム:これは偶然なのか?
アルフェン:……俺に聞かれたって、分かるはずないだろう
テュオハリム:いずれにせよ、ネウィリがそうしたというのでないなら、何か手違いがったのだろう
テュオハリム:複雑な機械は往々にして故障を起こすものだ
テュオハリム:誤解を招いたのは謝罪しよう
アルフェン:……
リンウェル:ねえ、思ったんだけどさ。アルフェンの仮面って、心を抑えたりするものだったんだよね?
リンウェル:それって眠ってる間、ずっと被ってたんだよね?
アルフェン:そうなるだろうな
リンウェル:300年間、ずっと……ねえ、アルフェン、もしかしたらそれが──
キサラ:……アルフェンの記憶がなかった理由か
テュオハリム:そして最も強く心に残っていた光景だけが、夢として現れた……なるほど、筋は通っている
キサラ:痛みが戻ったのも、仮面が取れたことと関係あるのでしょうか?
テュオハリム:ありうるな。詳しいことは分からないが、精神への影響が肉体にも表れたのかもしれん
アルフェン:……
アルフェン:怒鳴ってすまなかった。お陰で自分の謎がひとつ、いやふたつか、解けた
テュオハリム:気にするな。私はどうやら空気を読むということが下手らしい
ロウ:自分でそれを言うとことかな……
ロウ:そういえば、リンウェルのやつ、いつのまにかテュオハリムにも普通に接するようになったよな
アルフェン:ああ。海岸で一緒に俺を探しに来てくれたときは正直、驚いた
リンウェル:あれは仕方なくだよ。最初、あの村の人たちの警戒っぷりったら凄かったから
リンウェル:……アウメドラのことはまだ色々あるけど、でも、ダナだからレナだからって決めつけたくない
リンウェル:そう思えるようになりたいって……思うようになったから
アルフェン:そうか。……体を張った甲斐があったな、ロウ
ロウ:ま、まあな
キサラ:よかったですね、テュオハリム
テュオハリム:まあ、痛くない腹を探られるよりはいい
リンウェル:あ、でも、テュオハリムって回りくどい言い方するから、そこは嫌かも
キサラ:それは種族とは関係ない性格の問題だぞ
リンウェル:そっか、じゃあしょうがないね
テュオハリム:……
リンウェル:……結構登った感じがするのに、ちっとも果てが見えないね
キサラ:あまり上や下を見ない方がいい。こういうものは黙々と登らないと心が先に疲れるぞ
ロウ:上も下も見てる余裕なんてねえよ
テュオハリム:ここで落ちればズーグルを喜ばせるだけだな
ロウ:ズーグルが喜ぶ?なんでだ?
テュオハリム:餌が空から降ってくるのだ。恵み以外の何でもあるまい
ロウ:……餌
キサラ:ロウ、こういう時にあの人の話は聞かない方がいい
ロウ:聞く前に言ってくれよ……
アルフェン:落ちたら一巻の終わりなのは間違いないな
リンウェル:皆、フルルみたいに飛べたらいいのに。……きっと、ティスビムにたどり着けなかった人だって……
フルル:フル……ゥ
アルフェン:俺たちは落ちる訳にはいかない。シオンが待ってるんだ。先に進もう
ロウ:あんなのがいて、よくティスビムの連中は通り抜けられたもんだな
アルフェン:たどり着けなかった人もたくさんいたのかもしれない
リンウェル:あ……
ロウ:じゃあ、少しは通りやすくなった、かな
アルフェン:いや、こんな道をひとりでも使わなきゃならない人がいる限り、本当の解決とはいえない
ロウ:本当の解決は……ヴォルラーンを倒し、領将王争を終わらせた時、か。そうだよな
キサラ:どうやら登りきれたな
ロウ:やっとか。膝が笑いだす寸前だぜ
リンウェル:見て、あそこ
アルフェン:あれが……ぺレギオン。ヴォルラーンの都か
ロウ:あそこにシオンがいるんだな
テュオハリム:恐らくは
ロウ:恐らく?
テュオハリム:可能性の話だ
リンウェル:……要するにぺレギオンに向かうってことでいいんだよね
アルフェン:何か知っておいた方がいい情報はあるか?
テュオハリム:ない
アルフェン:ない?
テュオハリム:ガナスハロスとは水沫(みなわ)の城塞を指す──今更そんな知識に用はあるまい?
アルフェン:それはそうだが、何かあるだろう
テュオハリム:ヴォルラーン就任以来、この国の便りのなさは有名でね
テュオハリム:いずれにせよ、あのヴォルラーンの牙城だ。どれだけ用心しても十分ということはあるまい
キサラ:となると、当座の問題はどうやって入り込むかですね
リンウェル:抜け穴なんてないよね……
アルフェン:引き返す道はないんだ。裏口がないなら、正面から行くしかない
アルフェン:ヴォルラーンは俺に追ってこいと言った。ならそれに応えてやるまでだ
リンウェル:シオン、無事だといいけど……
キサラ:口に出すと、余計不安が増すぞ、リンウェル
リンウェル:ごめん……でもやっぱり気になるよ。どうしてヴォルラーンはシオンをさらったのかな
テュオハリム:アウメドラの船でのやつの物言いからは、本来の目的はアルフェンにあると見えたが
テュオハリム:前に一度、シオンはあの男に傷を負わせた。あるいはそれで興味を覚えたのかもしれん
リンウェル:うん、あいつ傷を受けた時も<荊>に触れた時も、どこか楽しそうだった。普通じゃないよ
ロウ:変なことされてなきゃいいけどな
リンウェル:変なことって……変な事言わないでよ
ロウ:いや、だって心配になるだろ
リンウェル:だからってそんな──
キサラ:ふたりともその辺にしておけ。アルフェンは黙って耐えているんだ
ロウ:あ……
ロウ:……悪ぃ
アルフェン:……
ロウ:あの舟に乗ってた連中、なんだったんだろうな
キサラ:分からない。ここで奴隷にされているダナ人だとは思うが……
リンウェル:この街……今までのどの首府よりも立派だけど……
アルフェン:ああ。建物といい人間といい、なんていうか、異質だ
テュオハリム:街を見れば統べる者の性格も見て取れる、そう思っていたが、どうにも不気味だな
テュオハリム:見た目の威容にも拘わらず、印象はむしろ廃墟の方がまだ近い
アルフェン:あの舟を追いかけてみよう。何か話が聞けるかもしれない
リンウェル:……あの舟に乗ってた人たち、自分がどうなるか分かってたのかな
キサラ:そうは見えなかった。ただただ言われるままという感じだった
ロウ:言われるまま……ヴォルラーンにってことだよな
リンウェル:ずっと支配されて、言われるまま命を差し出して……そんな死に方をするために生まれてきたの?そんなのって……
アルフェン:奪われるのが奴隷なら……あれこそ究極の奴隷の姿だ
アルフェン:あれを強いた奴を、俺は絶対に許さない
キサラ:それにしてもヴォルラーンはどうやって奴隷を操っているのだ?ヘルガイの果実ではないのだとすると……
ロウ:脅されているようにも見えなったえ。もっと上の空って感じだった
テュオハリム:何か別の薬という可能性もあるが、恐らく違う
リンウェル:進んでヴォルラーンに従っているってこと?どうして!?
テュオハリム:最も強固に支配を支えるのは忠誠だ
テュオハリム:忠誠が行き着くところまで行くと、主の為なら己の命を捨てることも厭わなくなる
テュオハリム:それを自分の意志と見るか、操られていると見るかはともかく
キサラ:命まで……そんなことがありうるのですか?
テュオハリム:現に見た通りだ。それに、以前の君ならどうだ?もし私がもっともらしい理由で死を申し付けていたら?
キサラ:……っ!!
アルフェン:テュオハリム!!
テュオハリム:またやってしまったか。すまない
キサラ:……いえ、あなたの言う通りです。でもあなたはそんなことはしなかった
テュオハリム:……たいていの領将は人の心を縛る術に長けているものだ。苦痛、恐怖……方法は色々ある
アルフェン:恐怖……
ロウ:この分じゃ、この国に抵抗組織なんて残っちゃなさそうだな……
ロウ:それにしてもシオンのこと、一時はどうなるかと思ったぜ
リンウェル:でも……よかったよ、本当
キサラ:アルフェンもだが、シオンは大丈夫か?おかしなことはされなかったか?
シオン:あれから何も……覚えていないの
シオン:あの時……アルフェンに痛みが戻った時、昔を思い出した。誰もが私に怯えていた頃……
シオン:それで暗闇が湧き上がって、私を包んで、私は、何も見えなくなって、独りぼっちで……
リンウェル:シオン……
アルフェン:大丈夫だ
アルフェン:もう大丈夫だ
アルフェン:俺たちはここにいる。もう独りにはしない
シオン:──ありがとう
ロウ:なあ、炎の剣って、なんだか前より凄くなったよな?
リンウェル:うん、星霊力の勢いも増しているみたい
テュオハリム:アルフェンが<王>の能力を、より使いこなせるようになった、ということか
ロウ:そうなのか?
アルフェン:どう……なんだろう。自分ではよく分からない
キサラ:ふたりの絆が深まった証。それで十分ではないか?
ロウ:お、なんかいいな、そういうの
リンウェル:そうなの?
シオン:私に聞かれても……
ロウ:なんだよ、ふたりともはっきりしねえなあ
テュオハリム:仮説でよければ聞かせて進ぜるが
ロウ:あ、いや、そういうのいいです
シオン:でも……そうね、前より主霊石から力を出すのに抵抗がなくなった感じはあるかもしれない
ロウ:やっぱ、絆か、くぅ〜
キサラ:だが、お前の手の方は大丈夫なのか?以前でさえ、ひどく焼かれていたはずだ
リンウェル:そっか、そうだよ。前よりもっと熱くなってるんじゃないの?
アルフェン:確かに熱さも痛みもひどい。だけど不思議と戦っている間は耐えられるんだ
アルフェン:剣が自分の一部みたいな、胸が高鳴るような……うまく言えないが
テュオハリム:その胸の内に、炎の剣以上の炎が燃えているという訳だな
ロウ:また、しれっとまあ……
シオン:……
リンウェル:……?
ロウ:街も街なら城も城だ。仰々しいったらないぜ
テュオハリム:大差ないといえばそれまでだが、こちらの方が持ち主の性格が感じられる
キサラ:……どんな性格ですか?
テュオハリム:威圧的かつ強権的、そしてなにより無慈悲
テュオハリム:暮らす上での快適さなど、微塵も求めていない。支配のための場所、それを見せつける意図しかない
テュオハリム:これほどあの男に相応しい城もあるまい
キサラ:敢えて私たちを招き入れたのもなぶるため、ということですか
ロウ:舐めやがって。絶対にあの鼻っ柱、へし折ってやる
ロウ:ヴォルラーンの奴はどこにいるんだ?
テュオハリム:我々の前にいない以上、玉座以外あるまい
リンウェル:あれこれ小細工しないで、さっさと出てくればいいのに
ロウ:まったくだぜ。今まで散々、自分から出向いてきたくせに
テュオハリム:これがあの男なりの愉しみ方なのかもしれん
ロウ:いたぶるだけいたぶって、とどめは自分で、か。いい性格してるぜ
キサラ:普通に考えてみれば、獲物を十分弱らせるためなのだろうが、この手の込みようは、やはりそういうことかもしれないな
アルフェン:……
リンウェル:アルフェン?
アルフェン:大丈夫だ
アルフェン:ヴォルラーンを倒す。それで最後の主霊石を手に入れて、レナス=アルマを作り出す。それで終わりだ
シオン:……
シオン:──300年前のレネギス、<王>、レナス=アルマ。そう、そうだったのね
シオン:あなたもたくさんのものを負っていた
アルフェン:お互い様だ
シオン:あなたが私だと思っていたのは、ネウィリという人だったのね
シオン:私は……その人の子孫なのかしら
アルフェン:かもしれないな。そのくらいそっくりだ
ロウ:それにしてもシオンのことといい、奴隷の扱いといい、えげつないことこの上なしだな。領将ってのはまったく……
テュオハリム:まこともって汗顔の至りだ
ロウ:あ、いやその悪ぃ、そういう意味じゃ
キサラ:あの<荊>の暴走はヴォルラーンが仕組んだものだったのでしょうか?
テュオハリム:どうだろうな。餌としてなら誘拐だけで十分。たまたま使えると踏んだだけではないか?
キサラ:<荊>のことは措くとしても、人質として手元に置いた方が効果的だったように思えますが
テュオハリム:アルフェンをただ排除したいだけなら、直接襲えば済む話だ。ヴォルラーンにはそれだけの力がある
テュオハリム:それをしなかったのは、少しでもアルフェンを苦しめるためではないかと思う
リンウェル:なんで?なんでヴォルラーンはそんなにアルフェンを憎むの?
リンウェル:ダナ解放の先頭に立っているから?
テュオハリム:あるいはな。ただヴォルラーンならずとも領将王争を真剣に争っている身にすれば、
テュオハリム:勝者の<王>が既に存在するのは面白くあるまい。ちなみに彼と面識は?
アルフェン:皆と一緒に遭遇した時しかない
リンウェル:結局、謎だらけってことだよね……
ロウ:別にあの野郎をぶちのめすってことは変わらないだろ?
リンウェル:単純でいいね、ロウは
キサラ:ヴォルラーンは水の領将。ということは、やはり水にまつわる力を使うのだろうな
ロウ:ちょうどアルフェンとは正反対か。なんだか因縁めいてるよな
テュオハリム:思えば、あの男はこれまでの対決では二度とも剣技だけで、一度もその能力を見せていない
キサラ:にも拘わらず、素早く予測できない動きで、我々全員を圧倒しました。恐るべき相手です
ロウ:ああ、間違いなくヤバいぜ、あいつは
フルル:フギュゥゥ…
リンウェル:大丈夫、大丈夫だよ、フルル
シオン:……
アルフェン:シオン……?
シオン:……なんでもないわ。行きましょう
リンウェル:ねえ、キサラ。シオンの事なんだけど……
キサラ:何か独りで悩んでいるように見える、か?
リンウェル:うん、私たちに対する態度と、アルフェンに対する態度もなんか違うし
リンウェル:アルフェンは記憶も痛覚も取り戻したけど、シオンにはまだ<荊>があるし……
リンウェル:だから、ぎこちなくなるのは仕方ないのかもしれないけど、でも、本当にそれだけなのかな
キサラ:それで、何かしてやりたいのだな
リンウェル:前に、シオンは私に言葉をくれた。だから私も、シオンの力になりたい
リンウェル:でも今のシオンにどんな言葉をかければいいのか、わからなくて……
キサラ:確かに今のシオンは心に色々なことを抱えていて、その絡まった糸を見るだけで精一杯のようだ
キサラ:だからといって、無暗に踏み込むことが、必ずしも良い事とは限らない
リンウェル:でも……だったら、どうすればいいの?
キサラ:今、私たちにできるのは見守ることだと思う。シオンが心を見せてくれた時、すぐ手を差し出せるように
リンウェル:シオン……
アルフェン:なあ、シオン、その──
シオン:駄目!
アルフェン:わ、悪かった
シオン:ご、ごめんなさい。でも近寄りすぎると危ないから
アルフェン:<荊>のことなら、少しくらい耐えてみせる
シオン:そうじゃないの
シオン:そうじゃなくて……──ごめんなさい、なんでもないわ
アルフェン:……<荊>のほかに、まだ何かあるのか?
シオン:それは……なんでもない。何度も言わせないで
アルフェン:わ、悪かった
アルフェン:……じゃあ俺、先行ってるから
シオン:……
テュオハリム:君たちか。私が最後かと思ったが
アルフェン:そういうあんたこそ、またキサラが怒るぞ
テュオハリム:違いない
テュオハリム:ヴォルラーンが斃れてからひと月
テュオハリム:いい加減何かあってもよさそうなものだが、レネギスは沈黙を守ったままだ
テュオハリム:結局、ヴォルラーンの死体は行方知れずだ。例の赤い女もあれきり姿を見せない
テュオハリム:あの時、闇を核に、六つの属性でレナス=アルマが生み出された。私が効かされてきた五属性ではなく
テュオハリム:君たちは知っていたのか?
アルフェン:レナス=アルマの属性のことか?まさか
シオン:私も闇の主霊石が存在するとは知らなかったわ
テュオハリム:では<巫女>の力は?
シオン:それもあの時初めてよ。自分にあんな力があるなんて
アルフェン:俺も、あんなことが起きるとは思いもしなかった
テュオハリム:<王>と<巫女>か。操った赤い女もだが、相変わらず、謎の多いことだ
シオン:星霊力の制御に関わる力、広い意味では星霊術なんでしょうけど……
テュオハリム:星霊力といえば、レナス=アルマの誕生で他の主霊石が失われた中、火のみが残った
テュオハリム:これも<巫女>の力の働きかもしれんな。炎の剣はまだ使えるのかね?
アルフェン:一応な。レナス=アルマにほとんどの力を持っていかれたが、その程度には残っていた
シオン:今はまた私の胸に収めてあるわ
テュオハリム:結構。当座はそれで差支えなかろう
シオン:何にしても、今は目の前の問題が先よ。行きましょう
アルフェン:あ、おい、シオン
ロウ:なあ、俺たち何やってるんだろうな
リンウェル:何って、人助けじゃない
ロウ:けどさ、なんかこう、色々半端になってるだろ
ロウ:やっと解放されたってのに、ぺレギオンの連中は指示がないとなかなか動かないし
ロウ:ヴォルラーンの手下どもはどこに消えたかもわからないし
リンウェル:そんなこと分かってるよ。でもやれることやるしかないじゃない
リンウェル:私たち、ここから動けないんだから
リンウェル:それに領将さえ倒せば全部解決、なんてありえないってこと、これまでも見てきたでしょう?
アルフェン:リンウェルの言うとおりだ。やった以上、やりっぱなしって訳にはいかないしな
ロウ:そりゃ、壁を壊してそれで終わり、って訳にはいかないのは俺だって分かってるつもりだけどよ
アルフェン:これで戦いが終わりって訳でもない。レネギスだってまだ健在なんだ
ロウ:落ち着かないんだよ。来るなら早く来いってんだ
リンウェル:やめてよ。そう言ってるのに限って、いざ来たら、後悔するに決まってるんだから
リンウェル:……
フルル:フル…ゥ
ロウ:また悩んでるのか?
リンウェル:そういう訳じゃないんだけど……ただ……ううん、やっぱり悩んでるのかも
リンウェル:私ってさ、一族で隠れて暮らしてたから、最初からレナに支配されていた訳じゃないんだよね
リンウェル:でもアウメドラに父さんも母さんも殺されて、それでレナを憎むようになって……
リンウェル:生まれた時から奴隷だった人たちはそれが当たり前になってて、怒ることすらしないって話、あったでしょ?
ロウ:ああ。どこでも抵抗活動なんかやってる奴の方がむしろ変わり者って感じだったよな
リンウェル:その人たちと私、どっちがましだったのかな
ロウ:……憎しみに捕まったらろくなことにならねえ。けど、家族を殺されて怒ったり悲しんだりしないのも違うだろ
リンウェル:あ……
ロウ:つまりその……ああ悪ぃ、なんかうまく言えねえや
リンウェル:怒ったり悲しんだりするのは、憎むのとは別……
リンウェル:そっか
リンウェル:なんか少し分かったかも。ありがと、ロウ
フルル:フルフゥ〜
ロウ:お、おう
キサラ:……
リンウェル:どうしたの?
キサラ:ああ、装甲兵でも見えないかと思ってな
リンウェル:装甲兵……ヴォルラーンの兵隊のこと?
ロウ:あいつら、俺たちがヴォルラーンを倒したら、城どころかぺレギオンからも、あっという間に姿を消したもんな
ロウ:よくも悪くもダナ人の面倒見てたのが一斉にいなくなったせいで、街がどうにか暮らせるようになるまで、ほんと大変だったぜ
キサラ:勢力としては、まだ十分な力があったはず。それがそろって行方をくらませてそれきりだ
リンウェル:もう領将だって残ってないし、行く当てもないはずだよね。……レネギスってことはないのかな
キサラ:まったくないとは言えないだろうが……やはりどこかで反撃の機会を窺っている可能性が一番高いだろうな
ロウ:ぺレギオンの住民も自分で自分を守れるようになるのは当分先だろうし……頭が痛いぜ、まったく
キサラ:……
リンウェル:どうしたの、キサラ?何か問題?
キサラ:ああいや、少し考えていたんだ。……この国の人たちのことを
ロウ:どうやって自分で考えられるように戻すかって話か?
キサラ:目下の課題はそれだが……より深刻なのはその後なのではないかという気がしてな
キサラ:自分たちが受けた仕打ちを自覚した時、彼らは何を望むと思う?
アルフェン:……報復か
リンウェル:……!
キサラ:ガナスハロスは極端な形かもしれないが、多かれ少なかれどの国にも存在する問題だ
ロウ:レネギス抜きでも、レナの残党だってまだあちこちに潜んでるしな
リンウェル:そんな、せっかく領将を倒しても、それが原因でまた争いが起きるなんて……あんまりだよ
アルフェン:そうだな。放っておけば、またどこかで血が流れる……そんなことはもうご免だ
アルフェン:レナの支配にはまだ謎がある。それがどんなものだろうと、終わらせなきゃならない
アルフェン:だがひとつはっきりした
アルフェン:どう終わらせるにしても、それはただダナの恨みを晴らすためのものであってはいけないんだ
ロウ:そうは言ったって、どうすればいいんだ?恨みのもとをなかったことにはできないんだぜ?
キサラ:痛みを受けた者に忘れろとは言えない……簡単に答えが出せる話ではないな
リンウェル:でも、それでもやらなきゃ。ずっといつまでも傷つけあうなんて、そんなの駄目だよ
アルフェン:ああ。領将王争、300年の支配。それに続くダナとレナの憎しみ
アルフェン:何もかも俺たちで背負うことは難しいかもしれない。だが、少しでも流れる血が減るよう、ひとつひとつ対処していこう
アルフェン:どこに行くんだ?
シオン:……いちいちあなたの許可が必要なの?
アルフェン:別にそんなことはないが……そんな言い方しなくたっていいだろう
シオン:あなたこそ、どうしてそんな悠長に構えていられるの?
シオン:この瞬間も敵は活動しているわ。なのに私たちはここで足止めされたままなのよ?
アルフェン:それは皆分かっている。けど、どうしようもないじゃないか。一体どうしたんだ、このところ変だぞ
シオン:……そうね。馬鹿なことを言ったわ
アルフェン:何か気に障ることをしたなら謝る。でも本当に分からないんだ。だから教えてくれないか
シオン:謝ることはないわ。あなたのせいじゃない。いいえ、誰のせいでもない。本当よ
アルフェン:だったら
シオン:ごめんなさい。聞かないで
アルフェン:そう言われたら、何も言えない
シオン:ごめんなさい
アルフェン:……分かった。だが、無理はするなよ
シオン:……
アルフェン:レナとレネギスが……
シオン:それにあのレネギスの姿……一体何が起きているの!?
ロウ:……あんなことができる奴らを相手にしてるのかよ、俺たち
テュオハリム:どうやら沈黙は終わったようだ
テュオハリム:あの降りてきた物体……まるでダナに打ち込まれた<楔>だな
アルフェン:<楔>……俺たちの反抗への……だが上から出ている光はなんだ?
リンウェル:……星霊力
アルフェン:星霊力?あれがか!?だが、あんな……
リンウェル:物凄い勢いだよ。今までレナの領将たちが集めていたのなんて比較にならないくらい
アルフェン:……ダナの星霊力を根こそぎ奪うつもりか
キサラ:だがなぜだ!?星霊力集めは領将王争を競うためだったはずだ!
リンウェル:あの勢いじゃ放っておいたら、ダナが<虚水>だらけになっちゃう!破滅だよ!
シオン:!!
シオン:破滅……
アルフェン:これもあの赤い女の仕業なのか?
テュオハリム:だとしても不思議はないな
テュオハリム:たまたま<王>と<巫女>、そして五つの主霊石がそろった場に第六の霊石を携えて現れ、
テュオハリム:君たちに強制してレナス=アルマを作り出した──あの女、一体何者だ?
アルフェン:……どういう意味だ?
テュオハリム:どう、とは?
アルフェン:あんたの傍にもいたじゃないか。何かしら知ってることはあるんじゃないのか?
テュオハリム:私があの女と面識があると言いたいのか?
キサラ:……私もアウテリーナ宮であなたの傍いいるのを何度か見かけました。近衛の間では何者なのかと
アルフェン:……そういえば、ビエゾの近くにもいた気がする。覚えてないか、シオン?
アルフェン:シオン?
シオン:え、あ、ごめんなさい。……私もぺレギオンで初めて見た気がするわ
ロウ:どうなってるんだ?ふたりしてあんな目立つやつを覚えてないなんて
アルフェン:てっきり領将のお目付け役かなにかだとばかり思ってたんだが
キサラ:本当に覚えがないのですか?
テュオハリム:ない。これでも記憶力はいいつもりだ
リンウェル:その点は異論ないけど……
アルフェン:……気になるが、今はあの<楔>が先だ
ロウ:そんなこと言ったって、どうするんだ?俺たち、ガナスハロスから出ることすらできないんだぞ?
テュオハリム:北の山脈の向こうはシスロディアだ
キサラ:ですが、このひと月、山を越えられそうな道は見つかっていません
キサラ:解放した人々からも手掛かりは得られませんでした
テュオハリム:だが、どこかにあるはずだ。300年間、他領と隔離されていたはずはない
テュオハリム:ヴォルラーンが閉ざして隠したのかもしれん
リンウェル:だったら、駄目元でもう一度、街の人にも話を聞いてみようよ。何か見落としがあるかもしれないし
アルフェン:……分かった、探してみよう。今から船を作るよりはいい
ロウ:今頃、ダナ中で大騒ぎだろうな
キサラ:そうだな、どの国も解放されて、やっと落ち着きかけてたところだろうに
ロウ:ずっとだんまり決め込んどいといて見計らったみたいに仕掛けてきやがった
リンウェル:ぺレギオンの人たちはあまり驚いてなかったね
アルフェン:まだ感情が戻り切ってないせいだ。そうでなかったら、今頃大変だったはずだ
ロウ:ああ、街を離れるどころじゃなかったろうな
アルフェン:だがレネギスの狙いがなんだろうと、<楔>だけで終わる保証はない
キサラ:今でさえ星霊力が奪われているのだしな。手遅れになる前に急ごう
テュオハリム:……君は気付いているのか?
アルフェン:何をだ?
テュオハリム:シオンのことだ
アルフェン:あんたからそんな話題を振られるとは思わなかった
テュオハリム:私が気にしているのは、今、我々の与り知らぬところで確実に進行しているであろうはずの何かのことだ
アルフェン:……シオンがそれと関係していると言いたいのか?
テュオハリム:レナス=アルマが<荊>から逃れる手段になりうるかもしれない。そう彼女は言った
テュオハリム:なのにそれが失われたことと、その後の彼女の様子はどこか噛み合わない
テュオハリム:それに先祖から受け継いでいた力──
アルフェン:<巫女>の力のことは、本人も知らなかったんだぞ
テュオハリム:だとしても彼女が無関係という証にはなるまい
テュオハリム:デル=ウァリスで見せた<荊>の暴走もそうだ。あのような闇の星霊力の顕現は見たことがない
アルフェン:……レナ人なら誰だって闇の星霊力を持ってるはずじゃないか
テュオハリム:その通り。だが、あれほどの力となれば話は変わってくる。ありえないのだ
アルフェン:……
テュオハリム:誤解しないでもらいたいが、私は別に彼女を疑っている訳ではない
テュオハリム:ただこの件に関しては、まだ何かあるような気がしてならないのだ。君は違うのか?
アルフェン:…………
キサラ:どこに行ったのかと思っていたが、こんなところで息を潜めていたのだな
アルフェン:ヴォルラーンの残党……、やはりぺレギオンを襲うつもりだったんだろうか?
テュオハリム:彼らの盲信ぶりを見るに、あるいはひたすら待っているのかもしれん
アルフェン:待っているって……ヴォルラーンをか
シオン:私たちが倒したのに?……でも、そうね、そうかもしれない
シオン:彼らの態度はほとんど崇拝だもの。倒されたことも信じていないかもしれないわ
テュオハリム:次の領将王争が始まるのを待っていた可能性もあるが、なにせあの男の配下だ
キサラ:いずれ自分たちの主人が戻ると信じて疑わず、いつでも迎えられるように備えていた……
キサラ:私は改めて、忠節と隷属の違いを見たのですね
リンウェル:そういえばさ、あの<楔>と一緒に降ってきた四つの光、どうなったんだろう?
キサラ:てんでばらばらに飛んで行ったからな。どこに堕ちたのかも見当がつかない
リンウェル:自信ないけど、あれも星霊力、それもそれぞれ違う属性の星霊力だったみたい
キサラ:<楔>でダナの星霊力を吸い上げているのに、星霊力を発射したのか……なんのために?
リンウェル:分からない。あっという間だったし
キサラ:何かまた新たな脅威でなければいいのだがな
リンウェル:もし<楔>があの赤い女の仕業なら、あの光だって……
ロウ:……やっぱり変だぜ
リンウェル:え?
ロウ:赤い女だよ。絶対にシオンもテュオハリムも見てない訳ないんだ
リンウェル:ふたりが嘘吐いているっていうの?
ロウ:いや、そういう意味じゃないけどよ。ただ、なんか理由があるはずだろ
リンウェル:ふたりに共通するのはレナ人という点……
キサラ:その辺にしておこう。いろいろと気になるのは分かるが、今はここを抜けることに集中した方がいい
リンウェル:うん……そうだね
アルフェン:ブレゴンのおかげでガナスハロスの方はなんとかなりそうだな
キサラ:誰が送られるのだろうな。いずれかの抵抗組織の人間には違いないのだろうが
アルフェン:案外、ドクなんて適任かもな。薬草の知識があるから頼りになる
シオン:ドクってカラグリアにいた老人でしょう?ガナスハロスは遠いし、長旅に耐えられるかしら
キサラ:兄さんの補佐をしていたラギルなら適任だろうが、彼女もメナンシアを離れるのは難しいだろうな
テュオハリム:そういう意味ではミハグサールからも厳しかろうな。あそこの人手不足は深刻なままだろう
ロウ:まあ、皆、何かしら自分のとこで手一杯だよな
リンウェル:なんか結局、ブレゴンが自分で引き受けちゃいそう。あの人、結構苦労性っぽいし
シオン:でも、こうして考えてみると、私たち行く先々で随分、色んな出会いがあったのね
アルフェン:ああ。それで得たつながりこそが俺たちの宝だ。ブレゴンに任せた以上、俺たちは自分のすべきことをしよう
リンウェル:船……船……。船って馴染み薄いよね
テュオハリム:支配するにあたり、レナはあまり積極的に水上船を用いようとはしてこなかったからな
テュオハリム:小舟程度ならそこらにあるかもしれないが
キサラ:<楔>は大海の真ん中です。小舟では心許ありません
シオン:確かに途中で沈むようでは困るわね。アウメドラの船みたいのをとは言わないけど……
ロウ:それこそ、そんなのどこ探したって見つかりっこないぜ
アルフェン:なんとかして<楔>に行かなきゃならないんだ。可能性がありそうなところを当たってみよう
アルフェン:それにしても進みにくいな、ここは
テュオハリム:人が活動することを前提にはしていないようだ
キサラ:確かに見かけるのはズーグルばかりですね
テュオハリム:我々はいわば巨大な集霊器の中にいるようなものかもしれんな
アルフェン:集霊器か。なら、さしずめ星霊力を受け止めているレネギスが主霊石か
ロウ:なあ、さっきの声、まだ聞こえるのか?
リンウェル:気になるの?信じてないんでしょ?
ロウ:いや、悪かったって
リンウェル:……進むほど、強くなってる
ロウ:道は間違っていないってことか
キサラ:その声というのはどこから聞こえるのだ?
リンウェル:うん……自分の中から聞こえるような、色んな方から同時に聞こえるような……
リンウェル:包み込まれているような、不思議な感じ
ロウ:包み込まれてる?
キサラ:星霊力が関わっているなら、それほど不思議ではないな
リンウェル:うん、でも聞いていると、とても安心するんだ
ロウ:何でもいいけど、何かおかしなことがったら、すぐ知らせろよ
リンウェル:うん、分かってる
シオン:あれはダナの星霊力だった。私たちが聞いたのはその声……?
アルフェン:星霊力に意志があるっていうのか?
シオン:分からない。でも……覚えている?ビエゾと戦った時に起きたことを
アルフェン:……集霊器から現れた炎の怪物のことか
シオン:そう。あふれ出た膨大な星霊力が怪物の形を成した。さっきまでこの場にはそれを遥かに上回る星霊力があった──
キサラ:星霊力がたくさん集まると、実体や意志を持つ、というのか?
シオン:かもしれない、というだけよ
シオン:主霊石には集霊器より多くの星霊力が収められているけど、そんなことは起きていないし
テュオハリム:だが主霊石や集霊器にそれを抑える仕組みがあるとしたら、筋が通るのではないか?
アルフェン:確かに炎の怪物が現れたのは、ビエゾの集霊器が壊れた直後だった
キサラ:さっきのズーグルにも同じ機能がったが、扱う力が大きすぎて抑えきれず、それをリンウェルが感じ取った……?
ロウ:でもだったら、なんで消えちまったんだ?
ロウ:星霊力はたくさんあったし、邪魔してたズーグルもいなくなったんだろ?おかしいじゃないか
テュオハリム:ごもっともだ。仮説を進めるにしてももっと裏付けが要るな。それはそうと、大丈夫かね、リンウェル?
リンウェル:……何で私が最初にあの声を聞くことができたんだろう
シオン:リンウェル?
リンウェル:もしも……もしもだよ。それが私の血のお陰だったら……
リンウェル:ごめん、変な話しちゃった
リンウェル:さあ早くここを出よう?本当にちゃんと止まったかどうか確かめないと
ロウ:さっき、お前、なんか言いかけなかったか?
リンウェル:え?あ……うん
ロウ:別に話したくなきゃいいけどよ
リンウェル:うん、あのね
ロウ:おう
リンウェル:……ごめん、やっぱりいい
ロウ:なんだよ、はっきりしねえなあ
フルル:ッホォオオォォォ!!
ロウ:うわっと!分かったって、聞かねえよ!
リンウェル:駄目、フルル!
リンウェル:……ごめん、まだうまく言えない
ロウ:いや、別に構わねえけどさ。……あんまし、抱え込みすぎんなよ
リンウェル:うん、ありがとう
シオン:……
リンウェル:シオン、いよいよ変だよ
キサラ:ああ、ひどく思い詰めているようだ
リンウェル:ねえ、やっぱり、アルフェンに言った方がよくないかな
キサラ:私もそれは考えた。だが……
リンウェル:?
キサラ:何に悩んでいるのであれ、一番知られたくないのかもしれない
リンウェル:あ……
キサラ:もしシオンが隠したいと思っているなら、それを私たちから伝える訳にはいかない
リンウェル:うん……
シオン:言えない……言えるはずがない…………私はどうしたらいいの……?
シオン:以前に比べて、住民の顔が明るくなったわね
アルフェン:ああ。空気が随分変わった。いち早く解放されただけのことはある
リンウェル:ジルファが見たら喜んだかな
アルフェン:そうだな。でも今はロウが……ロウ?
ロウ:…………
アルフェン:ロウ、どうした?
ロウ:いや、なんていうか、ちょっとさ
アルフェン:出奔したこと、まだ気にしてるのか?
ロウ:俺にとっちゃ、見捨てた間に解放された故郷だからな
ロウ:そんなこと気にしてる場合じゃないって、頭じゃ分かってるつもりなんだけど、やっぱちょっと、な
ロウ:まったく、あの火の化け物、よりによって俺っちの通せんぼしなくたっていいのに
リンウェル:光の残りはどこにいるのかな。てんでばらばらに飛んでったみたいだったけど
キサラ:目的がなんであれ、街の近くでないといいがな。あんなのが街を襲ったら大変なことになる
ロウ:結局、俺たちが何とかするしかないってか。あんなのがあと三匹もいるなんて頭が痛いぜ
リンウェル:暴れ甲斐があるって思わないんだ?
ロウ:よせよ、そこまで命知らずじゃねえって
ロウ:それに……やらなきゃならないことがあるのに馬鹿やって死ぬ訳にはいかないだろ
リンウェル:うん……そうだね、ごめん
ロウ:……アルフェンは気付いてたのか?
アルフェン:シオンのことか?
ロウ:俺は全然分かってなかった。そりゃ時々、なんか様子が変だと思うことはあったけど、まさかあんな……
ロウ:俺って本当、周りが見えてないんだな
アルフェン:お前だけじゃない。俺も、シオンが悩んでいるのは分かっていても、踏み込めなかった
ロウ:アルフェンはずッとsを助けようとしていたじゃないか
アルフェン:そのつもりだったさ。だけどその実、何も分かっていなかった。彼女を追い詰めていただけだったんだ
ロウ:でも間に合った、そうだろ?
アルフェン:まだ終わってない。だが、そうだな。間に合わせる。間に合わせてみせる
ロウ:ああ、皆でやればシオンだって世界だってなんとかなるさ。忘れるなよ、皆で、だぜ、アルフェン
アルフェン:ああ、分かってる
ロウ:なあ、親父はどう思ってるかな。俺、間違えてないよな?
アルフェン:ジルファなら……もう、オマエが自分で決めたことに何も言わないんじゃないか
ロウ:言いたくても言えないけどな
アルフェン:ロウ
ロウ:悪ぃ。でも、生きてるやつの問題は待っちゃくれないからな
ロウ:今は全力でシオンを助ける
ロウ:また悩むかもしれないけど、それはまたその時考える。それでいいよな?
アルフェン:ああ、十分だ
アルフェン:眠らなくていいのか?
リンウェル:……眠れないよ。あんな話を聞いた後だもん
アルフェン:そうか
リンウェル:シオン、ずっと我慢してたんだね。私たちが笑ってる時も、いつも少し離れて黙ってて
リンウェル:私、それは<荊>のせいだって思ってた。私たちを傷付けないようにするためなんだって
リンウェル:それにそういう性格なんだろうって
リンウェル:でも違ったんだ。本当はずっと死ななきゃならないって思ってて、でもやっぱり死にたくなくて、それを言い出せなくて……
アルフェン:リンウェル……
リンウェル:ずっとずっと独りぼっちだったんだ。なのに、私、そんなことも知らずに友だちだなんて……
アルフェン:それでもきっとシオンは嬉しかったと思う
リンウェル:そう、かな
アルフェン:ああ。だからこそ俺たちに本当のことを打ち明けてくれたんだ
アルフェン:だから、これからも友だちだ
リンウェル:これからも……うん、そうだね
リンウェル:私たち、皆独りぼっちだった
リンウェル:でもそうじゃなくなることもできる。シオンにもそうなって欲しい
リンウェル:ううん、もうなってるけど、もっともっと
リンウェル:憎しみとか哀しみなんかじゃない、私たちお互いの支えになれたら素敵だよね?
アルフェン:リンウェル……
キサラ:大丈夫か?
アルフェン:何がだ?
キサラ:お前の体だ。さっき<荊>に触れただろう
アルフェン:ああ、なんてことはない
キサラ:シオンの辛さに比べれば、か?
キサラ:シオンも自分の<荊>でお前が傷つくのは見たくないはずだ。お前が耐えればいい、という話ではないぞ
アルフェン:……分かったよ、気を付ける
キサラ:もっとも、シオンはお前のその向こう見ずなところに救われたのだろうな
アルフェン:からかわないでくれ
キサラ:からかってなどいない。お前は痛みを取り戻してなお、彼女に触れた
キサラ:お前は彼女に救いをもたらしたんだ。私たちに対してやったように
アルフェン:……俺はシオンが誰とでも触れ合えるようにしてやりたいだけだ。死の恐れもなく
アルフェン:そんな当たり前のことをシオンから奪った<荊>が俺は憎い
キサラ:当たり前であると同時に特別なことでもある。私も取り戻してやりたい
キサラ:理想郷の夢も、彼女を犠牲にして生き延びた世界では虚しいだけだろうしな
アルフェン:ああ。奪ったり奪われたり、そんなのはもうたくさんだ
テュオハリム:世界の破滅……本当だと思うかね?
アルフェン:俺はシオンを信じる。あんたは?
テュオハリム:友人としては信じたい。我々を取り巻く一連の出来事も、明らかに何らかの危機を示唆している
テュオハリム:だが世界の破滅となるとな。実感が追い付いていないのが正直なところだ
アルフェン:確かに、シオンも実際に何が起きるのかまでは分からないみたいだしな
テュオハリム:手がかりになりそうな欠片には事欠かないが、それでも一枚の絵にするにはまだ足りない
アルフェン:<荊>はどこに納まるんだろう?
テュオハリム:恐らく核心に迫る欠片であることは間違いなかろう。<楔>で聞いた声のことは覚えているかね?
アルフェン:ああ。ダナの星霊力の……意志じゃないかって話だったな
テュオハリム:そうだ。膨大な星霊力に意志が宿るという仮説
テュオハリム:そしてぺレギオンで見た暴走した<荊>は到底、ひとりのレナ人が持ちうる量の星霊力ではなかった
アルフェン:<荊>にも意志があるっていうのか?その意志がシオンを死なせない……
アルフェン:だが、なぜそれが世界を滅ぼすんだ?
テュオハリム:さてな。<荊>に目的があるとしても、今はまだ謎だ。<巫女>の力が<荊>を抑えるのだって、たまたまかもしれん
アルフェン:前から思ってたが、あんたは相当、謎解きが好きらしいな
テュオハリム:いけないかね?
テュオハリム:信じていた世界がまやかしかもしれないとなれば、真相を突き止めたくもなる
テュオハリム:──ましてそのせいで傷を受けたとなれば
アルフェン:テュオハリム?
テュオハリム:いずれにせよ、残りの欠片はレネギスにあるのだろう
テュオハリム:それでどんな絵が浮かびあがるか……今はこれ以上考えても仕方あるまい
アルフェン:……分かった
シオン:もうすぐレネギスね
アルフェン:シオンにとっては里帰りみたいなものなんだよな
アルフェン:ダナに降りてくる前、レネギスでの暮らしはどんなだったんだ?
シオン:……いい思い出はないわね。物心ついた時には既に<荊>が発現していたし
シオン:治療のためと言いつつ、実際は研究対象のようなものだったわ
アルフェン:研究って、そんな……!
シオン:本当よ。どんな条件で<荊>が現れるのか、触れた側の影響はどう変わるのか
シオン:毎日毎日そんなことの繰り返し。解剖されなかっただけましかもしれないけど
シオン:触れて激痛にのたうって、その後、私に向けられる相手の目は……怪物を見るかのようだった
シオン:自分の意志とは関係なく人を傷付けてしまう存在
シオン:そんな悦棒しているところに追い打ちをかけるように、破滅の未来を見るようになったの
アルフェン:……
シオン:望みなんて持ちようが無かった。誰とも触れ合えないまま、孤独に生きるしかない
シオン:生きていても、やがて破滅に呑み込まれる
シオン:だからせめて世界を救うために死ねば、自分の人生にも意味が見出せるんじゃないかって思うようになったの
アルフェン:すまない。嫌なことを思い出させた
シオン:いいの、今はもう違うもの
アルフェン:……皆のためにシオンが死ななければならないというなら、シオンのために皆が死んだっていいはずだ
シオン:何を言い出すの!?そんなこと許されるはずが──
アルフェン:もちろん許されないさ
アルフェン:だがただ運が悪かったというだけで、ひとりが他の全員のために犠牲になるなんて、あってはならない
アルフェン:それは結局、奴隷が生贄にされるのと変わらないんだ
アルフェン:俺たちの戦いは自分たちだけが助かるためのものでも、世界のために自分たちを犠牲にするものでもない
アルフェン:皆を守る。世界を救う。ただそこに自分もいなきゃ駄目なんだ
シオン:犠牲のない世界のため……あなたの戦いそのものね
アルフェン:俺ひとりのじゃない。シオンの、そして皆の戦いだ
アルフェン:皆でつかむ勝利でなきゃいけない。敗者がいてはいけない
アルフェン:今分かった。これはそういう戦いなんだ
シオン:敗者がいない……ダナがレナを倒して終わりではないってことね。本当にできると思う?
アルフェン:できると信じて命がけでやるんだ。でなきゃ何かを変えるなんて永遠にできない
シオン:……そうだったわね。そのくらいでなければ未来なんてつかめない
シオン:やりましょう、私たちで
リンウェル:あ、ねえ聞いてよ、アルフェン、ロウったらさ──
ロウ:おい、言うなって!
アルフェン:ロウがどうかしたのか?
リンウェル:この船が落ちないか怖いんだって!最初は名前付けようなんて言ったくせに
ロウ:べ、別に怖いとかじゃねえよ
ロウ:ただ、こんな鉄の塊みたいなのが支えもなく空飛んでるなんて、ちょっとくらいおかしいって思うだろ、普通
リンウェル:星舟ってそういう機械じゃない。私は別におかしいって思わないけど
ロウ:お前の神経がおかしいんだよ!
アルフェン:俺が言うのもなんだが、レナの技術は信頼できると思う。俺が今こうしてここにいるのも、ある意味そのお陰だしな
リンウェル:そっか、そういえばそうだよね。納得した、ロウ?
ロウ:アルフェンにそう言われちゃ、納得するしかねえけど……なんか納得いかねえ
アルフェン:船酔いは大丈夫か?
キサラ:そういえば忘れていたな。ありがたいことに海の上と違って、星舟はほとんど揺れがない
アルフェン:なによりだ
アルフェン:その装置が気になるのか?
キサラ:どういうものなのかと思ってな。中に人が入るようだが
アルフェン:治療槽だよ。怪我や病気を治してくれる
キサラ:なるほど。もしレネギスで傷を負った時は役に立ちそうだな
アルフェン:……
キサラ:アルフェン?どうかしたか?
アルフェン:いや……レネギスを脱出する時、儀式で暴走してボロボロになった俺を、ネウィリがこれに入れた
アルフェン:そのことを少し思い出したんだ
キサラ:脱出する時?ということは……お前は300年間、この中にいたのか?
アルフェン:そういうことになるんだろうな。どうして300年も眠り続けたのかは、分からないが
キサラ:そうか……。だが偶然かどうかはともかく、私はお前が目覚めたのが今の時代で良かったと思っているぞ
アルフェン:どういう意味だ?
キサラ:お前がいなければ、私たちはここまで戦い続けることはできなかった。だが何より──
キサラ:メナンシアを出る時、私が言ったことを覚えているか?共存の夢とは何なのか、自分で考え、学ぶ必要があると
アルフェン:ああ。だからメナンシアに残らず、俺たちについてきた
キサラ:あの時の私は、与えられた理想では駄目だと言いながらも、兄さんの願いを叶えなくてはという思いに囚われていた
キサラ:兄さんの思い出は大切だが、築くべき共存は何よりこれから生きる人たちのためのものだと、改めて気付いた
キサラ:そしてそれをメナンシアだけでなく、ダナ全体に広めたいと私自身が願うようになった
キサラ:みな、この旅を通じて学んだことのお陰だ
キサラ:だから、そんな機会をくれたお前には感謝しているんだ、アルフェン
アルフェン:感謝されるにはまだ早いさ。赤い女のこともある。まだまだ気を抜ける状況には程遠い
キサラ:分かっている。だがどんなことがあろうと、私は目を逸すまいと思う
アルフェン:キサラ……
キサラ:とはいえ、まずは目の前の問題を片付けなければな
テュオハリム:……
アルフェン:何か問題か?
テュオハリム:いや。ただ、七年ぶりだと思ってね
アルフェン:領将としてレネギスを発ってからか。あんたでもやっぱり懐かしくなるのか?
テュオハリム:私とて人並の感情はある。とはいえ──
テュオハリム:──君に尋ねたい。レネギスには君の過去もある。行けばそれと向き合うことになるかもしれない
テュオハリム:そこに恐れはないか?
アルフェン:それは………
アルフェン:自分が大勢の命を奪った場所だ。ないと言ったら嘘になる
アルフェン:だからって逃げる訳にはいかない。過去は変えようがないが、未来は分からないからな
テュオハリム:……そうか
アルフェン:テュオハリム?
テュオハリム:失敬した。こんな時にする話でもなかったな
テュオハリム:船内の確認を済ませたらまた声をかけてくれたまえ
テュオハリム:皆、覚悟はいいか?そろそろレネギスに乗り込む準備に入る
キサラ:その前に──レネギスとは、どういう場所なのですか、テュオハリム?
リンウェル:そういえば、ちゃんと聞いたことなかったよね
アルフェン:俺も聞いておきたい。俺は大昔のことしか知らないし、そもそも監禁されていたようなものだからな
テュオハリム:レネギスは、そもそもがダナで領将王争を行うためのレナの基幹拠点だ
テュオハリム:それ自体がひとつの都市であり、独立した社会を形成している
テュオハリム:その社会はひと言で言えば、序列社会だ。そこでは星霊術の強さが非常に大きな意味を持つ
ロウ:星霊術の強さで身分が決まるってことか?でも、それって生まれつきのものじゃないのか?
テュオハリム:訓練で多少変わるし、それのみで決まる訳でもないが、概ねそうだ
テュオハリム:ゆえに領将やその候補者を多く輩出する家系はどうしても偏るし、そうした血筋は名門とされている
シオン:極めて弱い星霊術しか使えないために、ダナに下りることが許されなかった下級階層扱いの人々もいるわ
シオン:でもそんな彼らでさえ、ダナに対する優越感は強い。憶えておいて
ロウ:なるほどな。テュオハリムは領将になるくらいだから序列が高いのは想像がつくけど、シオンはどうなんだ?
リンウェル:シオンだって強い星霊術が使えるじゃない
ロウ:ああ、そうか
シオン:星霊術の強さだけなら、私も一応上位層に該当するわ。もっとも<荊>のせいで、まともな扱いは受けてこなかったけど
ロウ:……悪ぃ
シオン:気にしなくていいわ。あなたの思ったことをすぐ口にできるところは、嫌いじゃないから
ロウ:ちゃ、茶化すなよ
リンウェル:あれ、ひょっとしてロウ、照れてるの?
ロウ:照れてねえ!
テュオハリム:……だが星霊術の強さだけで序列が決まるというのは、本当は理不尽だ
テュオハリム:人の価値はそれだけで測れるものではないのに──
キサラ:赤い女もレネギスにいるでしょうか?
テュオハリム:おそらくな。あれだけのことがレネギスで起きたのだ
テュオハリム:ぺレギオンからレナス=アルマを持ち去ったことと無関係ではあるまい
アルフェン:レナス=アルマがダナの搾取に使われているなら、絶対に奪い返す
ロウ:赤い女にも問い詰めたいことが山ほどあるしな
テュオハリム:まもなく到着だ。念のため衝撃に備えたまえ
アルフェン:……<荊>を解く手がかりもきっと見つかる
ロウ:外にいる間に攻撃されんじゃねえかって、ひやひやしたぜ
リンウェル:前から思ってたけど、ロウって結構心配性だよね
ロウ:ばっ、馬鹿言え。俺は皆のためにだな
シオン:大声出すと、誰に聞かれるか分からないわよ
ロウ:……
キサラ:ここには何人くらいのレナ人がいるのですか?
テュオハリム:正確なところは知らないが、見た目ほどには多くない。大抵のことは機械とズーグルでまかなっているくらいだ
アルフェン:やはりズーグルもいるか。気を抜かずにいた方がよさそうだな
ロウ:フィアリエって誰なんだ?
リンウェル:ロウ──!
テュオハリム:……
キサラ:先ほどの話からすると、レネギスの住民は、ダナのことを何も知らされていないようだな
シオン:そうね、ここの状況もよく分かってないみたいだった。<楔>は間違いなくレネギスから現れたのに
アルフェン:もう少し情報が欲しいな。住民に話を聞いてみよう
ロウ:ついでに一応、赤い女のことも聞いてみようぜ
リンウェル:禁領ってところに行く方法もだよ
キサラ:私たちでは騒ぎになるかもしれない。シオン、頼めるか?
シオン:そうね、その方がいいわ
テュオハリム:……私もやろう
キサラ:テュオハリム──
テュオハリム:領将の資格はレネギスでは有効に働く
アルフェン:分かった。ふたりとも頼む
キサラ:人々の暮らしを滅茶苦茶にしてまで、一体何をしようというのだ?
キサラ:こんな、街を積み木を崩すような……これをやった者は何を考えている
シオン:ダナからの星霊力を受け止めて、レナに送るためではあるんでしょうけど……
アルフェン:何のためなんだ、一体!?領将王争のためならそんな必要はなかったはずだ
テュオハリム:なんであれ、<楔>が星霊ちからを送るのを止めたといっても、狙う理由がある限りはこのままではすむまい
リンウェル:駄目だよ、またあんなことさせちゃ!
ロウ:禁領ってとこに行けば、何か分かるかもしれないんだろ?ここでぐずぐずしてないで、動こうぜ
アルフェン:ロウの言う通りだな。俺たちに立ち止まっている暇はない
リンウェル:ねえ、レネギスの街って本当に最初からここで暮らすために作られたのかな
シオン:どういう意味?
リンウェル:だって、こんな大がかりなこと、最初から作ってなかったらできないよね?
リンウェル:でも最初からそのつもりだったら、街だってこんなことにならないように作るとは思わない?
シオン:……確かにその通りね
シオン:そもそもレネギスがこんな風になるなんて、私たちの唯一人知らなかった
シオン:この居住区は後から作られた?だとしたら、なぜ……?
リンウェル:ごめん、変なこと言っちゃった
シオン:気にしないで。見落としていた謎を指摘してくれるのは助かるわ
シオン:確かに今は解けない謎だけど、その答えもきっとこの奥にあるはずよ
リンウェル:シオン……うん、そうだね!
アルフェン:いろいろ話を聞いたな。それでどう思う?
シオン:やはり、なぜ街がこうなったのかも、ダナで領将王争がどうなったのかも知らないようね
ロウ:領将王争の情報って、こっちには全然入ってこないものなのか?
テュオハリム:以前であれば、ここまでではなかった。何か統制が敷かれているのかもしれん
リンウェル:住んでるところがこんなことになってるのに、皆やけに落ち着いてるよね
ロウ:ああ。ズーグルが言うこと聞かなくなってるとも言ってたしな。本当なら一大事のはずだぜ
テュオハリム:ここで起きることはすべて<王>の意志によるもの。レネギスではそういう考え方が深く根付いているからな
テュオハリム:すべては起こるべくして起こる。<王>の統治によって
キサラ:……<王>の統治
キサラ:……ひとつ気になったのですが、いまレネギスを統べているのは誰なのですか?
テュオハリム:無論、当代の<王>だ。<王>がレナからレナとレネギスの両方を統べている
ロウ:間に領将みたいなのもいないのか?レナってダナと同じくらいでかいんだろ?
ロウ:レネギスだけでもこんなに広いのに、全部ひとりで治めるなんて、そんなことできるのか?
テュオハリム:……言われてみればそうだな。気にかけたこともなかった。<王>がすべてを統べるというのが、ここでの常識だった
テュオハリム:私もレナ本国をどのように統治されているかは知ら──
テュオハリム:シオン、君は……いや君自身でなくてもいい。誰か本国に行ったことがある者を知っているか?
シオン:……いいえ、知らないわ
テュオハリム:私もだ。だが、だとすると……まさか、レネギスの住民全員がそうなのか?
ロウ:どうしたんだよ、急に深刻になって
テュオハリム:レネギスでレナ本国をその目で見たことがある者は誰もいないかもしれない、ということだ。<王>その人を除いて
キサラ:ですが、それだとレナとレネギスには交流が全くないことになりませんか?
テュオハリム:……<王>だけが一方的にレネギスにその意向を伝えている。そういうことになる
リンウェル:考えてみたらさ、レナにいる王様が、遠く離れたレネギスまで直接統治しているのって、無理があるよね
リンウェル:今みたいに何かあっても、その場にいないんだし
キサラ:そもそも<王>とは何なのです?アルフェンは、<招霊の儀>を行うために無理矢理<王>にされたという
キサラ:一方で、レナの統治者も<王>と呼ばれています。どちらが真実なのでしょう?
テュオハリム:領将王争の勝者となった領将が、前任者からその座を引き継ぎ、レナのすべてを統治する
テュオハリム:それがレナの<王>だ──とされてはいるが、そのレナ<王>は沈黙したままだ
テュオハリム:ヴォルラーンのこともある。もはや何が真実か分かったものではないな
アルフェン:……300年前、俺はレネギスで<王>になった。いや、された。ダナ人の俺がだ
シオン:そして今この時代に、同じ<王>の紋章を持つヴォルラーンがいた
アルフェン:俺たちに共通するのは、どちらも領将王争に勝つことなく<王>になったということだ
ロウ:……ヴォルラーンはアルフェンと同じ、儀式のための<王>ってことか?
アルフェン:分からない。だがあり得ない話じゃないと思う
テュオハリム:……つまり統治者としての<王>と、儀式のための<王>がそれぞれ存在していることになるのか?
キサラ:だが確かにガナスハロスでヴォルラーンの死体は見つかっていない
キサラ:レネギスがこうなったのも、ヴォルラーンがここで儀式を行ったからだとしたら……
リンウェル:待ってよ。それって赤い女とヴォルラーンが仲間だってこと?
リンウェル:だって儀式には、赤い女が持って逃げたレナス=アルマが必要なんでしょう?
シオン:儀式には<巫女>も必要なはずよ。私の他にも<巫女>がいるのでない限り……
テュオハリム:疑問、疑問、また疑問、だ。この状況を解決するには、<王>の正体を見極めるよりないようだな
アルフェン:<王>だけが入れるという禁領なら、何かつかめるかもしれない。ダナを救うためにも、真相を暴くんだ
シオン:ええ。行きましょう、禁領へ
リンウェル:確か、別の区画へ通じてるかもしれない入り口があるって話だったよね。そこから禁領にも行けるかもしれない
リンウェル:探してみようよ!
リンウェル:レナの中にも身分制度があるんだね
ロウ:住民は別にそれで不満も感じていないみたいだな。それでいいのか?
テュオハリム:いいもなにも、それがごく当然の在り方とされてきたからな。君たちにも覚えがあるはずだが
アルフェン:支配されることに疑問を抱かなくなっていた……確かにな
キサラ:……ここの暮らしは、ダナのどの街よりも進んでいるように見える
キサラ:十分な富がなくては理想の社会は作れないのかもと思ったこともあったが……あればいいというものでもないらしい
シオン:赤い女のことも、誰も知らないみたいだったわね
リンウェル:本当にレネギスに居るのかな。もし、いなかったら……
アルフェン:まだ決めつけるには早い
テュオハリム:目立たぬよう立ち回っている可能性もある。判断は隅々まで探してからにすればよかろう
アルフェン:気になっていたんだが
ロウ:どうしたんだ?
アルフェン:少なくとも領将王争自体はずっと行われていたんだ
アルフェン:筋から言えば、前回の勝者である領将が今のレナを治めていることになる
ロウ:まあそうなるよな
アルフェン:それって、誰なんだ?
テュオハリム:……ハンフリクト・ミルグリスだ。確かシスロディアの領将だったはず
リンウェル:そのハンフリクトという人が、レナの支配者っていうこと?
テュオハリム:そういうことになる。直接見たのは前回の領将王争終了の時が最後だが
キサラ:<王>となってからは、一度もレネギスにも姿を見せていないのですか?
シオン:通信以外の形では、ないと思うわ。……ハンフリクト<王>以前の<王>もだけど
テュオハリム:それを言えば、<王>以外の誰かが本国からやってきた記憶もない
リンウェル:それってやっぱり……なんか色々変だよね
テュオハリム:うむ……しかも我々はそれを当然のことと思い込まされてきた。だとしたら誰が何のためにそれをしたか、だが
キサラ:そういえば、レナス=アルマも領将王争の勝者に、その都度作られて与えられるもののはずでしたね
キサラ:もし代々の勝者が受け取っていたのなら、その数だけレナス=アルマがあったことになります
シオン:でも、ぺレギオンでのことを考えると、レナス=アルマが簡単に作れるとは思えないわ
シオン:となると、勝者の話も怪しくなってくるわね。本当、何を信じていいのか分からない
テュオハリム:確かに。闇の主霊石を必要とするということも、我々レナ人は知らなかったのだからな
アルフェン:そのあたりも禁領ではっきりするかもな
ロウ:ああ、ここで考え込んでるより、早く行って確かめようぜ
シオン:いまの兵士、明らかに住民たちと様子が違ったわね
リンウェル:うん、話し合いの余地なんかない、問答無用って感じだった
ロウ:領将のテュオハリムがいてもお構いなしだったな
テュオハリム:うむ……我々を明確に敵として認識していた
テュオハリム:レネギスの中で脅威らしい脅威など、せいぜい実験かなにかで暴走したズーグルくらいのはずなのに
アルフェン:ガナスハロスの時に似ている気がする。ヴォルラーンに支配されていた兵士や奴隷の様子に
テュオハリム:以前のレネギスには、あのような者などいなかったが……
キサラ:私たちが来たのを快く思わない何者かがいるということでしょうか
アルフェン:赤い女か<王>か、はたまたヴォルラーンか……いずれにしても、気を引き締めた方がよさそうだな
アルフェン:……!!
ロウ:い、今のは?
キサラ:皆……同じものを見たのか?
リンウェル:ねえ、アルフェンと話していた人、シオンと同じ顔してた──
シオン:……ネウィリなのね。ネウィリ・アイメリス。彼女が
アルフェン:……そうだ
ロウ:本当にシオンとそっくりだった。アルフェンが混乱するのも無理ないぜ
テュオハリム:……それで、我々は何を見たのだ?ただの幻覚ではなさそうだが
アルフェン:──昔、俺が実際にネウィリと交わした会話だ
キサラ:ということは、あれはアルフェンの過去……ということか?
ロウ:なんでそんなものが見えたんだ?まさか、これも赤い女の仕業か?
リンウェル:ううん、違うと思う
ロウ:なんでだ?
リンウェル:皆も感じなかった?入口が開いた時、ダナの星霊力が押し寄せてきたのを
アルフェン:そういえばそうだ。あれは<楔>の奥で感じたのと同じ感覚だった
テュオハリム:不思議はないな。<楔>からはレネギスに膨大なダナの星霊力が送られていた
テュオハリム:あるいはそれがこの奥に貯蔵されているのかもしれん
ロウ:じゃあ、今のはダナの星霊力が見せたっていうのか?なんで、なんのために?
リンウェル:そこまでは分からないよ。意図あってのことじゃないのかもしれないし
アルフェン:……
アルフェン:シオン、大丈夫か?
シオン:え、ええ。急だったから驚いただけ
シオン:……あれが私の300年前の先祖なのね
アルフェン:ああ、そうなるんだろうな
シオン:あなたの方こそ大丈夫なの?
アルフェン:俺が?
シオン:誰が何のためにさっきの記憶を見せたにせよ、この先もまた起こるかもしれない
シオン:あなたは自分の辛い過去を見ることになるかもしれないのよ?
アルフェン:……過去をなかったことにはできない
アルフェン:それにもし儀式の正体が分かるなら、シオンの<荊>の正体だって分かるかもしれない
シオン:アルフェン……
アルフェン:それに俺はずっとダナをレナから解放するために戦ってきた。だがそのレナにも嘘と抑圧があるらしい
アルフェン:なら俺はそれも解放してやりたい。そのためにも真実から目を逸らす訳にはいかないんだ
シオン:ダナにいてもどこにいても、あなたは変わらないのね。抑圧する者に怒り、壁を壊す者、それがあなたなんだわ
シオン:いいわ。進みましょう、すべてを知るために
テュオハリム:レネギスに暮らす者なら一度は夢見る禁領。よもやこんな形で訪れることになるとはな
キサラ:領将すら入ることが許されない場所なのですね
リンウェル:でも、いくら大事な場所だからって、<王>以外誰も入れないなんて変だよね
キサラ:そうだな。部屋ひとつならまだしも、この規模ともなると手入れだって大変なはずだ
キサラ:<王>が何者にせよ、ひとりで管理するには広すぎる
リンウェル:そういうことが話されることはなかったの?
シオン:あまり記憶にないわね……そもそも<王>も禁領も、軽々しく話題にするようなものではなかったから
テュオハリム:<王>の権威と一体になった特別な場所。選ばれた人々の、さらにその頂点に立つ者のための場所
テュオハリム:我々はずっとそう信じてきた。いや、信じ込まされてきた
テュオハリム:その裏でこれだけのものを維持してきた目的、いよいよもって確かめずにはおくまい
キサラ:いいご友人ですね
テュオハリム:昔からそうだった。常に一歩後ろに立って目立たず、気をまわしすぎる
テュオハリム:フィアリエにも気の毒なことをした
キサラ:彼女がああなったのは自分のせいだと思っているのですか?
テュオハリム:彼女をけしかけた何者かが、こちらが手出ししづらいのを承知でそうしたのは明らかだ
キサラ:君もだ。君もフィアリエも私と関わったことで大切な身内を失った
キサラ:兄の死の直接の原因はケルザレクであり、彼を操ったアウメドラです
キサラ:タルニガスの死にしても、本当の原因は領将王争であり、ひいてはレナの階層社会そのものにあるはずです
キサラ:だからこそ、あなたは領将王争を終わらせようと思ったのではないですか?
テュオハリム:そうだ。そうすることでしか、私が死なせた人々に償うことはできない
キサラ:……償うことなどできません
テュオハリム:……!
キサラ:できないんです、テュオハリム。辛いことですが、死んだ人は死んだままです
キサラ:何もできません。受け取ることも、赦すことも
テュオハリム:罪を忘れろというのか!?
キサラ:違います。その逆です。決して忘れず、でも生きるんです
キサラ:死者のためでなく、生者のために
テュオハリム:生者のために……
アルフェン:そうだな。俺たちはまだ生者の側にいる。何かできるとしたら、それは同じ生きているやつのためなんだろう
キサラ:生きているということは、まだ何かできることがあるということです
キサラ:責を感じるというなら、罰を求めるのではなく──
テュオハリム:その原因を除くことが私の務め、か
キサラ:はい。明日のために生きてください。昨日ではなく。そしてあなた自身もその中で
テュオハリム:……努力しよう
リンウェル:でも、まずは禁領の謎を確かめることが先だよ
テュオハリム:シオン
シオン:?
テュオハリム:お陰で助かった。改めて礼を言う
シオン:どういたしまして
シオン:……フィアリエはやっぱり操られていたのかしら
ロウ:操られるって誰にだ?赤い女にか?
アルフェン:誰にせよ、この一連の裏にいる奴だ
テュオハリム:……どうあれ、フィアリエの恨み自体は彼女のものだ
リンウェル:やり方が汚いよ!こっちが手を出しにくい相手を選んだってことでしょ?
キサラ:だがこれで、レネギスのどこかに我々を敵視している存在がいることは間違いない
シオン:ええ、私たちに合わせて仕掛けてきたのだから
アルフェン:人の心に付け入る真似をするような奴……必ず見つけ出してやる
シオン:あの過去の幻……私たちに関わりがあることばかり……
キサラ:ダナの意志の仕業かもしれないという話だったが、どうなのだろうな
アルフェン:俺たちに何かを伝えようとしているのか……?
ロウ:そういやさ、死んだはずのやつを見たとか、言付かったとか、そういう話って結構聞くよな
キサラ:ゆ、幽霊の類と一緒にするのは、どうかと思うぞ、ロウ
テュオハリム:……いや案外、的を射ているかもしれん
テュオハリム:人の思いや行いが、さながら足跡のごとくその場所に刻まれるとしたら
テュオハリム:そして関わりある者とはとりわけ感応しやすいとしたら──
シオン:それが私たちの見た幻の正体?
テュオハリム:ただの想像だ。ダナの意志の仕業かもしれないし、<王>や<巫女>の力が作用している可能性だってある
ロウ:よく分からねえけど、星霊力がたくさんある場所なら、あんな風に昔の出来事を見られるってことか?
リンウェル:そんなにたくさんの星霊力が、自然に集まることなんて、そうないと思うけど……
テュオハリム:いずれにせよ、300年も消えずに残っていたのだ。相当強い思いだったに相違あるまい
アルフェン:強い思い、か……
シオン:……
テュオハリム:……ふたりの<王>。300年前にただふたり
テュオハリム:その成功率の低さも気になるが、300年間、そこにこだわり続けた理由はなんだ?
テュオハリム:ほかに方法がなかったのか?それとも──
キサラ:テュオハリム
アルフェン:……
テュオハリム:失敬した
シオン:アルフェン……
アルフェン:……少し驚いただけだ。自分がどういう存在なのかはもう分かってる
アルフェン:ただ……誰だか分からない奴相手にだいぶ頭にきてる。そいつに顔を与えて憎みそうになってるんだ
シオン:……なら、私が、私たちがつなぎとめるわ、あなたを。そうよね?
リンウェル:うん。アルフェンがどっか行っちゃわないようにね
ロウ:ああ、憎しみに頭乗っ取られたっていいことねえからな
キサラ:彷徨うことがあっても、ちゃんと帰る場所があることを思い出させてやろう
テュオハリム:私も愚痴くらいは付き合ってもいい
アルフェン:……ありがとう、皆。もう大丈夫だ
アルフェン:俺を暴走させた力を、ネウィリが封じてくれた
アルフェン:俺を止めて、命を救ってくれたんだ……
アルフェン:でも封じた力は、シオンに受け継がれてしまった
アルフェン:すまない。俺のせいでシオンはずっと呪いを
シオン:違うわ
シオン:儀式の成功を、破滅を回避したから暴走は起こった
シオン:あなたは業を背負わされ、300年も眠ることになった……
シオン:アルフェンが記憶を失ったきっかけは
アルフェン:シオンを苦しめてきた呪いと同じ
アルフェン&シオン:<荊>
アルフェン:すべての始まり……だが、消せばすべてが終わる
シオン:<荊>がなくなる……
シオン:そんなこと、夢にも思わなかった
シオン:……ううん
シオン:本当は、ずっと考えてた
シオン:<荊>がなかったらって
シオン:家族と触れて、友だちと遊んで
シオン:リンウェルと手をつないで、ロウをひっぱたいて
シオン:みんなと抱き合って……
シオン:普通に、一緒に……
シオン:できたらいいなって、いつも思ってた
シオン:信じていいの?
シオン:期待してしまうことが怖い
シオン:やっぱり、駄目だったら──
アルフェン:そんなことにはならない
アルフェン:そのために、俺はいるんだ
アルフェン:運命でも宿命でも使命でもない
アルフェン:シオンと生きる
シオン:!
アルフェン:不通にさ
アルフェン:やりたいこと、あるだろ?
シオン:ええ……、ええ!
シオン:……不思議な気持ち
シオン:きっと、これからも戦うのだろうけど
アルフェン:それでいいんだ
シオン:信じるわ、アルフェン
アルフェン:ああ
アルフェン:俺も戦う、戦い続けて
アルフェン:絶対に掴み取る、未来を
シオン:一般の居住区とはずいぶん様子が違うわね
アルフェン:ああ、むしろこれは……<楔>の中と同じだ
リンウェル:ダナの星霊力もあの時以上に感じるよ
キサラ:レナの支配者のための区画にしてはおかしな感じだな
ロウ:変わった趣味の持ち主なのかもしれないぜ?
テュオハリム:見た限り、作られてからそれなりの歳月が経っている。趣味だとするなら、レネギス建造当時の誰かのものとなるか
テュオハリム:ただ、この異質さは芸術でいう頽廃(たいはい)とも違う……なんだ?
ロウ:げ、げーじゅつ?たい、はい?
テュオハリム:趣味も度が過ぎると奇妙奇抜に陥るという話だ。興味があるなら、じっくりと聞かせるが?
ロウ:……それ聞いても腹は膨れないよな?
テュオハリム:芸術が満たすのは腹ではなく精神だ
ロウ:なら精神が腹空かした時に頼むわ
リンウェル:頭ならだいたいいつも空っぽじゃない
ロウ:やかましい!
ロウ:ネウィリって人は、心のでっかい人だったんだな
テュオハリム:立場のせいもあったろうが、レナとダナの違いも彼女にとってはたいして意味がなかったらしい
アルフェン:ああ、それを彼女は俺にも教えてくれた。その上で、俺をダナに帰してくれたんだ
キサラ:しかも同胞のため自らはレネギスに残り、恨み言ひとつ言わなかった。見事なものだ
シオン:自分と他人、レナとダナ──彼女にはそういう何かを隔てる壁がなかったんだわ
アルフェン:壊さなきゃならないような壁がなかった、か。そうだな、そうかもしれない
テュオハリム:そして、君はその彼女の思いを受け取った
アルフェン:ああ
リンウェル:私たちのお手本、先輩かな。そういう人だったんだね
キサラ:ヴォルラーンのことも驚きだが、赤い女があんな怪物だったとはな
ロウ:ああ。人みたいな形はしてたけど、どう見たって人間じゃなかったよな
シオン:そうね、レナ人でもダナ人でもない。言葉が通じるのかさえ……
リンウェル:人間から作ったズーグル、とか……?
ロウ:さらりと怖いこと言うなよ
アルフェン:シオンもテュオハリムも見たことはないんだな?
テュオハリム:ない。が、あれが領将の傍に立ち続けた赤い女だというなら、少なくともこちらの言葉は理解していると見てよかろう
アルフェン:レナんこと、<荊>のこと──聞けるものなら聞きたかった
キサラ:自爆したのは刺し違えてでも私たちを倒そうとしたからか?それとも何かを隠し通そうとした……?
ロウ:どっちもありそうだよな。おまけにレナス=アルマも盗んでいきやがって
アルフェン:ああ。次に出くわした時は、知ってることを洗いざらい聞きたいもんだ
テュオハリム:……結局、ある意味において、私もまた奴隷だったのだろうな
アルフェン:レナの領将だったあんたが、か?
テュオハリム:レナの体制や価値観に縛られ、それに抗う意志も持たず、流されるままに諦めて生きてきた
テュオハリム:過ちを悟った後は、ただ罰せられることだけを望んだ
テュオハリム:そう、レナの領将だった私が、だ
アルフェン:俺も似たようなもんだったさ。従順な周りに苛々しながら、自分でもどうしていいか分からなかった
アルフェン:奴隷かそうでないかを分けるのは、自分自身の主でいられるかどうか──ロウの父親、ジルファの言葉だ
アルフェン:ジルファは俺に戦うことを教えてくれたが、それは生きるためだった
テュオハリム:たとえ道半ばで倒れたとしても、自分の意志でそれを選び、後悔しないなら、それはもう奴隷ではないテュオハリム:逆にどれほどの高みに座していようと、心が自由でなければ奴隷と同じ──そうだ、今なら分かる
テュオハリム:ジルファという男、つくづく会ってみたかったものだ
アルフェン:俺も今、改めて尋ねてみたいよ。彼から渡された火を、俺は正しく受け取れたのか
テュオハリム:君はいつから気付いていたのかね?
キサラ:何の話です?
テュオハリム:私が抱えていた影のことだ。前々から察していたようだが
キサラ:それが今さら重要ですか?
キサラ:でも、そうですね。メナンシアを後にした時から何となくは
テュオハリム:そもそもの始めからか。まったく、我ながら情けない限りだな
キサラ:今のあなたは前に向かって進んでいます。後ろのことはもう必要ありません
キサラ:きっと兄も誇らしく思っています
テュオハリム:……君に勝てる日は来そうにないな
キサラ:それも、必要ないことですよ
アルフェン:──それにしてもあの星舟から見た光景……
ロウ:ああ。俺たちの世界ってあんな形してたんだな
リンウェル:ダナからいつもレナを見てたから、世界は丸いのはそうなんだろうって思ってたけど、
リンウェル:でもそのレナが本当はあんな形をしてたなんて……<花>もだけど、なんなの、あれ?
シオン:……分からないわ。私も思いもよらなかった。まさかあんな、割れた卵のような……
テュオハリム:……レナとダナ。どちらの世界も星の海に浮かぶ球体だと我々は教えられてきた
テュオハリム:だが<王>や領将王争どころか、本国の姿すら偽りであったとは……
キサラ:テュオハリム……
アルフェン:あのダナとレナをつないだ光、レナからのが最初だったな?
シオン:ええ、それにダナの側が応えたように見えたわ
テュオハリム:最初のは<楔>とレネギスをもう一度目覚めさせる、レナからの指令だったとみるべきだろうな
アルフェン:やはりレナに黒幕がいるのは間違いなさそうだな。だが、目的はなんだ?何のためにダナの星霊力を奪う?
シオン:焦らないで。分からないことをいくら考えても仕方がないわ
アルフェン:あ……
シオン:どうしたの?
アルフェン:いや、ジルファにも同じことを言われたなと思って
アルフェン:進歩がないな、俺は
シオン:それでもここまで来たじゃない
シオン:気付いたら直せばいいだけ。だから進むことをやめる必要はないわ
ロウ:……
フルル:フウォ!
ロウ:うおっ!?……ってお前、こんな時にしゃれになんねえことすんなよ!
リンウェル:だって、ロウってば、やたらビクビクしてるんだもん
ロウ:しょうがねえだろ、こんなとこで平然としてられる方がどうかしてるっての
リンウェル:……だからさ、ロウがそんなだと、こっちまで不安になってくるんだよ
フルル:フルゥ
ロウ:あ……悪ぃ
キサラ:用心は大事だが、それで動きが鈍らないようにしなければな
ロウ:なあ、あいつの言ってること信じるのか?しかも取引みたいに言いつつ、脅迫も同然じゃないか
キサラ:本音を言えば話が大きくなりすぎて理解が追い付いていない。あなたはどうです、テュオハリム?
テュオハリム:少なくとも、レナの統治者に関してはつじつまが合っている。一連の出来事がすべて星霊力に関わることともだ
キサラ:とはいえ、私自身、先にダナの意志に触れていなかったら、俄かに信じ難い話ではある
シオン:レナの意志が破滅をもたらす……
リンウェル:世界を形作る力であるはずの星霊力がどうして……
アルフェン:……相手がひとつの世界の意志だろうと、どんな理由があろうと、こんなことは受け入れられない
リンウェル:うん……
テュオハリム:もうひとつ気になっていることがある
テュオハリム:星霊とヘルガイムキル。300年前から続く計画や領将王争。そこまではいい。だがレナ人はどこに関わってくるのだ?
リンウェル:あ……
シオン:そういえば、さっきの話にはレナ人が一度も出て来なかったわ。それにヘルガイムキルが何者なのかも聞けずじまい
アルフェン:敢えて触れなかったのか、それともまだ何かあるのか……。やつの言う他の者とやらが教えてくれるかもしれない
アルフェン:行ってみよう
ロウ:何もかもひっくり返っていく……俺たちの世界に本当のことなんてあるのか!?
シオン:まさか<王>や<巫女>だけでなく、レナ人そのものが作られた存在だったなんて……
アルフェン:少し整理しよう
アルフェン:信じがたい話ばかりだったが、とにかく俺たちはすべての謎の答えにたどり着いたように思う。そこまではいいな?
キサラ:そうだな。さすがにレナの星霊などという人外の存在だとは思わなかったが
リンウェル:それがダナの星霊力を欲しがった……だったよね
アルフェン:ああ。そのためにレナの星霊がヘルガイムキルを操り、
アルフェン:そのヘルガイムキルがレナ人を、そしてレナ人がダナ人を支配する構図が出来上がったんだ
リンウェル:星霊が直接支配しているがヘルガイムキルだけなのも、レナ人が本当はダナに属しているからなのかもね
テュオハリム:……
キサラ:とはいえ、あまりに沢山のことが一度に明らかになりすぎた。こういう時は少し頭を冷やした方がいい
キサラ:どうだろう、それぞれ自分の中で考える時間を取るというのは?
アルフェン:……確かにそうだな
アルフェン:もし本当にレナの星霊がすべての黒幕なら、次の戦いがダナだけでなく、
アルフェン:レナを含めた世界すべてを賭けた戦いになる。やるならお互い迷いがないようにすべきだ
アルフェン:分かった、この中なら危険もなさそうだし、いったん解散しよう
アルフェン:シオンはひとりにならなくていいのか?
シオン:……そういうあなたはいいの?
アルフェン:みんなの様子を見て回りながら、考えようかと思っていたところだ
シオン:私も皆の思いを知っておきたい。あなたと一緒に行くわ
アルフェン:分かった。行こう
アルフェン:俺たちの知る何もかもが、あの赤い女──ヘルガイムキルたちに作られたものだったなんてな
シオン:そうね。あのヘヴレクトの35の言うことを信じるなら、だけど
アルフェン:名前からしてあのヘルガイの果実も、そもそもの出どころは連中だったのかもしれない
シオン:私たちのすべてが誰かに作られたのだとして──それで何もかも無意味になると思うの?
アルフェン:思わない。思いたくない。ただ、足掛かりくらいはないものかと思っただけだ
シオン:いいこと?ないなら探すの、皆で。一緒に。それでもないなら、作ればいい。それだけのことだわ
アルフェン:作ればいい、か。そうだな、その通りだ
ロウ:まいったな
アルフェン:どう受け止めたらいいか、戸惑っているのはお前だけじゃないさ
ロウ:本当かよ。アルフェンなんて、ちっともそんな風に見えないぜ
アルフェン:ティスビムでの時のことを忘れたのか?記憶が戻って途方に暮れていたのは俺の方だったじゃないか
シオン:……そんな酷い状態だったの?
アルフェン:まあな。それをロウたちが気付かせてくれたんだ。俺にはまだちゃんと護べきものがあるって
ロウ:……俺はただ自分が付いていこうと思った相手に、しゃんとして欲しかっただけなんだ。勝手な話さ
アルフェン:ロウ……
ロウ:親父の時みたいに失敗するのが怖くて、それで前に立つのを避け続けて
ロウ:それじゃ駄目なのは分かってる。俺なりに頑張ってきたつもりさ
ロウ:だけど、こんな世界が破滅するとか種族がどうとか……そんな話、俺には大きすぎるんだよ
シオン:自分で言うほど見えていないとも思えないけど……無理に難しく考える必要はないんじゃないかしら
アルフェン:シオン?
シオン:私はずっと<荊>のことで悩んできたけど、それを誰かに打ち明けられずにいた
シオン:そのせいで破滅が私だけの話じゃないって悟ってからも、すぐにどうしていいか分からなかった
シオン:でも、何が一番大事かを皆が教えてくれた。そうしたら自然に答えが見つかった気がしたの
アルフェン:……大切なものが見えなくなるくらいなら、世界だなんだって、下手に大きなくくりで考えない方がいい。そういうことか
ロウ:一番大事な……大切な……
ロウ:俺はただ守りたいものを守ればいい。そのために戦う。それでいいってことか
アルフェン:誰もが戦えるわけじゃない
ロウ:え?
アルフェン:以前、ジルファが俺に言った言葉だ
アルフェン:ロウ、お前は戦える。戦って守ることができるんだ
アルフェン:後は守りたいものを見失わないようにさえすれば、いいんじゃないのか
ロウ:そうか……そうなんだな
ロウ:うん、なんか、すっきりした気がする
ロウ:俺は顔が見えるやつのために戦う。これまで通り。それでいいんだ
リンウェル:アルフェンとシオンは落ち着いてるね
シオン:そう見えるのだとしたら、驚き疲れただけね、きっと
アルフェン:リンウェルは大丈夫か?レナ人の話でかなり動揺していなかったか?
リンウェル:うん……私の一族、ダナの魔法使いの数が少なくて迫害されていたのも、そのせいなのかもって思ったらね
アルフェン:……
リンウェル:でもさ、もしレナ人がまたダナ人と一緒に暮らすようになったら、魔法使いは特別な存在じゃなくなるかもしれないよね?
リンウェル:そんな簡単にいかないのは分かってる
リンウェル:ダナ人がすぐに気を許したりはしないだろうし、レナ人だって星霊術を振りかざすかもしれないし
シオン:そうね。300年積み重なった憎しみや偏見を水に流すのは容易なことじゃないわ
リンウェル:うん、憎しみがどんなに心を頑なにするかは、私も知ってるから
リンウェル:……それでも私が変われたみたいに、他の人だって変われるかもしれあい
リンウェル:その問い、間を取り持てたらいいなって。ダナ人で星霊術使いの私が
シオン:リンウェル……
リンウェル:それと星霊のことも気になるんだよ
リンウェル:ダナの意志はあんなに温かいのに、どうしてレナの星霊は破滅なんか引き起こそうとするんだろうって
アルフェン:その点はヘヴレクトの35もここのレナ人たちも分からないのか、語ろうとしなかったな
リンウェル:ただどんな理由でも、ダナは私たちの世界だもん。絶対に破滅なんかさせない
アルフェン:ああ。必ず守り抜こう
キサラ:お前たちか。……あの人は大丈夫そうか?
アルフェン:あの人?ああ、テュオハリムのことか
キサラ:あの人だけではないが……特に衝撃を受けていたようだったからな
アルフェン:キサラはどう思っているんだ?レナ人のことや星霊のことについて
キサラ:そうだな、星霊の話は、災害に意志があると言われているようで、どう捉えていいのか扱いかねている
キサラ:ただそれが私たちの世界を滅ぼすというなら止める以外の選択はない
キサラ:レナ人のことは……もっと妙な感じだ
アルフェン:妙?
キサラ:メナンシアの共存でさえ、まだまだ道半ばだ
キサラ:やはり心のどこかでレナ人に対して、私は身構え続けていたのだろうな
キサラ:それが実は同じだったと言われて、拍子抜けというか……とにかくそんな気分なんだ
シオン:頭にはこなかったのね
キサラ:レナ人にか?原因はヘルガイムキルと彼らに命じた星霊だ
キサラ:──だが、間違いなくそう思わない人々も出てくるのだろうな
シオン:……ただでさえ報復する動機に事欠かないところにきて、自分たちを虐げていた者が
シオン:実は自分と同じ存在に過ぎなかったと知れば……そうね、そうなるでしょうね
キサラ:解放されたダナ同士でも、いずれ力がある者とそうでない者がきっと出てくる
キサラ:それを解消してこその理想郷だとは思うが……
アルフェン:なら、まずは今既にある争いをどうするかだな
キサラ:誰もが恩讐を超えることができればいいのだがな。リンウェルのように
シオン:……簡単じゃないわ。起きたことはなかったことにできないし、いままで受けた痛みを忘れろとも言えない
キサラ:どちらにも言い分はあるだろうしな。だが非難し続け合う限り、何も前には進まない
キサラ:それどころか新たな血が流れることになりかねない
アルフェン:だったら互いに歩み寄るしかないだろう。歩み寄って寄り添う……相手の痛みに
シオン:痛みに寄り添う……
キサラ:ひとりひとりに異なる傷がある。それにまず自分の憎しみを捨てる必要がある
キサラ:理屈で割り切れる話でもない
キサラ:だが、どうやらそこが出発点のようだ
キサラ:糸口は見えた。そのためにもまずは全力で世界の破滅を防がなくてはな
テュオハリム:先ほどは見苦しいところを見せた
アルフェン:レナ人の起源の話か?
テュオハリム:常識と思っていたことが覆るのは、なかなか衝撃的なものだ
アルフェン:聞いた話のすべてが真実かどうかはまだ分からないさ
テュオハリム:私も君もそうは思っていまい。これがいかさまならあまりに手が込んでいる
アルフェン:……
テュオハリム:思えば君は記憶が戻って以来、ずっとこんな思いをしてきたのだな。シオンも<荊>や<巫女>によって
アルフェン:生きていれば色々ある。そうだろう?
テュオハリム:違いない。まあ私のことはまだいい。それより問題はレナ人全体のことだ
アルフェン:レナ人──つまり、レネギスとダナに降りた人たちのことか
テュオハリム:そうだ。破滅を食い止めたとしても、我々の問題は残る
テュオハリム:実際のレナ世界がどんな状態なのはまったく未知数だし、そもそも我々がそこに属していない以上、帰るというのも考え物だ
アルフェン:全員、レネギスに留まるか、ダナに降りるかするしかない、か。いや今のレネギスの有様を考えると、留まるのも危険かもな
テュオハリム:といって今さらダナ人はレナ人を同族として受け入れまい。強行すれば、間違いなく大混乱が起きる
テュオハリム:我々の間には300年分の怨嗟がある
テュオハリム:そして糾弾する権利は常に傷を受けた側のものだ。傷を与えた側の事情は関係ない
アルフェン:メナンシアの元領将にしては、悲観的すぎないか?
テュオハリム:メナンシアは幸運だった
テュオハリム:それまでの支配に対する反動に加え、有志にも恵まれた。それでも依然として不満を持つ者はいる
シオン:でも導く者がいれば変わるかもしれない。レネギスで、あなたはその決意をしたんじゃなかったの?
テュオハリム:そうだ。確かにそれを背負うことを受け入れた。そこに迷いはない
テュオハリム:だからそのことで、君に頼みがある
アルフェン:俺に?なんだ?
テュオハリム:ダナでレナ人が暮らせるよう、仲介役をしてもらいたい
テュオハリム:ダナを解放した炎の剣の言うことなら、ダナ人たちも聞くかもしれん
アルフェン:レナ側の代表はあんたが務めるんだな?
テュオハリム:虫のいい話だということは承知している
テュオハリム:だが血を流さずにレナ人をダナに戻すには、恐らく時間がかかる。だから──
アルフェン:……変わらないな、あんたは
テュオハリム:難しいか
アルフェン:そうじゃない。仲間に頼みごとをするときは、もっと楽にすればいいんだ。そんな畏まらずに
テュオハリム:……
テュオハリム:これでも育ちがよいものでね
シオン:言われたわね、アルフェン
テュオハリム:では改めて仲間として頼もう。引き受けてくれるか?
アルフェン:それこそ答えるまでもないさ。──もちろんだ
テュオハリム:……感謝する、友よ
シオン:皆、それぞれにこれまでのことを、ちゃんとこれからにつなげて考えているのね
アルフェン:シオンはどうなんだ?レナ人のことは大丈夫なのか?
シオン:私は……レナ人だってそうでないようなものだったから。正直、そこまでの衝撃は受けていないの
シオン:それより今は不思議な気持ち
アルフェン:不思議?
シオン:そう、不思議。ずっと自分がどう死ぬかってことしか考えていなかった私
シオン:孤独なまま死んでいくだけだと思っていた私
シオン:それが誰かと一緒にレナとダナ、世界を救うために戦うことになるなんて、思ってもみなかった
シオン:300年前から始まる、いいえヘルガイムキルたちも含めるなら、もっともっと前から続く悲劇。双世界の破滅へと続く悲劇
シオン:それを阻止しようとネウィリが未来に託した願いを、時を超えて受け取ったのが私たちというのも、考えてみれば不思議な巡り合わせね
アルフェン:ネウィリはただ破滅の回避だけを願った訳ではない気がする
アルフェン:彼女は俺を人だと、ダナの俺を人だと言った。それでいて彼女は同胞のレナを愛していた
アルフェン:そのネウィリがダナとレナが傷つけあう未来を望んでいたはずがない
アルフェン:……こういうことなのかもな
シオン:え?
アルフェン:キサラと話しただろう?前に進むには互いに歩み寄って、相手の痛みに寄り添うしかないんじゃないかって
アルフェン:あの時、キサラはまず自分の憎しみを捨てなければならないと言った
シオン:それはつまり赦すということだ。相手より先に
シオン:赦す……それを互いに……赦し合うこと
アルフェン:これまでのことだけじゃない。この先もきっと、衝突は起きる
アルフェン:それでも乗り越えて未来を作るには、お互いの赦し合いが必要なんだ
シオン:……そうね。自分にそのつもりがなくても人は相手を傷付けてしまう。<荊>のように
アルフェン:乗り越えるのは容易いことじゃない
アルフェン:それでも痛みを乗り越えればきっと分かり合うことができる日が来る
アルフェン:俺もシオンと同じだ。今生きる世界を守る。そこにいる大切な人たちを守る
アルフェン:多分それが俺ができる、せめてものネウィリへの恩返しにもなる
シオン:私も彼女に胸を張れるような未来をつかむために、今を戦うわ
アルフェン:意気込みすぎて、自分を救うのを忘れないでくれよ
シオン:ええ、分かってる。私は生きたい。それも偽りのない私の気持ちだから
キサラ:レネギスだが……<王>と<巫女>は最初の起動だけいればよかったのだろうか?
アルフェン:禁領の奥が崩壊したり、レナス=アルマが持ち去られても機能しているってことは、そうなんだろうな
ロウ:勝手に役割を負わせた挙句、勝手にお役目ご免かよ。人を何だと思ってやがる
テュオハリム:そもそもヘルガイムキルがこちらを人と見なしていたかさえ、分かったものではない
リンウェル:レネギスの人たち、無事だといいけど……
シオン:いざとなれば、レネギスには大量の星舟だってある。いきなり丸ごと爆発するようなことでもない限り大丈夫よ
ロウ:爆発って、おい
テュオハリム:いずれにせよ、我々に何かできることがあるとすれば、それはレネギスではなく、レナにおいてだろう
リンウェル:うん……
アルフェン:本当にレナス=アルマ以外に、星霊に対抗する方法はないんだろうか?
キサラ:シオンが持っている火の主霊石にも星霊力の組織化を抑制する機能はあるのだろう?
キサラ:それを使うことは出来ないだろうか?
シオン:どうかしら。星霊のすべてを収めきれるかどうか……
アルフェン:カラグリアで、炎の剣は集霊器ひとつ分の力を吸収してのけた。それでも厳しいと思うか?
シオン:あの時は吸収した力をすぐ放出したでしょう?それでもあなたは瀕死になった
シオン:星霊の力は集霊器とは比較にならないほど大きいはずよ。仮に主霊石が使えても、あなたの体がもたないわ
テュオハリム:あのやたらと合理性にこだわるヘヴレクトの35が触れなかった時点で、仮に可能であっても難しいとみるべきだろうな
アルフェン:そうか……
ロウ:見渡す限りの<虚水>の海……これ落ちたらどうなるんだ?
リンウェル:どうって、やっぱり溺れる──のかな
テュオハリム:言われてみれば試みた話は聞いた覚えがない。栄えある先陣を切ってみるかね?
ロウ:……遠慮しときます
キサラ:ここはいわばレナそのものの墓場だ。死者の眠りをかき乱す真似は賛成できないぞ、ロウ
ロウ:いや、俺何も言ってねえけど
シオン:そうね。興味を持つのは悪いことではないけど、礼節はわきまえるべきだわ
リンウェル:とりあえず怒られるみたいだね
ロウ:……まだ落ちてすらいねえよ
ロウ:<王>と<巫女>の力で星霊をレナス=アルマに封じるとはいうけどよ、実際、どうやるんだ?
キサラ:確かに<招霊の儀>そのままという訳にはいかないはずだな
アルフェン:星霊ちからを操るのは300年前に経験済だ。シオンも<荊>を抑え込んできた経験がある
アルフェン:問題は相手が強いだけでなく、意志を持った存在だってことだ。間違ってもされるがままってことはないだろう
シオン:あらかじめ弱らせる必要があるということね、星霊を
テュオハリム:暴走した時の<荊>はこちらが干渉できるほどだった。その本体ともなれば密度は遥かに上だろう
リンウェル:よく言えば私たちの方からも攻撃できるってことだね。それで一時的にでも力を分散させられれば──
ロウ:弱らせて、その隙にレナス=アルマを奪い取って、でもって、それに封じ込めるってか
ロウ:難問だらけだけど、腹括るっきゃねえか
ロウ:<虚水>の下はまだ地面があるのかと思ったら、なにもかも人工物なんだな
テュオハリム:ヘルガイムキルの遺産だろう。元の大地はほとんど残っていないようだ
リンウェル:これが世界の中心まで続いているの?物凄い規模だよ
ロウ:レネギスを作っただけのことはあるってことか
キサラ:これほどのものを作る力があったのに、すべて星霊のためでしかなかったのだな
キサラ:いや、むしろこれほどのもおんが作れたばっかりにか……
シオン:アルフェン……
アルフェン:あいつらのやったことは許せない
アルフェン:だが……自分が何のために戦っているかも分からないまま死んでいくなんて、ダナの奴隷と何が違うっていうんだ
テュオハリム:だが我々がここで止まれば、被害がさらに広がる。辛いことだが
アルフェン:……ああ、分かっている。悔しいが、悩むのはこれが最後だ
キサラ:ヘルガイムキルたちがいるということは、やはりここは彼らの世界なんですね
テュオハリム:真のレナの民……それが今では星霊の傀儡か
テュオハリム:成し遂げた技の高さを思えば、偉大と呼ばれるにも相応しかったろうに
キサラ:分かり合う道もあったのでしょうか?もし違う出会い方をしていたなら──
テュオハリム:我々のようにかね?なんとも言えんな。こちらを同等の存在と見なしたかどうかも分からん
キサラ:それでも可能性はあったかもしれません。レナの星霊がそれを閉ざしたんです
テュオハリム:君といい、アルフェンといい、物事の望ましい面を信じたがる傾向が強いな
キサラ:愚かと思いますか?
テュオハリム:いや、むしろかくありたいと思う。悲劇の後にはそれが必要だ
リンウェル:レナ人がヘルガイムキルみたいに直接、心を操られてないのって、元がダナ人だったからなのかな?
アルフェン:かもな。だとしたら皮肉な話だが
リンウェル:皮肉?
アルフェン:レナ人はダナ人に酷いことをたくさんした。だがそれは彼らが操られてしたことじゃなかった
アルフェン:そのレナ人も元をただせばダナ人だった
キサラ:悪の出どころは星霊ではなく、私たち自身の中ということか
ロウ:でもよ、心が自由だったから、シオンとテュオハリムは俺たちと一緒に戦うことができたんだ
ロウ:だからこそメナンシアや他の場所でも、ただ憎しみ合うんじゃない関係を作ることができた。だろ?
アルフェン:ロウの言う通りだな。俺たちは物事のいい面に目を向けるべきだ
リンウェル:うん、きっと希望はそこにあるよ
フルル:フルルゥウ
ロウ:何だって?
リンウェル:間違いないって
アルフェン:……それにしてもなんて巨大さだ。これがヘルガイムキルの技術力なんだな
アルフェン:この300年……いや、それ以前からでも、ダナやレナでこれを見た者はいるんだろうか?
シオン:少なくともこの300年の間に見たのは私たちが初めてでしょうね
シオン:確かに凄い技術だけど、こんな時でも感心してられるなんて、つくづく呆れた人ね
ロウ:凄いってのは分かるけどよ、この道はどこまで続くんだ?
リンウェル:どこまでって、星の中心まででしょ
ロウ:それってとんでもない距離なんじゃねえのか?こう……もっとぱっと移動する方法とか無いのかよ
アルフェン:確かにこれだけの技術を持っていたヘルガイムキルたちが、いちいち長い距離を歩いたとも思えないな
アルフェン:きっと何かあるはずだ。見つけたら試してみよう
ロウ:あいつらの機械を使うのか?ぞっとしねえなあ
アルフェン:技術に敵味方はないし、便利なら使わない手はないさ
シオン:こういう人よ。言っても仕方ないわ、ロウ
アルフェン:今のやつはなんだったんだ?
シオン:ここで作られて放棄されたものが、そのまま生き延びていたとかでしょうけど、確かめようがないわね
テュオハリム:……
キサラ:どうしたんです?
テュオハリム:いや、ふと領将王争で誕生したはずの<王>たちはどうなったのかと思ってね
ロウ:どういう意味だ?
テュオハリム:領将王争で勝者となるのは、いずれも強力な星霊術使いだ
テュオハリム:そしてさっきの敵には複数の人体を思わせる形状があった。明らかに自然のものではない
リンウェル:あれが勝者の成れの果て?それがそのままずっと忘れられていたの?
テュオハリム:あるいは、の話だがね
アルフェン:あんなことを、どれだけ繰り返してきたんだ、ヘルガイムキルは
キサラ:レナの星霊がそれをさせたんだ。ただ星霊力を得るだけのために
アルフェン:……
アルフェン:ズーグルも作られた存在だって話だったけど、ヘルガイムキルなら、さもありなんって感じだな
キサラ:ここに来てから出くわしている連中も、少し変わっているが、やはりズーグルなのだろうな
アルフェン:もともといた生き物を改造して作られたんだよな?
テュオハリム:ああ、だがこの有様では、レナの生き物はもはやズーグルしか残ってなさそうだ
リンウェル:レナの……フクロウだっていたかもしれないのにね
フルル:フォー……
ロウ:床が天井で天井が床で……目が回りそうだ。なんでこんなことができるんだ!?
テュオハリム:生命すら自在にするヘルガイムキルの技術だ。何ができても驚くには当たるまい
ロウ:いや、こんなの見たら普通、驚くだろ
テュオハリム:なら、ひとりくらい違った見方をする者がいた方がよかろう
テュオハリム:それにこの歳にもなると、感情をそのまま面に出すことにいささか躊躇いを覚えるようになるものでね
ロウ:歳って、そんな言うほどの歳じゃないだろ
テュオハリム:慌てずとも、いずれ君にも分かる
ロウ:そんなもんかね。でもだったら、あんたの歳まで何が何でも生き延びなきゃな
テュオハリム:そうだな。私もその時、君の感想を聞くのを楽しみにするとしよう
ロウ:なあ、レナス=アルマがレナにあるって前提でここまで来たけどよ
リンウェル:その先言っちゃ駄目だよ、ロウ
ロウ:いやけどよ、もし──
リンウェル:駄目だってば
フルル:フルゥウッ!
ロウ:……
キサラ:不安になるのは分かる。だが一番その不安を感じている者が耐えているんだ
シオン:……
ロウ:……悪ぃ
キサラ:ここまで信じて来たのだ。今さら迷いは抱かない方がいい。それより別の心配をすべきだ
ロウ:なんだ、別のって?
キサラ:星霊だ。ヘヴレクトの35を信じてるなら、私たちがレナス=アルマを得るには倒さなければならない
リンウェル:世界ひとつ分以上の星霊力を呑み込んだ存在が相手、だもんね……
ロウ:……そうだったな
ロウ:変な話だけどよ、戦うとか、やることがはっきりしてる分、そっちの方が俺は迷わずに済むみたいだ
ロウ:ありがとな、ふたりとも
ロウ:何もかも、星霊のただ死にたくないって思いから始まってたなんてな
ロウ:飢え死にしたくないから、食いものを欲しがる、考えてみりゃ、何もおかしくなんかないんだよな
リンウェル:レナも、ダナみたいだったらよかったのに
キサラ:ヘヴレクトの35は言っていたな。ダナとレナで星霊の在り方が違うのだと
アルフェン:一か所に集まることで強い意志が芽生えたが、その分多くの星霊力を必要として世界を滅ぼしたレナ
シオン:集まらずそれゆえ滅びはしなかったものの、強い意志を持つことのなかったダナ……
キサラ:どちらが正しいか、私たちの尺度で測れるものでもないのだろうが、そこか人間のありように似ているな
リンウェル:人間の?どういうこと?
テュオハリム:満ち足りることを知らない者は際限なく貪る。だが何も求めない者は成すところも少ない
テュオハリム:レナの星霊も大きくなればなるほどその飢えは却って強くなったのかもしれんな
シオン:ほどほどが大事……それこそが一番難しいのかもしれないわね
ロウ:<門>だか<鍵>だか知らねえけど、ズーグルの腹の中で研究とは奇天烈な奴もいたもんだよな
アルフェン:どこで何をしようが勝手だが、おかしな事態にならずにすんでよかった
テュオハリム:他の世界を無理矢理つないでいたのだ。十分、おかしな事態だったと思うが
キサラ:ですが、あのアイゼンという男、成長した妹に会うのは初めてのようでした
キサラ:そういう意味では、良い面もあったのかもしれません
ロウ:良かった探しをしたってしょうがないだろ。危ない実験は危ない実験だぜ
リンウェル:でも、私だってもう会えないと思ってた家族と再会できたら嬉しいよ
シオン:そうね。その意味ではキサラの言う通り、あの兄妹にとってはよいことであって欲しいわね
アルフェン:そういえば最後に出会ったクロノスという男、何者だったんだろう?
ロウ:なんか妙な耳生やしてたよな
テュオハリム:人外か、他の世界の人間かはともかく、あの佇まいと力からして、只者でないのは間違いあるまい
リンウェル:でもあいつ、シオンに向かって酷いこと言ったよね
テュオハリム:彼は彼で、何か信ずるところがあるのだろう。それが我々の世界に準じたものではないにせよ
アルフェン:人間以外にはそんなに厳しくもないみたいだったしな
フルル:フル!
シオン:いつかまた他の世界の人間に会える日が来るのかしら?
テュオハリム:さてな。だが願わくば友好的な相手であって欲しいものだ。会う相手ごとに戦うのでは、こちらの身が持たん
シオン:ファガン遺跡というのはあれかしら。あの下まであと少し──
シオン:……
アルフェン:そういえば、しばらく食べてなかったな
アルフェン:気にしないでくれ。腹空かせたまま働くのは慣れてる
シオン:いいこと?食べられる時に食べなさい。いざという時に役に立たない、では困るわ
アルフェン:……まさかレナ人に食べることの大事さを説教されるとは思わなかったよ
シオン:……レナだって食べ物が手に入らないことくらいあるわ
アルフェン:それってどういう──
シオン:どうすrの、食べるの、食べないの?
アルフェン:……食べるものがあるなら、とっくに食べてる
シオン:私は少しばかり手持ちがあるわ
アルフェン:……持ってたのかよ。だけど、ふたり分には心許ないな
シオン:だから作るのよ、料理を
アルフェン:料理?まともにしたことないぞ
シオン:私だって似たようなものよ。でも、これでできるものを作るしかないわ
シオン:……本当にその仮面ごしに食べるのね。器用なもんだわ
アルフェン:ん?ああ、まあ慣れたもんさ
アルフェン:けどおかげさんで、ちゃんと腹も膨れた
アルフェン:材料そのまま食べるより、嵩(かさ)が増えた気もするし、料理するってのも、馬鹿にしたもんじゃないな
アルフェン:これで味もよければ言うことなしだ
シオン:……不味くて悪かったわね
アルフェン:あ、いや、そういう意味じゃないんだ。ただその……
アルフェン:作ってくれたのに悪かった
シオン:……だいたい、あなた、痛みは感じないのに、味は分かるの?
アルフェン:一応、人並みにな。人に言わせると、少々変わってるらしいが
シオン:変わってる?好みの話?
アルフェン:前に俺が美味いと言った木の実を、辛くて食えたもんじゃないって言われたんだ
アルフェン:痛みがない分、刺激に飢えてるんじゃないかってドクが言ってたっけな
シオン:……食事はなるべく私が作った方がよさそうね
シオン:お口には合わないでしょうけど
アルフェン:だから悪かったって……分かったよ、俺もちゃんと普通の味を目指すから、それで勘弁してくれ
リンウェル:ねえねえ、このパンケーキさっそく作ろうよ!
キサラ:先ほどの店はテュオハリムの顔を描いていたな。いろいろと応用が利きそうだ
テュオハリム:主となる食材も少なく、味の方も工夫できるのではないか?
リンウェル:あ、じゃあみんなで作ろうよ!自分だけのパンケーキ!
アルフェン:よし、任せておけ
リンウェル:アルフェンはダメー。辛くなるから
アルフェン:ぐっ……
リンウェル:キサラもダメー。優勝間違いなしだもんね
キサラ:優勝って、競うのか?
リンウェル:そう!私とシオンとテュオハリムの真剣勝負だよ!
シオン:わ、私!?私は食べる専門よ
アルフェン:(言い切った……)
テュオハリム:ふ、私はどんな勝負でも受けるぞ
キサラ:なら、私が審査員を務めよう
アルフェン:材料集めなら、任せてくれ
リンウェル:よーし、それじゃあ勝負だ!!
ロウ:……あのー、俺は?
ロウ:さあさあパンケーキ界の覇者を決めるこの大会、いよいよ開幕です!
アルフェン:(司会をやり始めた……)
ロウ:いかがですか、審査員のキサラさん!
キサラ:うむ、非常に個性的な面々だ。どんなものが飛び出すか、とても楽しみだよ
ロウ:期待が高まりますねえ!おおっと、さっそくシオン選手の一皿が登場だ!
シオン:持てる技術を注ぎ込んで、見た目にもこだわったわ
ロウ:おお、あぐれっしぶ……
キサラ:シオンらしくていいじゃないか。では、さっそくいただくぞ
キサラ:むぉ!?これは!?
シオン:中にパチパチ弾けるお菓子を入れてみたの
キサラ:そ、そうか。これはこれで新しい感覚だな
キサラ:しかし……少し、食べ応えがありすぎるというか甘すぎるというか……
シオン:ええ、できるかぎりの食材と砂糖を詰め込んだわ。これひとつで三日分の栄養は摂れるはずよ
キサラ:み、三日分だと……!
ロウ:こいつはだいぶ審査員に響いてるぞ!
アルフェン:悪い意味でな……
ロウ:さあ、お次は大将の出番だ!
テュオハリム:私が作ったのは、これだ
キサラ:こ、これは!
アルフェン:テュオハリムパンケーキ!
シオン:まさか自分で描くなんて……
テュオハリム:さあ、私の珠玉の逸品。存分に味わうが良い
キサラ:ではお言葉に甘えて
ロウ:なんのためらいもねえな……
キサラ:テュオハリム、中から変な汁が出てきたのですが
テュオハリム:うむ、世界中の珍味を集めて包み込んだ
テュオハリム:そしてこの作品の最大の魅力は
テュオハリム:パンケーキなしでも美味い
キサラ:失格です
テュオハリム:不覚……
ロウ:あーっと、まさかの大将が失格だぁー!!
リンウェル:ど、どどどどうしよう。私、普通のパンケーキ作っちゃった……
リンウェル:二人ともアクが強すぎるよ〜!こ、これじゃあ……
リンウェル:オチがつかない!!
ロウ:リンウェル−!お前の番だぞー!
リンウェル:わ、わかってるって!今、仕上げをしてるとこ!
フルル:フルゥ〜
リンウェル:フルルぅ〜
リンウェル:って、そ、その顔は!?
フルル:フルッ!
リンウェル:いいの……?わかったよ
リンウェル:私、フルルのこと、忘れないよ!
リンウェル:てやぁああーーーー!!
フルル:ぴぎぃ〜〜!!
ロウ:ああん?
リンウェル:お、おまたせ……。はい、これ……
ロウ:お、お前、まさか……
フルル:フル?
ロウ:あ、いや、なんでもねえ。ではキサラ審査員、実食を!
キサラ:うむ。これは……
キサラ:周りは柔らかいが、中央がフルルの形に押されて適度な固さになっている
キサラ:ふわふわとみっしり、食感の対比が面白いな!甘めの生地にジャムの酸味も効いている!
キサラ:そして、なぜだろう……。とてつもない意気込みと執念を感じる……
キサラ:これは、文句なしの優勝だ!!
フルル:フルルゥ!
ロウ:優勝はリンウェルだぁー!!
アルフェン:リンウェル、パンケーキ界を制したな
シオン:ふぅ、味も見た目も完璧だと思ったのに……何がいけなかったのかしら
シオン:ってあれ、キサラは?
アルフェン:食べたぶんを消費しないと、って走っていったぞ
シオン:なんだか悪いことをしたわね
シオン:……私、自分の食べたいものしか考えていなかったわ
ロウ:大将の奴も、思ったほど悪くねえな。この歯ごたえと甘じょっぱさがクセになるっつーか
テュオハリム:だろう?だが、リンウェルのパンケーキには敵わないな
ロウ:ああ、違いねえ
テュオハリム:ぜひ、また作っていただきたい
フルル:フルッ!?
フルル:フルゥ〜〜!
テュオハリム:?どうして逃げていったのだ?
リンウェル:ま、まあまあ。今度はみんなの顔も描いてあげるよ
アルフェン:楽しみだな
ロウ:描く、でいいんだよな……?
シオン:それで?いつまでこうしてるつもりなの?
シオン:随分悠長に構えてるように見えるけど
アルフェン:別に悠長になんて構えていない
シオン:そう?ならいいけど。またすべきことを忘れたのかと心配になったわ
アルフェン:言われなくても分かってる
リンウェル:アルフェン、こっちは準備できてるよ
アルフェン:あ、ああ、分かった
リンウェル:寝る前も話し込んでたよね。あの<光り眼>と何話してるの?
アルフェン:……特別なことはなにも。ただ話せば少しは打ち解けられるかと思って
リンウェル:なんで!?レナだよ?
リンウェル:協力し合ってるのは知ってるけど、仲良くする必要なんてないじゃない
アルフェン:この先も当分、一緒に行動するんだ。ずっといがみ合ったままじゃまずいだろう?
アルフェン:それにどっちかが命令するだけじゃ、俺たちがされてきたのと同じだ
アルフェン:できることなら、お互いのことをちゃんと分かった上で、対等に協力したい
リンウェル:だからって……。だいたい向こうもそんな気はなさそうだけど
アルフェン:ジルファがいなくなった途端、この様か
アルフェン:こんなギスギスしてたんじゃ勝てるものも勝てない。けど、どうすればいいんだ?
アルフェン:とにかく、もう少し話を重ねてみるしかないか……
ロウ:領将たちの話、やっぱり身内には違って見えるもんなんだな
リンウェル:うん……敵には容赦なかったのに
キサラ:その彼らも、レナシャキの色々な対立や問題も背負っているようだったな
シオン:レナ人は力が序列の基盤の実力社会だから、互いの対抗意識が凄いけど、
シオン:同時に種族全体への忠誠心も強いから、外に対しては結束するのよ。領将はその代表
アルフェン:領将はレナ全体の守護者、だったか
シオン:ええ。だからビエゾは私を憎んだし、ガナベルトはアルフェンを狙った
ロウ:そんだけ大将は変わり種ってことか
テュオハリム:それでアルフェン、君は何かつかめたかね?
アルフェン:……ああ。領将も人間だったんだってことがかな
アルフェン:ビエゾや他の連中も、あいつらなりに事情や望みがあって、生きていたんだ
ロウ:けどよ、いくら慕ってる奴がいるからって、そんなの──
アルフェン:もちろん、あいつらのしたことは悪だ。それは間違いない
アルフェン:それでもあいつらは怪物なんかじゃなくて、俺たちと同じひとりの人間だったんだ
アルフェン:ああ、俺が言いたいのは、つまり──
リンウェル:あいつらが悪いのは、レナだからでも、怪物だからでもなくて、
リンウェル:ひとりの人間として悪いことをしたから
シオン:リンウェル……
リンウェル:違う、かな
アルフェン:全部言ってくれた
キサラ:ダナだから善人という訳じゃない。レナだから悪人という訳でもない
キサラ:私たちはそれを見てきた
ロウ:まあ、シオンとテュオハリムを見てりゃな
シオン:信頼を裏切らないよう努力するわ。私というひとりの人間として
アルフェン:……
シオン:考えごと?
アルフェン:ああいや、気付けばこの旅も、もう結構長いんだなと思って
シオン:この面々で旅を続けてることが不思議?
アルフェン:そうだな、ダナ人にレナ人、領将もいれば魔法使い、果ては別の時代から来たやつまでいる
アルフェン:それがこうやって背中を預け合い、旅をしているんだ。ちょっとした奇跡かもしれないな
シオン:奇跡というより、証拠じゃないかしら。人が人である限り、分かり合えるということの
アルフェン:分かり合えれば、つながることだってできる……ああ、確かに俺たちはその証拠だ
シオン:──私と人との間には常に<荊>があったわ
シオン:触れ合えないなら、望んでも無駄なら関わることもやめよう、そう思っていた
シオン:でもそう思うことで、私は心の周りにまで<荊>を置いてしまった
アルフェン:だがそれは……
シオン:ええ。今も<荊>は私を囲んでいるけど、少なくとも心はもう覆われていない
シオン:人と人のつながり方、絆のあり方はひとつじゃない。それをあなたとここにいる人たちが教えてくれた
シオン:あなたが集めた仲間よ、アルフェン
アルフェン:俺が集めたんじゃない。そりゃ、俺が声をかけたやつだっているが……
アルフェン:俺は剣を振り回すことしか能がない。俺も皆に教わり、支えられてきたんだ
シオン:多分、そう言ってのけるからこそなんでしょうね
アルフェン:どういう意味だ?
シオン:あなたはそのままでいいってこと
シオン:あなたと誰かの間に生まれた絆が、互いに結びついてより強く輝く
シオン:ひとつではなく、たくさんの中心を持つ絆。だからそれでいいの
シオン:休もうとしてたのに……何か用?
アルフェン:いや、用というほどのことじゃないんだが
シオン:ならもう横にならせてもらうけど
アルフェン:……少し話すくらいのことがそんなに面倒か?
シオン:逆に聞くけど、あなたは何でそうすべきだと思うの?
アルフェン:何でって……普段から話してないといざって時に困るかもしれないし
シオン:いざって時って?
アルフェン:……急に具合が悪くなった時とか
シオン:治癒術を使えば済むじゃない
アルフェン:シオンはそれでよくても、頼みたいやつは言い出しにくいかもしれないだろ
シオン:必要ならそう言えばいいだけだわ。私が意地悪して断るとでも思ってるの?
アルフェン:そういうことを言ってるんじゃない
シオン:じゃあ何なの?回りくどい言い方はやめて
アルフェン:俺が言いたいのは、つまり……
アルフェン:一緒に行動するなら、いがみあったままよりそうでない方がいいに決まってるってことなんだ
シオン:……よく、分からないわ
アルフェン:……
シオン:でも、あなたがそういうことを気にしている、というのは分かった
シオン:あなたに余計な負荷をかけたいと思っている訳でもないし
シオン:だから、できる範囲で、もう少し話す機会を設ける。これでいい?
アルフェン:あ、ああ。十分だ
シオン:なら今日はもう休ませてもらうから。おやすみなさい
アルフェン:……少しは分かってもらえた、のか?
シオン:休まないの?
アルフェン:少し話がしたいと思って
シオン:話すことなんてないけど
アルフェン:そうか、邪魔なら戻るよ
シオン:別に、邪魔とも言ってないわ
アルフェン:…………
シオン:……ごめんなさい。他人といることに慣れてないの。何を話したらいいのかもよく分からない
アルフェン:別にそんな構えなくたって……。そうだ、子どもの頃の話とかは?
シオン:ずっと<荊>があったから、これといって……。……そういえば、友だちがいたわ
アルフェン:友だち?
シオン:古い古い人形よ
アルフェン:あ……
シオン:子どもの頃の私にとっては、それが気兼ねなく触れ合えるただひとりの友だちだったわ
シオン:着替えをさせたり、食事の時に膝に置いたり、随分一緒に過ごしたわね
アルフェン:尋ねてもいいか?
シオン:私が人形遊びをしていたのが意外?
アルフェン:そうじゃない。ただその人形、誰がくれたのかと思って
シオン:……覚えてないわ。ずっと昔のことだし
アルフェン:今はその人形はどこにあるんだ?
シオン:レネギスを離れる時、置いてかざるを得なかったの。残念だけど、多分、もう残ってないと思うわ
シオン:少し話できるかしら
アルフェン:珍しいな、どうしたんだ?
シオン:この前は、私の子どもの頃の話をしたでしょう?あなたのことも聞かせてもらわないと不公平だと思って
アルフェン:不公平って……。俺だって、子どもの頃の記憶なんてほとんど無いぞ
シオン:覚えている範囲でいいわ。何かあるでしょう?
アルフェン:……そうだな。昔、ダナの領主に仕える兵士だったって話はしたか?
シオン:それってもう大きくなってからの話じゃない。もっと小さい頃のことは覚えてないの?
アルフェン:……そういえば子どもがいたな
シオン:あなたに!?
アルフェン:まさか。同じ兵士仲間の子だ
アルフェン:あの頃、俺たちは顔も知らない主人のために命懸けで戦って、疑問も抱かずにいた
アルフェン:だけど、父親が死んであの子が泣いてた時、なんとも言えない苦いものを感じた
アルフェン:飲み込んではいけないと分かっているものをずっと呑み続けているような、奇妙な感覚だった
アルフェン:変だろ?兵士の死なんて、ありふれたことのはずだったのに
シオン:昔からあなたの根本は変わらないってことだと思うわ。理不尽な仕打ちを心が拒むのよ
アルフェン:そんな言われ方をすると、何かくすぐったいな
アルフェン:領主もあの子もどうなったろうな。今となっちゃ知る術もないが
アルフェン:そういえば、あの子は人形を作るのがうまかったな。お守りにって、ひとつもらったっけ
シオン:人形……
シオン:ねえ、話があるんだけど、いい?
アルフェン:どうしたんだ、改まって
シオン:私が持っていた人形の話。あれから考えてみたけど、やっぱり誰かからもらった覚えがないの
アルフェン:子どもの頃の話だし、思い出せないのは無理ないんじゃないか?
シオン:そうね。でも……あの人形はとても古くて、最初からあったような気がするの
シオン:もしかしたら、よ。万にひとつの可能性だけど、あの人形は、あなたがレネギスに持ち込んだということはない?
アルフェン:──まさか
シオン:絶対にないと言いきれる?
アルフェン:…………
シオン:有ると言うより無いと言う方が簡単。分かってるわ。でも、ゼロと断言はできないでしょう?
シオン:ずっとひとりだと思っていた私が、あなたや、ロウや、リンウェルや、キサラやテュオハリムに出会ったように
シオン:起こり得ないと思っていたことが、起こり得るのも現実だわ
アルフェン:……確かに、何もかも300年前に置いてきたのに、今の俺はひとりじゃない
シオン:あなたが300年を超えて私や皆と出会ったように──
アルフェン:ひとつの人形が時を超えたっておかしくはない
シオン:でしょう?
シオン:このことに意味を見出すのも見出さないのも自由。なら、私はあると信じたい
アルフェン:そうだな。偶然だ、ありえない、とすねるよりよっぽど素敵だ
シオン:……
アルフェン:……
シオン:何か話があるのかと思ったけど
アルフェン:……用がなきゃ駄目だったか?
シオン:いいえ
アルフェン:……前は分かり合わなきゃって、あれこれ話そうとしたもんだったな
シオン:そうね
アルフェン:……
シオン:……
シオン:ねえ
アルフェン:どうした?
シオン:その……よかったら一緒に作らない?
アルフェン:な、何をだ!?
シオン:何って、その、夜食、なんだけど……
アルフェン:え?夜食?あの、ああ、夜食ね。もちろん、そうだよな、うん
シオン:……何だと思ったの?
アルフェン:い、いや、なんでもない、気にしないでくれ。それで、何を作るんだ?
シオン:……この材料、見覚えはある?
アルフェン:これは……って、シオン?
シオン:覚えていた?
シオン:そう、私たちが初めて一緒に食べた料理
シオン:……あの時は随分、不評だったけど
アルフェン:根に持たれていたか……悪かった
シオン:冗談よ
シオン:これにしたのは、手軽に作れるし、夜食にちょうどいいから
シオン:さあ始めましょう。ふたりでなら、すぐできるわ
アルフェン:これをまたふたりきりで食べる日が来るなんて思わなかったな
シオン:あの時と今、思えば色んなことが変わったわね。食べているものは同じなのに
アルフェン:食べているものだって変わったさ。あの時よりずっと美味い
シオン:あれ以来、私もあなたもそれなりに経験を積んだもの
アルフェン:味だけじゃないんだ。なんていうか……食べていることが楽しい
シオン:ええ、分かるわ
アルフェン:……戦いのこと、世界のこと、大変なことが全部終わっても、こうして食べることだけは変わらないんだろうな
シオン:そこは変わりようがないわ。生きている限り、食べるんだから
アルフェン:その時もこんな風だといいな
シオン:さすがにもう野営はしてないと思いたいけど
アルフェン:もちろん家の中だ。雨の心配のない屋根の下で、焚火でなく暖炉があって、
シオン:丸太でないちゃんとした椅子に、きれいなお皿を並べる大きな食卓。急ごしらえでない台所
アルフェン:ご飯時にはその台所で一緒に──
シオン:並んで──
アルフェン&シオン:……
アルフェン:ちょ、ちょっと作りすぎたみたいだな。食べきれない
シオン:そ、そうね。もったいないし、誰かまだ起きてないか見て来るわ
アルフェン:一緒に、か……
リンウェル:フルル、おいで!
フルル:フルー!
リンウェル:偉い偉い
アルフェン:何やってるんだ?
リンウェル:飛ぶ訓練だよ
リンウェル:フルルってあまり私から離れないから、時々ちゃんと飛ばせてあげないと翼の力が落ちちゃうんだ
リンウェル:……あと最近ちょっと重たくなった気がするし
フルル:……フルゥ
アルフェン:結構、皆、こっそりおやつをあげてるみたいだからな
リンウェル:やっぱり!おかしいと思ったんだ。もう、鳥にとって肥満は天敵なのに……
アルフェン:そうなのか!?すまない……
リンウェル:アルフェンもなの!?まさか、食べられないものとかあげてないよね?
アルフェン:流石に大丈夫だと思うが……よかったら、リンウェルから教えてくれないか?
リンウェル:え?あ、……うん
アルフェン:何か気になることがあるのか?
リンウェル:そうじゃないけど……私、ずっとフルルしか友だちいなかったから……
リンウェル:皆がフルルを好きになってくれるのは嬉しいよ。ただ同時に、なんだか複雑な気分
アルフェン:フルルがリンウェルの大事な家族だってことは皆知ってる。そのリンウェルの気持ちを無視するような奴はいないさ
リンウェル:そうだね。うん。ちゃんと話してみる
アルフェン:最近、フルルの飛ぶ訓練をしてないみたいだけど、いいのか?
リンウェル:うん。キサラについてって魚を獲ったり自分で調整してるみたいだから平気かなって
アルフェン:フルルなりに手伝っているつもりなのかもしれないな
リンウェル:そうかも。いつの間にかフルルも皆のこと仲間だって思うようになったみたい
アルフェン:リンウェルもそれでいいと思ってるんだな
リンウェル:うん。フルルがいて、みんながいて……それが当たり前って感じ
アルフェン:それぞれ補い合いながら、お互いを大切に思っている。ある意味、家族みたいなものかもしれないな
リンウェル:家族かあ。じゃあさ、アルフェンがお父さんかな?
アルフェン:そんなに老けてるか?
リンウェル:え?不満?……じゃあお兄ちゃん。シオンがお姉ちゃんで、キサラがお母さん
アルフェン:なら、父親はテュオハリムか?
リンウェル:テュオハリムはお父さんて感じじゃないんだよね……おじいちゃんかな?枯れてるし。時々説教臭いし
リンウェル:あとロウは……うーん。弟はフルルが居るし……、お父さんの訳ないし……難しいな。あ、飼い犬?
アルフェン:犬……。犬は家族に入るのか?
リンウェル:もちろん!フクロウだって家族になれるんだよ?でも、そう考えると今の状態って楽しいね
アルフェン:大所帯だけどな
リンウェル:そこがいいんだよ!
リンウェル:……これ以上危ない事なんかしないで、このまま皆で、ただ旅を続けられたらいいのに
アルフェン:リンウェル?
リンウェル:な、なんでもない!やっぱり私、フルルの訓練に行ってくるね!
リンウェル:……まだ寝ないんだ
アルフェン:あまり早寝する習慣っがないんだ。奴隷時代は眠るのが嫌だった
アルフェン:寝るってことは、また次の一日が始まるってことだったからな
リンウェル:あ……ごめん
アルフェン:そういうリンウェルはどんな暮らしをしてたんだ?
アルフェン:魔法使いの一族だったんだろう?やっぱり何をするのも魔法だったのか?
リンウェル:違うよ、全然そんなんじゃない
リンウェル:むしろ使っちゃいけなかったくらい。いつ誰に気付かれるかもわからなかったから
アルフェン:そうか……おとぎ話みたいにはいかないんだな
リンウェル:その代わり、毎日、勉強はすごくさせられた。変な話だよね。そのせいで迫害されてきたのに
リンウェル:一族皆、ずっとそうして来たんだって。どのくらい昔からそうしてたのか分からないけど
アルフェン:俺が覚えている限りでは、魔法使いのことは既に300年前、それこそおとぎ話扱いだった
アルフェン:レナ人が来る前から迫害されてたんだろ?
リンウェル:うん。でも考えたらどうしてなのかな。レナ人は星霊術でダナを支配したのに
リンウェル:魔法使いは、なんでダナを支配しなかったんだろう
アルフェン:やろうとしたけど数が少なくてできなかったか、それともそんな気になれなかったのか……
アルフェン:……リンウェルは、そうなってたらって思うか?
リンウェル:……思いたくない
アルフェン:どうして魔法だけが迫害されたんだろうな。剣だって人を支配する道具なのに
リンウェル:……多分、剣と違って勉強だけじゃどうしようもないから、だと思う
アルフェン:血筋じゃないと駄目ってことか
アルフェン:手が届かないものは理解できない。理解できないから怖い。だから迫害する……
アルフェン:だとしたら、悪いのは魔法じゃない
リンウェル:……うん
リンウェル:……
アルフェン:どうしたんだ、珍しく元気がないな
リンウェル:……うん
アルフェン:……何か悩み事か?
リンウェル:……ちょっと違う
リンウェル:でもずっと胸に抱えてて……苦しい
リンウェル:……話してもいいかな
アルフェン:ああ、俺でよければ
リンウェル:私ね、父さんや母さんに駄目だって言われていたのに、隠れて魔法を使ったことがあるんだ
リンウェル:……そうしたら、アウメドラが来たの
アルフェン:…………!
リンウェル:私、私の世界を壊したアウメドラが許せなかった。でも一番許せなかったのは、約束を守れなかった自分
リンウェル:敵討ちを誓いながら、ずっとそのことが引っ掛かってた。私にそんな資格あるのかって
アルフェン:リンウェルの家族を殺したのはアウメドラだ。そこは間違えちゃ駄目だ
リンウェル:私のせいで父さんも母さんも死んだのに?
アルフェン:……こんなこと言っても慰めにもならないだろうが、
アルフェン:親御さんは、まったく予期してなかった訳じゃない気がするんだ
リンウェル:どういうこと?
アルフェン:アウメドラのような奴がいる限り、いずれ見つかる危険はあったはずだ
アルフェン:その危険を高めてまで、リンウェルに教えたのは、リンウェルにそれだけの才能がったから、そして、
アルフェン:そこに賭けようと思ったからじゃないだろうか
リンウェル:賭けたって……何を?
アルフェン:未来だ。リンウェル自身の
アルフェン:魔法が使えるようになれば危険も伴う。だが無力なまま、隠れて暮らすのはもっと危険だ
アルフェン:だから自分たちの危険を承知で教えた。それは……親御さんの愛だったんじゃないだろうか
リンウェル:愛……父さんと母さんの……
アルフェン:すまない、想像でいい加減なことを──
リンウェル:ううん
リンウェル:……私、この力が無ければって何度も思った。本当は今だって時々、思うことがあるよ?
リンウェル:でも皆と旅をしている間に、個の力で出来ることがあるってわかった
リンウェル:だから頑張るよ。この力があるのが自分なんだって認めて、仲間を守って、未来も守る。──欲張りかな?
アルフェン:いいや。それくらいでこそ、リンウェルらしいさ
リンウェル:ふんふん……
アルフェン:こんな遅くまで熱心だな。何を読んでるんだ?
リンウェル:あ、うん、魔法のついての本。この章、最後まで読んじゃいたくて
アルフェン:よくそんな細かい字を眺めてて、眠くならないな
リンウェル:全然!むしろ興奮して眠気なんか吹き飛んじゃうくらいだよ
リンウェル:でも読めば読むほど、まだまだ私の知らないことがたくさんあるんだって、思い知らされて
リンウェル:そのたびに、そのままじゃ悔しいからもっと頑張らなきゃって気になっちゃって
アルフェン:それで夜な夜な焚火を灯りに勉強家。……変わったな
リンウェル:え?そ、そうかな
アルフェン:初めて出会った頃のこと、覚えてるか?
リンウェル:まだ色々隠してた頃、だよね。そんなに違う?
アルフェン:ああ、太陽と石ころくらい違うな
リンウェル:石ころって……女の子に使うたとえじゃないよ、それ
アルフェン:はは、悪い。でも変わったって思うのは本当だ。魔法のことだって、そんなあけっぴろげじゃなかっただろ?
リンウェル:それは……そうかも
リンウェル:小さい頃は勉強させられるのが嫌だったし、その後だって魔法は不幸しか呼ばないって思ってたし
リンウェル:うん、魔法そのものへの抵抗感は薄くなった。それは確かかも
リンウェル:結局、魔法は力とか知識でしかなくて、それがいいか悪いかは使う人次第
リンウェル:そんな風に思えるようにはなってきたかな
アルフェン:ロウに感謝しないとな
リンウェル:え!?なな、なんで?
アルフェン:いや、だってきっかけは──
リンウェル:関係ないから!あいつなんか全っ然!これっぽっちも!
アルフェン:……さすがにロウが聞いたらへこむぞ
リンウェル:だ、だからなんでロウがへこむ訳?
アルフェン:へこまない方がいいのか?
リンウェル:うー……
アルフェン:そんな風にムキになれるのも変わった証拠かもな
リンウェル:……アルフェンにも魔法お見舞いしようかな
アルフェン:分かった、これ以上余計なこと言う前に退散する。リンウェルもあまり夜更かししすぎるなよ
リンウェル:……もう。絶対子ども扱いしてるよね
リンウェル:でも不思議と悪い気しない。なんでかな
フルル:フルゥ
アルフェン:……ふう。曲がりなりにも満腹になるほど食べたなんて、いつ以来かな
シオン:あなたたちは十分な食事は与えられていないの?
アルフェン:決められた時間に決められた量。十分だったためしなんてない
アルフェン:皆、レナの目を盗んで栽培したりなんだりして、どうにかしのいでいるんだ
アルフェン:今にして思えば、あまり元気になりすぎて、反抗する気を起こさせないためだったのかもな
シオン:……そうね。空腹は体も心も萎えさせるから
アルフェン:……レナなのに知っているのか?
シオン:私は同胞に追われる身よ?黙ってても食事が出てきたりはしないわ
アルフェン:……
シオン:……
アルフェン:今のは──
シオン:何も聞こえなかったわ
アルフェン:いや、でも食べたばかりなのに──
シオン:何も聞こえなかった!
アルフェン:……
アルフェン:俺のがまだ手付かずのがあるが……食べるか?
シオン:……いただくわ
シオン:……
シオン:ねえ
アルフェン:え、な、なんだ!?
シオン:思うことがあるなら、はっきり言ってもらいたいわ
アルフェン:え?
シオン:内心で笑われるのは不愉快よ。特にあなたは表情が分からないし
アルフェン:わ、笑う?何の話をしてるんだ、一体?
シオン:服の話よ。ファガン遺跡で、見るなり何か言いたげだったじゃない
アルフェン:ああ……いや、あれは……
シオン:何?
アルフェン:……なんでもない
シオン:失礼なダナ人ね
アルフェン:失礼って……勝手に勘ぐっておいて、その言い草はないだろう
シオン:だったら何を考えていたのか言いなさい
アルフェン:別にけなすようなことは考えてない
シオン:信用できないわ
アルフェン:だったら俺が何を言ったって同じじゃないか
アルフェン&シオン:……ふん
アルフェン:どこもかしこも岩と火ばかりで、外と大して変わらないんだな
アルフェン:レナの城というから、なんていうか、もっとこう洗練されてるかと思ってたのに
シオン:皮肉のつもり?レナが皆、こんなのだとは思わないでもらいたいわね
アルフェン:じゃあ、なんでなんだ?
シオン:大方、あの男……ビエゾの趣味とか、そんなところでしょうね
シオン:粗暴で品性の欠片もない。おまけに自分のことを本名でなく仇名で呼ばせるような男よ
シオン:あの男に下につかされた者たちには同情するわ
アルフェン:……そうか
シオン:なに?
アルフェン:いや、俺たちを虐げる連中のことだ。全員、そんなものなんだろうと思い込んでいた
アルフェン:でも、言われてみればシオンのようなレナもいるし、ひと口にレナといっても色々いるんだなって
シオン:……私をどんなレナだと思ってるのか知らないけど、馴れ合うつもりはないわ
アルフェン:分かってる。俺だって別に友だちになろうって言ってる訳じゃないさ
ロウ:アルフェンっていつ鍛えてるんだ?
アルフェン:なんだ、いきなり
ロウ:だって炎の剣抜きにしても、結構戦えてるだろ?でも普段、鍛えてるように見えないし
アルフェン:別に特別なことはしてないさ。ズーグルと渡り合うだけで精一杯だ
ロウ:実戦が一番なのは分かるけどさ、なんか秘訣があるなら、教えてくれよ、なあ
アルフェン:だから何もないって
ロウ:分かった、その鎧だろ?重いの全身にまとってるからそれで──
アルフェン:いや、これ見た目の割に軽いんだ
ロウ:違うのか。じゃあ──
アルフェン:落ち着けよ。だいたい何でそんなこと知りたがるんだ?
ロウ:そりゃあ……もっと強くなりたいからさ
アルフェン:今だって十分強いだろ。そこらのレナ兵なんか相手にならない
ロウ:……足りないんだ
ロウ:もっともっと強くならなきゃ駄目なんだ。それで二度と折れたりしないようにならないと
アルフェン:ロウ
ロウ:今のままじゃ駄目なんだ。でないとまた誰かを死なせたり──
アルフェン:ロウ!
ロウ:!……悪ぃ
ロウ:焦ってもしかたないってことくらい分かってるのに
アルフェン:俺たちは万能じゃないんだ。地道にやれることをやるしかない
ロウ:やれることしか……だよな。とりあえずそこから始めるか
アルフェン:何から始めるんだ?
ロウ:鍛えることに決まってるだろ!まずは腕立て伏せだ。一、二、三、四……
アルフェン:……張り切るのはいいが、明日動けなくなったりしないでくれよ?
ロウ:見てろよ、俺は絶対強くなる!
ロウ:ん?アルフェン?どうかしたのか?
アルフェン:いや。珍しく鍛錬をしていないから腹でも痛いのかと
ロウ:あのな……。俺だって別に四六時中鍛錬してるわけじゃねえよ
アルフェン:そうか?暇さえあればやってる気がするがな
ロウ:それは……、強くなりたいんだからしょうがないだろ。ただ、たまには筋肉に休みを作れって、親父に言われたから
アルフェン:ジルファに?
ロウ:ガキの頃さ。ガキだから、親父が帰ってくると単純に嬉しくて
ロウ:だから、引っ付いて色々教わろうとしたんだ。そん時、言われた
ロウ:熱心なのはいいが、がむしゃらにはなるな
ロウ:おまえが勉学を休みたい時があるように、おまえの体が鍛錬を休みたい時もあるもんだ、……ってさ
ロウ:自分は休むことなんて忘れたみたいに突っ走っておいて、よく言ったもんだよな
アルフェン:……ジルファらしいな
ロウ:別にしんみりするところじゃねえって。ただ……親父は突っ走ることの怖さを教えようとしたのかもな
ロウ:……それともこれって、俺が勝手に解釈してるだけなのかな
ロウ:もっといろんな事、聞いときゃよかったなあ
アルフェン:…………
アルフェン:あー、ロウ、前に言ってた話なんだが
ロウ:前って?
アルフェン:ジルファにもっと色々聞きたかったって言ってたろ?あれ、俺じゃ代わりにならないか?
ロウ:な、なんだよ急に。俺、アルフェンのことは十分頼りにしてるぜ?
アルフェン:だけど、ジルファが生きていたら何か聞きたいことがあるんだろう?
ロウ:あるっていうか、まあ……。でもアルフェンじゃ答えに困るだけだと思うぜ?
アルフェン:何故だ?
ロウ:いや、だってその……
ロウ:……おふくろのこと、どうやって口説いたのかな、とか……
アルフェン:…………
ロウ:…………。ほ、ほら!答えに困るだろ!?
アルフェン:……悪かった。でも、確かに想像がつかないな……
ロウ:そうなんだよなあ。経験者談ってやつを聞いてみたかったんだけどさ
アルフェン:経験者……確かに
ロウ:あのさ、アルフェン
アルフェン:どうした、改まって
ロウ:リンウェルってさ、時々撫でてやりたくならないか?
アルフェン:ロウ……?
ロウ:へ、変な意味じゃなくて!なんていうか、あいつ生意気だけど結構頑張るだろ?
ロウ:そういうの見てるとさ、ついそうしてやりたくなるっていうか、……俺がおかしいのか?
アルフェン:あー、いや、分からないでもないさ。リンウェルは妹みたいなものだし
ロウ:だよな、だよな!けどあいつ、下手なことすると魔法が飛んできそうだしさ
ロウ:それでなくても、フルルが襲ってきたりするしよ
アルフェン:まあ……相手がどう感じるかは別問題だしな
アルフェン:……お互い前途多難だな
ロウ:ん?アルフェンもフルルに襲われたのか?
アルフェン:いや、俺の場合は<荊>が……
ロウ:<荊>?<荊>が出る魔法なんてあったか?なんかシオンみたいな……
ロウ:──あれ?
アルフェン:ほ、ほら、フルルはきっと家族を取られるような気がして不安になるんだと思うんだ
アルフェン:まず、フルルと仲良くなるところから始めてみたらどうだ?
ロウ:そっか!流石アルフェンだ。俺、頑張ってみる!
アルフェン:ロウが鈍感で助かった……
ロウ:……なあ、最近、なんか進んだか?
アルフェン:進んだって……何がだ?
ロウ:なにって、分かるだろ。その、シオンとかさ
アルフェン:何をかと思えば……そういうロウはどうなんだ?
ロウ:いや、俺のことはいいって。それよりアルフェンの方、聞かせてくれよ
アルフェン:俺は……別に話すようなことはないさ
ロウ:水くせえなあ。なんにもないってことはないだろ?
アルフェン:こういう話は軽々しくしないもんだ
ロウ:なんだよ、少しばかり年寄りだからって
アルフェン:年寄りは言い過ぎだろ
ロウ:だって本当じゃねえか。最近、戦うとすぐ息が上がってんじゃねえの?
アルフェン:やけに噛みつくな。……だったら試してみるか?
アルフェン&ロウ:ぜえぜえ……
アルフェン:なんの……話だったけか
ロウ:なんだっけ……なんか、もうどうでもよくなっちまった
ロウ:……へへっ
アルフェン:どうした、頭強く打ちすぎたか?
ロウ:違うって
ロウ:……そういうとこ、やっぱ敵わねえな
アルフェン:何がだ?
ロウ:……いや、なんだかんだ言って、いつも受け止めてくれるよなと思ってさ
アルフェン:俺がか?
ロウ:ああ。今だってなんかもやもやしてたのがお陰ですっきりしちまったし
アルフェン:……またなんか変な具合に俺を美化してるだろ
ロウ:してないって。けど、憧れるのは俺の勝手だろ?
アルフェン:物好きだな
ロウ:いいんだよ、俺がそう思ってんだから
ロウ:いつか俺がアルフェンを引っ張ってやるよ
アルフェン:なら俺も年寄り扱いされないよう頑張らないとな
ロウ:またやろうぜ
アルフェン:ああ、楽しみにしてる
アルフェン:盾の手入れか?慣れたもんだな
キサラ:近衛兵になったばかりの頃、兄さんに仕込まれた。それからずっと習慣になっている
アルフェン:キサラと話すと、いつもミキゥダの話が出てくるな
キサラ:他に身寄りもない、ふたりきりの兄妹だからな。兄さんは私の目標で、憧れで、理想だった
キサラ:近衛兵団に入った時も、ラギルはいい顔をしなかったが、兄さんは歓迎してくれた
アルフェン:ラギル……確か<金砂の猫>でミキゥダの副官を務めていたよな?
キサラ:そうだ。頭が切れる上に現実的。……夢見がちな私とは正反対だな
アルフェン:キサラは理想を信じているだけだろう?
キサラ:実を言えばそれも兄さんの影響でな。兄さんはいつも私が笑顔でいられるように工夫してくれた
アルフェン:妹思いだったんだな
キサラ:それだけじゃない。兄さんは私や周囲の手本であるために、いつだって努力を惜しまなかった
キサラ:私が眠ったと思って家を抜けだし、街はずれで体を鍛えていたこともあった
アルフェン……よく知っているんだな
キサラ:寝たふりをして後をつけたからな
アルフェン:…………
キサラ:いい機会だ。今日は兄さんがどれだけ努力の人だったか聞かせてやろう
アルフェン:……長い話になりそうだ……
キサラ:この前は昔話に付き合わせて悪かったな
アルフェンいいさ。あれはあれで楽しかった
キサラ:そう言ってもらえるとありがたい。兄さんのことになるとつい歯止めが利かなくなるらしくてな
アルフェン:その点は納得だな。けど別に気にする程でもないさ
キサラ:うん……
キサラ:……なあ、アルフェン、子どもの頃、自分より幼い子を葬ったことはあるか?
アルフェン:……どうだったかな。キサラはあるんだな
キサラ:前の領将の時代にな。あの頃は……地獄だった
アルフェン:…………
キサラ:私はあの時代に戻るのが怖かったのかもしれない。だから兄さんが伝えようとすることから目を背けた
キサラ:実のない理想を守ろうとして、一番大事なものを疑ったんだ
キサラ:私にはあの人を、テュオハリムを責める資格はない。ただ認めたくなくて、押し付けようとしただけなんだ
アルフェン:……キサラもテュオハリムも、メナンシアでのことを、まるで失敗のように言うことがあるが
アルフェン:300年続いた支配を塗り替えようというんだ。たかが5年で答えを出そうとする方が無茶じゃないのか?
キサラ:そうか……メナンシアは……いや、私は……辛いものを見ることをやめたとき、間違えたのかもしれないな
キサラ:この前のことを考えていた
キサラ:理由がどうであれ、テュオハリムはメナンシアをダナとレナが共存する形に変えてくれた
キサラ:だが私は誰もがそれを歓迎して当然だと思い込んで、誇るばかりで踏み固める努力を怠ったんだ
キサラ:こんな私に、まだ理想を追う資格はあると思うか?
アルフェン:俺がどう思うかは関係ない。答えはもう出ているんじゃないのか?
キサラ:少しばかり、虫が良すぎるんじゃないかという気がしてな
アルフェン:一度も間違えない奴なんていない。肝心なのは、その後、どう動くかだ
アルフェン:キサラは自分で気付いたじゃないか
キサラ:……そうだな。私はもう目を逸らさない。誰も失わないために、最善を尽くす
キサラ:それに、あの人の──テュオハリムの背中を叩く人間も必要だ。ふたりも後ろを向いていたら、目も当てられないからな
アルフェン:そうなったら、俺たちが背中を叩くさ。それにしても──
アルフェン:キサラの生き方がミキゥダを手本にしているなら、彼は本当に立派な男だったんだな
キサラ:なんだ、まだ納得してなかったのか?最初からそう言っているのに
キサラ:なんなら、今日も兄さんのことを話してもいいぞ?
アルフェン:それはまたの機会に取っておくよ
キサラ:……
アルフェン:また理想の社会について考えているのか?
キサラ:いや、最近はむしろ考えないようにしているんだ
キサラ:頭の中で考えていると、つい理屈の話になる。血が通っていないというか
キサラ:空きっ腹を抱えるのは辛い。家族を奪われるのは辛い。それをただ無くしたいだけのはずなのに
キサラ:……失礼
アルフェン:頭を使うのでも腹は減るらしいな。ちょっと待っててくれ
キサラ:──ごちそうさま。……ふふ
アルフェン:どうした?
キサラ:アルフェンもずいぶん料理が達者になったな
アルフェン:まあ、この旅もいい加減長いからな。練習する機会はたっぷりあった
キサラ:だがお陰で腹も一杯になった
キサラ:この単純な嬉しさ。やはりややこしい理屈よりよっぽど説得力がある
アルフェン:そういえばロウが言ってたな。難しい講釈で腹は膨れないって
キサラ:ロウらしいな。だが真理だ
キサラ:腹いっぱい食べられること。大事な人と共にいられること。それより重要なことは、そう多くない
アルフェン:大事なといえば、最近あまりミキゥダの話はしないんだな
キサラ:意外とお前も底意地悪いのだな
キサラ:だが……そうだな。同じくらい大事な仲間ができたからな
キサラ:どんな社会だろうと、その仲間が幸せになれないなら、意味がない。そこが私の土台なんだ
アルフェン:キサラはこの戦いが終わったら、やっぱりヴィスキントに戻るんだろう?
キサラ:そうだな、この旅で得た知識や経験を持ち帰って役立てたいと思ってる
キサラ:今のメナンシアをさらに改善し、他の国造りの手本になることを目指すんだ
キサラ:アルフェンはどうするつもりなのだ?
アルフェン:俺は……そうだな。戦いなんか忘れてのんびり暮らせれば幸せかな
アルフェン:剣振り回すくらいしか能がないから、そんな簡単にはいかないだろうけどな
アルフェン:それでもちゃんと帰る家があれば言うことない。屋根のある、壁に穴のあいてないやつだ
アルフェン:帰る家、飢えずに済むだけの食べ物、凍えずに済む寝床。派手なことはいらない
キサラ:お前らしいな。だが大事なものを忘れているぞ。家族だ。例えばシオ──
アルフェン:そ、そういえば、キサラ自身が個人的にやりたいことはないのか?
キサラ:個人的に?そうだな、ううむ……
キサラ:これは……こんなことを言っていいか分からないんだが
アルフェン:うん
キサラ:……釣り堀が欲しい
アルフェン:釣り?
キサラ:ああ。前から思っていたんだ。釣りは素晴らしいが、手軽さに欠ける
キサラ:どこで釣るにしても準備をして出かけなければならない。もっと気軽にいつでもできればいいのにと
キサラ:安全な場所に水を張って、そこに魚を住まわせる。そうすればズーグルの心配もなく、誰でも楽しめる
アルフェン:ほかの人のことまで考えてるのか。本当に好きだな
キサラ:……あの人には内緒にしておいてくれ
アルフェン:あの人って、テュオハリムのことか?確かに、いきなり大工事とか言い出しかねないが
キサラ:あの人が言えば、ヴィスキントの人たちは喜んでやる。だが今、その力はもっと別のことに使われるべきだ
キサラ:だから作るとしても、自分の力でやりたい
アルフェン:だったらその時は、俺も呼んでくれ。釣りは分からないが、力仕事ならいくらでも手伝える
キサラ:そうか。頼りにさせてもらう
キサラ:そこで釣った魚で、皆のためにとっておきの料理を作って振舞う……待ち遠しいな
キサラ:私にもこんな夢があったんだな。ありがとう、アルフェン
テュオハリム:…………
アルフェン:メナンシアのことが心配なのか?
テュオハリム:何故そう思うのかね?
アルフェン:キサラと何か話していただろう?
テュオハリム:盗み聞きは感心しないな
アルフェン:悪い。でも内容までは聞こえなかった。ふたりきりで話していたから、てっきりそうかと
テュオハリム:私は役目を放棄した元領将だ。今さらあの国について指図できる立場ではない
テュオハリム:キサラもそれを承知で意見を求めてくる。私はもう彼女の主人ではないというのに
アルフェン:むしろ主人じゃないからじゃないのか?仲間として、あんたの見識を当てにしてるんだ
テュオハリム:……それは考えていなかったな
アルフェン:あんたはドキドキ、妙に抜けているな
テュオハリム:楽人など得てしてこんなものだ。それを星霊力だけで選ぶからおかしなことになる
テュオハリム:だが、自分なりに領将として務めようとはしたんだろう?
テュオハリム:無論学びはした。統治のためというより、生かさず殺さずのため、といった体のものだったがね
テュオハリム:私にしてみれば、そのすべてが吐き気を催す苦痛と死につながっていた
テュオハリム:だから、なにもかも上辺の音楽で覆って聞こえないふりをした──愚かなことだ
アルフェン:だが踏み出したじゃないか
テュオハリム:そうだな。道は暗いがともかく踏み出した。穴が待ち受けていないことを願うばかりだ
アルフェン:聞いてみたかったんだが
テュオハリム:何かね?
アルフェン:ほかの領将とはどの程度交流があったんだ?
テュオハリム:何度か顔を合わせて言葉を交わした程度だな。それも自分から望んでのことではない
アルフェン:アウメドラはあんたとそれないに付き合いがあるような言い方じゃなかったか?
テュオハリム:あの女は誰にでもそうしてきたのだ。利用できるか、その価値があるかどうかを見極めるために
テュオハリム:だがレネギスにいた頃はあそこまで露骨ではなかった。してみると、彼女もまた犠牲者かもしれんな
アルフェン:犠牲者?アウメドラが?
テュオハリム:レナ人にとって領将に選ばれることはこの上ない名誉だ。<王>になることはさらに上をいく
テュオハリム:生まれた時からそう教え込まれて育つのだ。実際それが自分の身に起きて、舞い上がらない者は少なかろう
アルフェン:現にあんたがいるじゃないか。俺にしてみればよっぽどまともだ
テュオハリム:まともなレナ人なら、地位より楽器を求めるなどと、たとえ思っていても口に出したりはすまいよ
アルフェン:聞けば聞くほど領将王争は不幸しか生まない気がしてくるな
テュオハリム:だから終わらせると決めた
テュオハリム:──今さら、被害者面など、リンウェルにはとても聞かせられない話だな
アルフェン:今日も今日とて旅の空、か
テュオハリム:君は旅暮らしが嫌になることはないのかね?
アルフェン:奴隷暮らしよりずっといいさ。何と言っても自分で行先を決めることができる
アルフェン:奴隷には許されなかった贅沢だ
テュオハリム:なるほど、得難きは自由か
アルフェン:それに飯もだな。配給は不味かったし足りたためしもない。飢え死にしないために色々口にしたもんだ
アルフェン:あんたこそどうなんだ?領将の暮らしとは相当かけ離れてるだろう
テュオハリム:私の私生活に興味がおありかね?
アルフェン:変な言い方するなって
テュオハリム:確かに領将だった時は飢えの心配とは無縁だった。身の回りのことも、誰かしらがやってくれた
テュオハリム:それこそ着替えでもなんでもだ。私はただ黙って突っ立っていればよかった
アルフェン:かけ離れすぎて、嫌味にすら聞こえないな
テュオハリム:意外に聞こえるかもしれないがね、私は今の境遇を割と気に入っている
テュオハリム:ダナ人のそれと比べるものでもないが、領将の暮らしもそれなりに制約が多かった
テュオハリム:……こんな話を聞かされても、不愉快なだけだろう
アルフェン:そこらのレナの自慢話ならそうだが、あんたは相当な変わり者だしな
テュオハリム:時々思うことがある。自分が他のレナ人と同じようだったらどんなにか落だったろうかと
アルフェン:本気で言ってるのか?
テュオハリム:変わり者の言うことだ。聞き流したまえ
テュオハリム:いずれにせよ、私はこうしてここにいる。それだけが現実だ
テュオハリム:散歩に行くが付き合う気はあるかね?
アルフェン:見回りの当番、あんたじゃなかったよな
テュオハリム:だから散歩だ。音楽に目を傾ける
アルフェン:音楽って……どこにそんなものあるんだ?
テュオハリム:人が奏でるものだけが音楽ではない。風になびく草の音、梢が立てる葉の尾と、虫や鳥の囀り
テュオハリム:その気になって探せば、音楽は至るところにある
アルフェン:どんなものでも聞く側次第ってことか。面白い考えだが、俺にはちょっと難しすぎるな
アルフェン:そういえば、あんたの楽器はどうしたんだ?以前はその音楽をやっていたんだろ?
テュオハリム:今は手の届かぬところにある。私にはまだ奏でる資格がないからな
テュオハリム:すべきことをしてこなかったことへの、これはけじめみたいなものだ
アルフェン:ってことは完全に諦めた訳じゃないんだな
テュオハリム:未練がましいと思うかね?
アルフェン:まさか。未練なんかじゃない。それは願いとか望みっていうんだ
アルフェン:また音楽をやってる自分を想像してみてくれ。そのためなら頑張れる気がしてこないか?
テュオハリム:……。なるほど。私にもまだそんな気持ちがあったか
テュオハリム:心に陰があるうちはそれが音にも表れる
テュオハリム:だが、いつか曇りない音色を君に披露することを約束しよう
アルフェン:その約束、確かに聞いた。楽しみにしている
アルフェン:呑むか?
テュオハリム:君から酒の誘いとは珍しいな。いただこう
テュオハリム:……
アルフェン:……
テュオハリム:静かな夜だ
アルフェン:ああ、ズーグルの気配もない
アルフェン:……音楽ってのは、こんな時に奏でるものなのか?
テュオハリム:ほう、音楽に興味が湧いたかね?
アルフェン:興味って程じゃない。ただ世の中、剣を振り回す以外にも色々あるみたいだからな
テュオハリム:ダナのそれは、我々レナが根こそぎにしてしまった。それについては申し訳ないと思っている
アルフェン:300年分の行いをあんたひとりに負わせる気はない。──ただの受け売りだが
テュオハリム:痛み入る
テュオハリム:この戦いの先に、いつか剣を振り回す以外のことで身を立てられる世の中が来ると信じたいものだ
アルフェン:……そういえば戦いが終わった後のことは、あまり考えたことなかったな
アルフェン:剣を振り回すことくらいしか、満足にできることがないっていうのに
テュオハリム:なら、そろそろそれ以外のことを考え始めてよい時期ということかもしれん
アルフェン:戦い以外……あんたには音楽やらガラク──あ、いや、古い物集めやら色々あるよな
テュオハリム:君にもあるだろう。武器に妙に執着したり、レナの機械に目を輝かせたりしてなかったかね?
アルフェン:あれは、使い勝手に興味があるだけで……技術のことはさっぱりだ
テュオハリム:興味があるなら、学ぶこともできるだろう。人々の生活を支える技術は常に重宝される
アルフェン:俺が勉強するのか?確かにちょっと惹かれるものはあるが……
アルフェン:例えばの話だ。当たり前にしていることでも、活かせることは意外とあるということの
アルフェン:なるほどな。そうだ、俺の好物を活かして、辛い料理専門の店なんてどうだ?
テュオハリム:悪くない。客は限られそうだが
アルフェン:なんだか俺の相談に付き合ってもらう形になってしまったな
テュオハリム:何ほどでもない。君たちがヴィスキントを訪れなければ、今の私はなかった
テュオハリム:君たちには返しても返しきれない借りが──
テュオハリム:……アルフェン?
アルフェン:……
テュオハリム:ふっ
フルル:…………
シオン:あの仔、さっきから動かないけど、大丈夫なの?
アルフェン:本当だ、どうしたんだろう。来い来い、ほら
フルル:フヒャッ!
アルフェン:しまった!
リンウェル:なに?どうしたの?
アルフェン:すまないリンウェル、フルルがいなくなった。驚かせるつもりはなかったんだが
リンウェル:フルル?フルルならそこにいるよ?
アルフェン:どこに?雪しか見えないぞ
リンウェル:ダナフクロウは警戒すると気配を消すから……他人が一緒にいることに慣れないのかも
アルフェン:そうだったのか。下手に構っちゃいけなかったんだな
リンウェル:フルルは私以外には懐かないから。おいでフルル
フルル:フルゥ
アルフェン:こんな近くに?
リンウェル:多少はアルフェンのことが気になってるみたい。一緒に旅をしてるってことくらいは分かってるんだと思う
リンウェル:名前を呼んだら返事をするくらいにはなるかもね
アルフェン:そうか
シオン:弱っている訳じゃなかったのね
アルフェン:ああ、よかった
シオン:…………
フルル:…………
リンウェル:万物形象の源は六つの精髄に拠りて例外なし。されどわれら闇を欠き、彼ら光を欠く
リンウェル:すなわち全きを得んとすれば──
アルフェン:何を呟いているんだ?
リンウェル:……魔法の詠唱の練習
アルフェン:詠唱?じゃあ今の魔法の呪文なのか?
リンウェル:そうじゃないけど、いざって時に素早く正確に発音する必要があるから
リンウェル:口を慣らしてるんだ。……なるべく使わないようにしてたし
アルフェン:一族でずっと人の目を避けてきたんだったな。リンウェル以外の魔法使いの人たちはどうしているんだ?
リンウェル:……!
アルフェン:悪かった、聞かれたくないことだったのか
リンウェル:……ごめん
アルフェン:なあ、リンウェルの魔法も星霊術の一種だって話だったけど、それにしてもレナのとは随分違って見えるのはなぜなんだ?
リンウェル:……レナ人がどうやってるか詳しくは知らないけど、星霊力を操るのは同じだよ。やり方が違うってだけで
アルフェン:呪文を唱えたり、不思議な記号を出したりするのがか
リンウェル:剣の使い方にも色々あるでしょ?それと同じ。あ、属性の違いはあるよ。光はダナ、闇はレナにしかないから
アルフェン:そうだったな。じゃあ、例えばリンウェルが闇の属性の魔法を使うなんてことはできないのか?
リンウェル:自分の中にその属性の力がないから……間接的な方法ならあるかもしれないけど
リンウェル:私も一族が知っていたことを全部学んだ訳じゃないから
アルフェン:そうか。教えてくれてありがとうな
リンウェル:……うん
シオン:………
アルフェン:うわっ!?
シオン:きゃっ!?
アルフェン:す、すまない、足が滑った。大丈夫か?
シオン:あなたこそ──いえ、大丈夫なんだったわね、あなたは
シオン:普通なら叫び声が上がってるところよ。あなたのね
アルフェン:ん?ああ、<荊>か。そうだな、俺には無害だ
アルフェン:それより、いきなり触れたりして悪かった
シオン:そうね、気を付けて
アルフェン&シオン:……
シオン:ねえ、アルフェン──
アルフェン:ん?
シオン:──いえ、なんでもないわ。気にしないで
アルフェン:?あ、ああ
リンウェル:……なにあれ
ロウ:87っ!88っ!89……あ、やべえっ!
アルフェン:なんだ?敵の襲撃か!?
ロウ:悪い悪い。怪我しなかったか?
シオン:ロウ……?何をやっているの?
ロウ:何って鍛錬だよ
ロウ:いい重さの石があったから、腕にくくりつけてたんだけど、固定が甘かったみたいで、吹っ飛ばしちまった
アルフェン:重りをつけた鍛錬……また無茶するな
ロウ:俺、鍛えてないと落ち着かなくてさ
リンウェル:そういえば、この前野営したときも延々と技の型を練習していたよね
ロウ:筋肉を鍛えたところで、型の練習をして、仕上がり具体を確かめる。その瞬間がわくわくするんだ
シオン:暴れ足りないだけなんじゃないの?
アルフェン:あまり無理して体を痛めるなよ?だいたいロウは今のままでも十分強いじゃないか
ロウ:まだまださ。この先、どんな敵と出くわすかも分からないんだし、いくら鍛えたって損はないだろ
ロウ:それに、俺はあんたを超えるくらい強くなりたいんだ
アルフェン:!!
アルフェン:そうか……なら、俺も負けていられないな。剣に重りを付けて素振りでもしてみるか
リンウェル:ちょ、ちょっとアルフェン?
アルフェン:はっ!ふっ!なるほど。これは効く……!
ロウ:だろ、だろ?
アルフェン:せっかくだ。この石を付けたまま試合ってのはどうだ?
ロウ:おっ、乗ったぜ、その勝負!ちょっと待ってくれよな……
ロウ:よし、準備できた。行くぜ!
ロウ:──とうっ!
アルフェン:せいっ!
ロウ:なんの!
アルフェン:まだまだ!
リンウェル:あーっ!今夜の野営場所が……
シオン:……片づけはふたりでやりなさいよ
アルフェン&ロウ:……はい
アルフェン:擦り切れた毛布、硬い寝床、臭くて不味い食事
シオン:何の話?
アルフェン:労働の見返りさ。カラグリアじゃそれがすべてだった
アルフェン:ここももらえるものは同じなんだろうが、質がまるで違う
アルフェン:ついでに自由に使える時間まであるらしい。こんなの、どう受け止めたらいいんだ?
シオン:カラグリアがことさら苛酷だったってことではないの?
ロウ:シスロディアだって同じさ。寒いから建物と衣服だけはまともだったけど、
ロウ:投光器送りは懲罰だから、そもそも報酬なんてなかったしな
リンウェル:うん。後は食べ物や生活の品を作るのが仕事だったけど、大半はレナのものだったし
リンウェル:見返りらしい見返りがなかったって点ではシスロディアもカラグリアと大差なかったよ
アルフェン:じゃあやっぱりここが変わってるのか
ロウ:変わってるっていうか、異常っていうか……
ロウ:でも奴隷には違いないんだよな
リンウェル:そうだよ、いくら喜んでやってるっていってもさ
アルフェン:何が正しいのか……まったく、頭がどうにかなりそうだ
アルフェン:フルルもミキゥダの猫ザァレも、ダナにもともといる生き物なんだよな?
リンウェル:うん、ズーグルなんかとは違うよ
ロウ:まあズーグルにも可愛げなんてないもんな
フルル:フゥル!
ロウ:……フクロウにもねえか
リンウェル:ん?
フルル:ッホォオオォォォ!!
ロウ:あ痛っ!痛てっ!あるって、あります、フクロウ最高!
アルフェン:フルルも可愛いが、俺は猫も好きだな。シオンは?
シオン:え、わ、私?私は、その……
シオン:……どっちも
アルフェン:え?
シオン:なんでもないわ
シオン:でも考えてみれば、愛玩用のズーグルって聞いたことないわね……
アルフェン:レナ人が実用本位ってことじゃないのか?
シオン:何かしら特殊な機能を持たせたのがズーグルだってことを考えると、ありうるわね
ロウ:なんでもいいけど、こいつを止めてくれえ!
フルル:フォォーッ!!
キサラ:よし、大物だ!
テュオハリム:これは……こんなに大きくても魚なのかね?
キサラ:もちろんです。アウレウムアロワナ。この辺りに生息する淡水魚です
テュオハリム:見事なものだな。これほどの大きさは宮殿の晩餐でも見た覚えがない
キサラ:丸ごと出すには向かないものもありますからね。まして領将の食事となれば、なおさらでしょう
ロウ:……大物釣って、話題が食べることだけってどうなんだ?
キサラ:ロウも食べるのは好きだろう?これだけ大きければ、きと食べ甲斐があるぞ
ロウ:そりゃあ……そう言われたら腹が期待はしちまうけどさ
テュオハリム:こうしてメナンシアを出て旅をしていればこそ、この魚を目にすることができた訳だ
テュオハリム:思えば領将だなんだと言っても、私の見聞も狭かった。奪わずとも学び、得られることは沢山あるというのに
ロウ:あんたみたいに考えるレナ人が、もっといればいいのにな
キサラ:その点、あなたという存在に恵まれたメナンシアは幸運でした。それこそ奇跡と言ってもいいくらいに
キサラ:さあ、今夜はこの魚でステーキでも作りましょう
ロウ:いいな、楽しみだぜ
テュオハリム:奇跡か。なんとも皮肉な響きだ
リンウェル:またすごいのが釣れたねー
アルフェン:ああ、こんなのが水の下を悠々尾酔いでるなんて、ちょっと想像できな──キサラ?
キサラ:ん?ああ、リンウェルとアルフェンか
リンウェル:どうしたの、大物を釣ったのに嬉しくないの?
アルフェン:ひょっとして、どう料理するか迷ってるのか?焼くのでよければ、引き受けるが
キサラ:いや、そういうことではないんだ。見ろ、この魚はコガネナマズだ
アルフェン:……コガネナマズ?その魚だと何か問題あるのか?毒があるとか?
キサラ:昔、兄さんから聞いたことがある。大きなナマズが現れたら、それは異変の予兆だと
キサラ:この大きさだ。よからぬことの前触れでなければいいが……
リンウェル:それって、悪いことって決まってるの?
キサラ:そういう訳ではないが、こういう話の場合、大概、不吉と相場が決まっているからな
アルフェン:こうは考えられないか?異変が変化のことなら、それは俺たちがもたらすものだと
リンウェル:そっか。私たち、レナの支配に挑んでるんだもんね。ある意味、異変だよね、それって
キサラ:……なるほど。そういう考え方もあるか。なら、この魚はさしづめ、兄さんからの激励の印だな
アルフェン:この魚の輝きに負けない未来を作らないとだな!
キサラ:ああ、必ずだ
アルフェン:また綺麗な魚だな……なんていうか、空色の宝石みたいだ
キサラ:コバルトブルートラウトというんだ。とても珍しい。私も釣れるとは思わなかった
シオン:どんな味がするのかしら
アルフェン&キサラ:え?
シオン:この大きさ、成長の仕方が普通じゃないわね。水の星霊力の影響を受けたのかしら
キサラ:変異種は警戒して暮らすと聞く。人に見つからずに長い時間を生きてきたのかもしれないな
シオン:でも、食べるのよね
アルフェン:な、なあ、無理に食べなくたっていいんじゃないか?魚は他にだっているんだし
キサラ:まあ、それは──
シオン:駄目よ。食べられる時に食べないと。敵は待ってくれないのだから
キサラ:……だ、そうだ
アルフェン:うう……
ロウ:なんだ、この魚、でけえ上に真っ白じゃねえか
リンウェル:ほんとだ、すごい!フルルの翼みたい!
フルル:ホー
キサラ:この体色がシグナイピラルクの特徴らしい。優雅に泳ぐ姿は鳥の羽ばたきにも似ていると言われている
リンウェル:へえー、泳いでるところも見てみたかったな
キサラ:それは難しいだろうな。なかなか姿を見せない魚だから
キサラ:ところで、フルルは何をしているのだ?
ロウ:うわ、なんか小さい魚をたくさん捕まえてやがる!
リンウェル:ちょっと、何やってるの、フルル!?
キサラ:フクロウも魚を食べるのか?これは知らなかったぞ
リンウェル:食べないこともないけど……って、そうじゃなくて、何で今、こんなに獲ってきたの?
キサラ:もしかして、交換のために獲ってきたのかもしれないな
ロウ:ホントかよ……
フルル:フリュルッ…フリュルルルッ……
キサラ:ふふ、心配しなくても、この大きさだ。フルルの分もたっぷりある
リンウェル:だって。よかったね、フルル
フルル:フルルッフゥ!
キサラ:せっかくだ、フルルの捕まえた魚も料理に使おう
フルル:フルー!
キサラ:どうなるかと思ったが、なんとか釣れたな
ロウ:凄かったな。まるで一騎打ちを見てる気分だったぜ
シオン:ええ、何度、竿が折れてしまうと思ったか分からないわ
キサラ:ああ。大したヨロイチョウザメだ。かなり振り回された
ロウ:その魚がぐわーって動くたびに、竿がぐおーってなって、水面にしゃーって水しぶきが出来ただろ
ロウ:水しぶきに圧倒されていたら、キサラがズシンって踏ん張ってそいつを釣り上げたんだ!
キサラ:……ズシン……?
シオン:ロウ、あなたね……
ロウ:あ、いや、ドシンかな?ズドンでもいいけど
シオン:……はあ
キサラ:……ロウ、重量級の擬音を女性に使うものではない
ロウ:誉め言葉のつもりだったんだがなあ
ロウ:なあ、俺たちって、なんだかんだ言ってすげえ沢山、ズーグル倒してきたよな!
アルフェン:まあ百や二百じゃ利かないのは確かだな。どこに行っても必ずといっていいくらい、出くわすし
ロウ:けどそれにしちゃ、ちっとも減らなくないか?まさかどっかに牧場があるとかじゃないよな
テュオハリム:レネギスならともかく、ダナにそうしたものが大々的に作られたといおう話は聞いたことがない
シオン:野生化したのが勝手に増えてるとか、そんな感じなのかしら
キサラ:こっちは組織的に狩っている訳でもないし、全滅させるのは難しいだろうな
リンウェル:全滅……それはちょっと可哀想じゃない?
キサラ:リンウェル?
リンウェル:だって元はダナやレナの生き物なんでしょう?それが改造されたものだって……
シオン:……そうね。私たちの都合で作り変えられた生き物、それがズーグルよ
アルフェン:人間が作り、放ち、今度は危険だからと駆除する。……確かに身勝手な話かもな
リンウェル:ズーグルとも共存できるといいのにね
ロウ:そうは言っても街を襲ったりすることもあるぜ?
テュオハリム:野生化したはぐれでなければ、ある程度、レナ人が制御はできるのだがな
シオン:お互いの暮らす場所を住み分けられたら、危険も減るんじゃないかしら
アルフェン:そういう意味では、人間もズーグルも大した違いはないのかもな
シオン:……いつの間にか、随分、荷物が増えてるわね
キサラ:シオンも感じていたか。実は私もそう思っていた
リンウェル:少し減らしたらどうかな。旅を始めた頃に使っていた武器とか、もうボロボロだし
アルフェン:いや、武器は磨けばまだ使えるだろう。かさばってるのは防具じゃないか?
キサラ:防具だって、直せばまだまだ使えるぞ。それに身を守るものは多くて困るということは無い
ロウ:なんだかよく分からない骨董品とか売っぱらえば減るんじゃねえの?
テュオハリム:そういう物の価値を分からない人間が、貴重な芸術を消滅させるのだ
ロウ:芸術じゃ戦えねえよ
リンウェル:やめなよ、そういう話をしてるんじゃ──
シオン:ごめんなさい、私の言葉が足りなかったわ。こんなに荷物が増えるほど旅をしたのねって言いたかったのよ
リンウェル&ロウ&テュオハリム:あ……
テュオハリム:……失敬した。過敏な反応をしたようだ
ロウ:ま、まあ、旅の土産って増えるもんだし。俺も勝手なこと言ったから
キサラ:荷物の重さは絆の重さか
アルフェン:そう思うとこの荷物も宝の山、だな
テュオハリム:……ふむ
シオン:これまで戦ってきた敵の記録を読み返しているの?
テュオハリム:ああ。改めて随分色々な相手と戦ってきたものだと思ってね
ロウ:おかしな形したやつとか、厄介な能力持ったやつとか色々いたよな
シオン:それもこれも全部、ここに記録されているわ。リンウェルが頑張って書き留めてくれたお陰ね
リンウェル:えへへ、でも皆で戦ってきたからこそだよ
アルフェン:つまり、この記録は俺たちの戦いの足跡そのものってことだな
テュオハリム:これがあれば、どの敵にどう対処すればいいかが分かる。その価値は計り知れないものがある
ロウ:そこまで大層なもんかねえ。戦った奴のことなら体が覚えてるぜ?
テュオハリム:君はそうでも、初めて戦う者は違う。そんなとき、この情報が役に立つ
リンウェル:そういえば出版したらどうだって言ってたよね。私が書いた本!本当にできたら夢みたい……
ロウ:出版ってあれだろ、同じ本を一杯作ってばらまくやつ
シオン:……まあ、間違ってはないけど
キサラ:となれば、次にすべきは教育だな!
ロウ:き、教育?勉強ってことか?
キサラ:そう。具体的には読み書きだ
キサラ:まともに読み書きができないダナ人も多いからな。せっかくの情報も読めなければ宝の持ち腐れだ
ロウ:お、俺は一応最低限は、なんとか大丈夫だから、その
キサラ:遠慮はいらない。ヴィスキントではダナ人向けの教育も充実しているんだ
テュオハリム:うむ、無意識にできるようになるまで、みっちりと体に叩き込んでくれるそうだ
ロウ:そういう体での覚え方はいいっす……
リンウェル:ねえ、私たち、色んな所に行ったよね。まだ行ったところのない場所ってあるのかな?
ロウ:さあ?
リンウェル:真面目に聞いてるんだけど
ロウ:相手は世界だぜ?知らない場所があると思ってた方がワクワクするだろ!
リンウェル:はあ……質問する相手を間違えた。ね、アルフェンはどう思う?
アルフェン:そうだな。人間が訪れたことのあるような場所は全部回ったんじゃないか?
リンウェル:そうじゃない場所は?
アルフェン:そこまでは分からないな。なにせ相手は世界だ
ロウ:!?
リンウェル:そっか……
ロウ:!!!?
テュオハリム:知っているつもりのことでさえ、真相は違ったのだ。ましてや世界をすべて知ったなどと思うのは傲りというものだろう
キサラ:私たちが見つけていない場所もあるかもしれない。だが、それはそれでよいのではないか?
シオン:そうね。私たちの目的のために、すべてを知る必要はない。でもまだ未知があるというのは素敵なことだわ
アルフェン:いつか俺たちがそれを知る日が来るのか、それともまた別の誰かが見つけるのか、想像するのも一興だな
リンウェル:思ってるより、世界はずっと広いかもしれないってことだね
ロウ:……俺、アルフェンと同じこと言ったと思うんだけど、なんでこんなに扱いが違うんだ……?
シオン:女の子の心も、世界と同じくらい色々あるってことよ
リンウェル:ねえ、この煙なに?敵の襲撃?
ロウ:ああ、目は痛ぇし、喉が焼け付く感じがする。何だあ!?
シオン:ガスかもしれないわね。あまり煙を吸わないようにした方がいいわ
キサラ:ガスだと!?卑劣な……っ
テュオハリム:いや、……料理ではないか?
キサラ:どこの世界に、煙だけで喉を焼く料理があるというんです!
テュオハリム:だがアルフェンが……
シオン:敵の狙いはアルフェンなの!?
ロウ:なんだと?くそ、奴らの好きにはさせねえぞ!
テュオハリム:最後まで聞きたまえ。アルフェンが料理をしている
リンウェル:……は?
アルフェン:……もう少し香辛料を増やすか。火加減は……もっと強くてもいいな
キサラ:…………
アルフェン:しまったな、香辛料が燃えてしまった。肉に脂が乗ってるんだな。じゃあ裏がしてもう一度……
一同:……
シオン:ね、ねえアルフェン?あなた、何をしているの?
アルフェン:シオン、いいところに。ローストチキンを作ってみたんだ。皆で食べないか?
アルフェン:香辛料をたくさん使ったから、刺激的でうまいぞ。ちょっと焼きすぎたかもしれないけど……
ロウ:……アルフェンの料理が辛い理由が分かったよ
リンウェル:誰か、何事も過ぎれば毒だって言ってあげてよ
テュオハリム:それが彼の求める味なら、無粋は言えまい。料理とは奥深いものだな……
アルフェン:数々の料理をこなし、多くの食材を集め……
アルフェン:俺は今、至高の一品にたどり着いた!
アルフェン:マーボーカレー!!!
アルフェン:こいつは特別製だ。俺が今まで試した香辛料の中で最高の組み合わせを使った
シオン:アルフェンの
テュオハリム:香辛料……
リンウェル:……あ、私は後でいいかな。あまりお腹減ってないし
アルフェン:美味いぞ?
ロウ:確かに、美味そうな匂いではあるよな
アルフェン:辛さに奥行きがあるのにしつこくない。くどさも無いから何杯でもいける
ロウ:そう言われると、食ってみたくなるな。せっかくだし、もらうぜ!
シオン:……あら、本当に美味しいわ
キサラ:うん……。香辛料でお腹がやられないか心配ではあるが、これは良い味を出している
テュオハリム:うむ、辛さの絶妙な調和、まさに芸術の領域と言えよう
アルフェン:そうだろ?そうだろ?
ロウ:ああ、こりゃマジでうまいぜ!
リンウェル:ちょっと、ロウ、口に物入れたまましゃべらないでよ!
アルフェン:沢山作ったん。どんどん食べてくれ!
アルフェン:……12皿目だ……
ロウ:すげえ。新記録だ
キサラ:この目で見ても信じがたいな。あれだけの量をどこに収めているのだ?
シオン:あなたたち、もう食べないの?口に合わなかったかしら
アルフェン:いや、その
ロウ:よくそんだけ食えるなって感心してたんだよ
キサラ:苦しくはならないのか?胸やけとか……
シオン:どうってことないわ。ご飯は別腹って言うでしょう?
キサラ:それを言うならお菓子ではないか?
ロウ:それにニョッキって、結構、腹に溜まるよな?
リンウェル:やっぱりレナって理解できない……
フルル:フルゥ〜
アルフェン:どうしたシオン?珍しく小食だな
キサラ:チーズフォンデュ、自分で作ったのに好きではなかったのか?
ロウ:いつもはもっと痛快な食いっぷりだもんな
アルフェン:具合でも悪いのか?
シオン:そういう訳じゃないのよ、ただ……
アルフェン:ただ?
シオン:……全部お皿に乗せて上からチーズをかけるのとどう違うのかしら、とか考えてしまって
テュオハリム:強いて言えば、好みでチーズを増減できる点か。最後の仕上げを楽しみながら食べるという意味もある
シオン:まとめて胃に収まる方が手軽で良いと思うのだけど
アルフェン:……ひょっとして、食べる時のひと手間が面倒、なのか?
ロウ:言ってることはわかるけど、シオンってなんていうか、見かけによらず大雑把だよな
キサラ:そういうことか。食べ方に決まりがある訳でもないし、好きなようにしたらいい。食事は何より楽しくなくてはな
テュオハリム:仕方あるまい。野営で作法にこだわってみても詮無いことだ
シオン:そ、そうね。それじゃ、遠慮なく
リンウェル&ロウ&キサラ:っ!!
アルフェン:チーズフォンデュが一瞬にしてぶっかけチーズになった……
リンウェル:うーん、アイスクリームおいしい〜
ロウ:お前って、暑い時も寒い時もアイス食べてるのな
リンウェル:悪い?
ロウ:別に悪いとは言わねえけど、腹……冷えたりしねえの?
リンウェル:そういうこと、女の子に聞く?気配り無いなあ……
ロウ:え?や、その、なんだ?し、心配……ていうか……気になる……
リンウェル:アイスクリームは、食べたいときに食べるのがいいの!
ロウ:んなこと言ったって、そんな好き放題に食ってたら太るんじゃねえの?
リンウェル:あんたに気にしてもらうようなことじゃないから!!
テュオハリム:アイスひとつで言い合いになるか。若いな……
キサラ:無邪気と言ってあげてください
テュオハリム:……ふむ
アルフェン:考え込んだりして、何か問題ごとか?
テュオハリム:いや。君たちの礼儀作法について、な
アルフェン:礼儀?
ロウ:作法?
テュオハリム:ああ。率直に言って、君たちの不作法ぶりはいささか目に余る
ロウ:率直すぎるだろ!──っていうかそれ、今必要な話かよ?
テュオハリム:私からすると、不作法は目にするだけで落ち着かない気分になるのだ
アルフェン:そう言われても、奴隷の身じゃ身に着ける機会なんてなかったしな
ロウ:そうそう。こちとら生き抜くので精一杯だったんだ
テュオハリム:君らと同じダナ人でも、キサラは一通り習得している
キサラ:近衛兵として学ぶ機会と必要がありましたから。こう言ってはなんですが、メナンシアはかなり特殊だと思います
アルフェン:俺もメナンシアを基準にするのはどうかと思う
ロウ:そうだそうだ!ほかの国のレナの支配体制も考慮しろよな!
テュオハリム:ふむ……
テュオハリム:確かに、君たちの言い分に理があるな
テュオハリム:対等を装いながら、私はどうやら無意識に君たちを見下していたらしい
ロウ:あ、いや、そこまで固い話をしているわけじゃ……
テュオハリム:以後は気を付けるとしよう
テュオハリム:それはそれとして、礼儀作法を覚えるのは悪い話ではない。良ければ、野営の最中に基本だけでも教えよう
アルフェン:遠慮しておくよ。堅苦しいのは性に合わないんだ
テュオハリム:そうか。君はどうだ、ロウ?
テュオハリム:まずはこの意識を改めるところから始めないと駄目か
キサラ:……諦めないのですね
フルル:フゥル!
リンウェル:あ、駄目、フルル。これは私の!
アルフェン:喧嘩か?珍しいな。いつもはフルルが食べられそうなものを分けるのに
リンウェル:だって、ゴージャスパフェだよ?女の子の夢の城だよ!?
テュオハリム:そういうものなのかね?
キサラ:私に聞かないでください
シオン:食べ甲斐があるものはいいわよね
リンウェル:このお城を手にする日が来るなんて、感動だなー。どこまで食べても幸せの味〜
ロウ:女の夢の城って、アイスクリームと違って後のツケが大きそうだよな
リンウェル:それを攻略してこその攻城戦だもん。甘いものは元気の素なんだから!
ロウ:やべえ。何を言っても上機嫌だ
テュオハリム:こういう時の女性には逆らわない方がいいぞ、諸君
アルフェン:覚えておこう……
シオン:実際、好物を前にしている時に邪魔されると文句より先に手が出るわね
キサラ:ああ、それは分かる
ロウ:女って……
リンウェル:パフェ、最高〜
ロウ:いっちょあがりぃ!
シオン:また馬刺しなの?
アルフェン:ロウは本当、馬刺しが好きだな
ロウ:手軽だし、その割に工夫しやすいからな
リンウェル:工夫ってどの辺がそうな訳?
ロウ:玉ねぎと肉の並べ方を変えたり、玉ねぎを少なくしたり、玉ねぎを使うのをやめたり
テュオハリム:それは好き嫌いと言うのではないか?
ロウ:違うって。玉ねぎの入れ方で肉の風味が変わるんだよ
キサラ:間違ってはいないはずなのだが……どうも言い訳に聞こえるのはなぜだろうな
リンウェル:そうだ。じゃあ私の分の玉ねぎもあげるよ。未知の味に出会うかもしれないよ
ロウ:いや、おまっ……ちょ、リンウェル!
リンウェル:どんな味になったか、感想聞かせてね
ロウ:玉ねぎの味しかしません……
ロウ:うげっ
リンウェル:どうしたの、ロウ
ロウ:いや……なんであおじる?
キサラ:このところ肉が続いたからな。たまには野菜も必要だろう
ロウ:だからってなんであおじる?
アルフェン:野菜が苦手でも飲むだけでいいし、手軽に栄養補給が出来て便利ってことじゃないか?
ロウ:アルフェンは辛ければ何でもいいんだろ
シオン:あおじるは別に辛くないわよ?少し癖があるけれど、慣れれば飲みやすいわ
ロウ:こんなもん腹の足しにならねえじゃん
シオン:10杯くらい飲めばそれなりになるんじゃない?
ロウ:……シオンは肉食なのか草食なのか分からねえよ
リンウェル:ねえロウ、苦手なら早く飲んだ方がいいよ。ぬるくなると青味がきつくなるから
ロウ:ぬるくなくても青臭いんだよ、これは!
キサラ:体に良いんだ。つべこべ言わずにさっさと飲め!
キサラ:よし、完成だ。皆、待たせたな
アルフェン:また随分たくさん捌いたな
キサラ:沢山釣れたからな。魚は活きのいいうちに食べるのが一番だ
シオン:こんなに捌くのは大変だったんじゃない?
キサラ:なに、慣れている。どうということはない
ロウ:せっかく作ってもらって言うのもなんだけどさ、俺、刺身っていまいち味が分からないんだよな
キサラ:そうか、すまなかったな。釣りが好きなものだから、つい作りやすくて
アルフェン:別にキサラは何も悪くない。ロウ、味が薄いのが嫌なら香辛料を使うんだ
ロウ:なるほど!これをこうして盛り付けて……はむっ
ロウ:──!!!
リンウェル:ねえ、なにかあったの?ロウが凄い勢いで走って行ったけど……
テュオハリム:刺身を食べたら走り出してしまった
リンウェル:ふーん……泣くほど苦手な味だったのかな?
シオン:刺身のせいじゃないと思うけど……
キサラ:予備の装具が汚れていたので磨いておきました。それと武具も
テュオハリム:ああ、助かる、キサラ
リンウェル:……なんかキサラ、なんだかんだ言いつつ、テュオハリムの面倒を見ていない?
アルフェン:やっぱり、なかなか仕えていた時の間隔が抜けないのか?
キサラ:そういうつもりはないのだがな。それに別にあの人のことだけではないぞ
キサラ:ほら、ロウ。お前の服、穴が空いていたのを繕っておいた
ロウ:え、あ、ああ、悪ぃ
アルフェン:ひょっとして世話を焼くのが好きなのか?
キサラ:好きというか、していないと落ち着かないんだ。私にとってはそうするのが自然なんだと思う
キサラ:昔は兄さんと年下の子たちの面倒をよく見たものだ
キサラ:兄さんは何でも教えてくれた。野草のおいしい料理の仕方、服を長持ちさせる縫い方。何でも
シオン:あなたも、もう領将でないというなら、当然のように世話されるのは改めるべきじゃないの?
テュオハリム:面目ない。私もそうされることに何の疑問も抱いてこなかった
テュオハリム:ずっと領将として同じレナ人に、レナ人としてダナ人に仕えられて当然だと思ってきた
ロウ:まあ、レナ人だもんな。けど、俺たちはあんたに仕えてなんかないぜ?
テュオハリム:それでいい。君たちの態度に接するたびに私は内心の戸惑いに直面することになるのだから
ロウ:戸惑い?
テュオハリム:私が真の理想から共存を言い出した訳ではなかったのを思い出してもらいたいな
テュオハリム:戸惑いは私に、その都度、何のために戦うのかを思い出させてくれるだろう
キサラ:心配しなくても、いきなり放り出したりはしませんから
ロウ:なんだか部下っていうより、母親みたいだな……
キサラ:どうですか?
テュオハリム:癖が無く身の締まりも良い。素材の味が存分に感じられる一品だな
ロウ:あんな大きな魚、よく捌けるよなあ
キサラ:大きくてもやることは同じだからな。要は慣れの問題だ
アルフェン:でもちょっと勿体なかったな。珍しい魚だったんだろ?
キサラ:私が釣るのは食べるためだからな。釣った以上は心を籠めて調理する
キサラ:それに、ちゃんと記念に魚拓も取ってあるぞ
リンウェル:身が厚いせいか、ちょっとお肉っぽいね
ロウ:魚の身なんだから、ある意味、肉には違いないんじゃねえの?
リンウェル:いつも食事に魚が出ると肉が良いって言うくせに
ロウ:美味けりゃいいんだよ
リンウェル:野菜も美味しいよ?
ロウ:今は魚の話だろ!
キサラ:かなりの大物だったからな。まだまだ沢山あるぞ。遠慮せずどんどん食べてくれ
シオン:おかわり
アルフェン:あ。シオンが本気になった……
ロウ:テュオハリムって料理がうまいんだな
アルフェン:そうだな。正直、レナの領将に料理ができるとは思わなかった
テュオハリム:別に、大したものは作っていない
シオン:結構なご馳走だと思うわよ
アルフェン:ああ。機会があったらカラグリアの皆にも食べさせてやりたいくらいだ
テュオハリム:適当に切った材料を鍋に入れて煮込めばいい。誰にでも作れる料理だ
アルフェン:鍋に入れて、煮込む……
キサラ:そういう適当な説明は誤解を招きます
テュオハリム:嘘は言っていない
アルフェン:材料を煮込むだけなら俺にも作れそうだ。今度挑戦してみよう
リンウェル:え?……アルフェンはやめた方がいいんじゃないかな
アルフェン:?なんでだ?
リンウェル&ロウ:…………
キサラ:責任は取っていただきますから
シオン:治癒術くらいはかけてあげるわ
テュオハリム:失敗を前提にされるアルフェン、それを食する私、いずれがいずれを憐れむべきであろうか……
アルフェン:なんか、変わった形の焼肉だな。これは──
テュオハリム:ブウサギ焼きだ
リンウェル:えええ〜!?
ロウ:なんだよ、急に
リンウェル:ブウサギって、あのブウサギ!?つぶらな瞳がかわいい、あれ?
テュオハリム:もともと食用種だ。何もおかしなことはあるまい
リンウェル:…………
テュオハリム:もっとも、いつの頃からか愛玩用とする者が増えたせいで、昨今は珍味とする向きが強いようだが
シオン:味のせいで珍味になった訳じゃなかったのね……
テュオハリム:柔らかく脂が乗った良い肉だ。少し風味に癖があるが、そこがまた良い
キサラ:癖のある風味ですか。強めに焼くか、香草で煮ると消せるかもしれません
テュオハリム:うむ。香辛料で燻すか煮込むか悩んだのだが、敢えてそのまま焼いてみた
リンウェル:テュオハリムってたまに変なもの食べたがるよね
テュオハリム:領将なぞをやっていると、大抵の料理に飽きが来るものでね
アルフェン:その挙句が珍味探しか。いいんだか悪いんだか
ロウ:まあ、実際、元の姿がどうだろうと、こうなっちまえば、美味そうではあるよな。肉だし
テュオハリム:そういえば以前読んだ珍味に関する本には、フクロウについても書かれていたが──
フルル:フォッ!
テュオハリム:さすがに試す機会はなさそうだ
リンウェル:当たり前でしょ!
フルル:フルゥウッ!
アルフェン:さっきの戦いで受けた傷、もういいのか?
シオン:ええ、この通り、大丈夫よ
アルフェン:厳しいと思ったら後ろに下がってくれ。殴り合いならこっちで引き受ける
シオン:守られるために一緒にいる訳じゃないわ
アルフェン:そうはいったって、得手不得手ってもんがあるだろう
シオン:私がやせ我慢しているようにでも見える?
アルフェン:──!
シオン:!
アルフェン:……俺は痛みを感じない。でもシオンは違うだろ?
シオン:……
シオン:気遣いは感謝するわ。でもあなただって不覚を取ることはあるはずよ
シオン:私だけ過剰に扱うのはお願い、やめて
アルフェン:……違うんだ
アルフェン:俺はただ……
キサラ:…………
アルフェン:どうしたんだキサラ。微妙な顔をして
キサラ:いやそれが、いつの間にか所持金がかなり減っているんだ。こんなに使った覚えはないのだが……
テュオハリム:ああ、そういえば先日、少し使わせてもらった
キサラ:……半分以上の金額を少しとは言いません
ロウ:半分以上!?何に使ったんだよ!
テュオハリム:思いがけず、ずっと探していたこの一品を見つけてね
シオン:その手元のガラク……いえ、個性的な形のものが?
リンウェル:それ……!
テュオハリム:うむ、失われた古代のダナの遺物だ。恐らく祭祀かなにかに使われいたのだろう
テュオハリム:我々レナが占領して以来、この種のものは失われる一方だ。私としてはレナ、ダナの別なく保護したい
アルフェン:ダナの文化を保護……そういうことなら、多少は目をつぶるべき……なのか?
ロウ:腹の足しにならないもんに金払っても仕方ないだろ
シオン:それにどんな理由であれ、皆で稼いだ資金よ。勝手に手を付けるのはどうかと思うわ
テュオハリム:こうしたものは機を逃すと二度と巡り合わないものなのだが
キサラ:……テュオハリム。お金は湧いて出るものではありません
テュオハリム:そのくらい私だって知っている
キサラ:知っているだけではなく、実感してください。大体あなたは金銭感覚がなさすぎます
キサラ:あなたひとりの財布ではないのです。野宿をしたり、食材を草だけにして倹約するのは私たちですよ?
アルフェン:あ、いや、そこまで節約しなくても大丈──
キサラ:アルフェンは黙っていてくれ
アルフェン:はい
シオン:浪費も倹約もほどほどにしたいわね
キサラ:アルフェン、お前の服、少し臭うな。洗濯はしているのか?
アルフェン:そういえば、暫くしてないな
キサラ:良ければ洗っておこう。後で着替えたら渡してくれ
アルフェン:あ、ありがとう。助かる
キサラ:ロウとリンウェルも、服にほつれがあるぞ
ロウ:そりゃ、戦ってんだから服くらい破れるって
リンウェル:う……でも面と向かって指摘されると、ちょっと恥ずかしいかも……
キサラ:シオンも……
シオン:……私に触ると危ないわよ
キサラ:そうだったな、すまない。裾が汚れていると言いたかっただけだ
アルフェン:そこまで気にしなくてもいいんじゃないか。旅をしていれば、服も汚れるさ
キサラ:良くは無い!服の乱れは心の乱れと言うだろう!
ロウ:うわ、めんどくさ
テュオハリム:君は近衛をやめた割には、以前の習慣が抜けないようだな
シオン:習慣?近衛兵に習慣があるの?
テュオハリム:規則正しさ、潔癖さ……まあそのようなものだ
キサラ:そんなに変だっただろうか?普段通りにしていただけなのだが……
アルフェン:善意はわかるけど、先の長そうな旅だからな。もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないか
キサラ:そうか。別に無理をしているつもりもないのだが、皆を構えさせてはしょうがない。気を付けよう
キサラ:ああ、洗濯物と繕い物はまとめて出してくれ。今夜のうちに仕上げてしまいたいからな
ロウ:肩凝らないのかね……
アルフェン:テュオハリム、昨日、火の始末を忘れてたぞ
テュオハリム:火の始末……ああ、火を消すということか
アルフェン:ちゃんと消しておかないと、火事の原因になる
テュオハリム:なるほど、申し訳なかった。気を付けよう
ロウ:なんか、自分で火を消すって発想自体がないって感じか?
キサラ:それより、上着の留め金が外れかけていますよ
テュオハリム:ああ、試したのだがどうもうまく嵌まらなくてね
リンウェル:呆れた。レナって身支度もろくにできないの?
キサラ:領将は身の回りのほとんどを世話係が行うからな。不慣れなのは仕方ないとはいえば仕方ないんだ
シオン:だとしても、少し度が過ぎる気がするわね
アルフェン:確かに同じレナ人でも、シオンは誰かの世話何て必要としないもんな
シオン:……私の場合は、そうせざるを得なかったというのもあるけど、だとしても、もう少し自分でできるようになるべきだわ
テュオハリム:ふむ、具体的に何を覚えればいいのかな
キサラ:まずそうですね、服の着方、靴の履き方、髪の整え方、私物のまとめ方、それから……
ロウ:世話係っていうより、母親みたいだ
テュオハリム:ああ、そういえばリンウェル、君のフクロウだが
リンウェル:な、なに?
テュオハリム:羽根の生え変わりの時、その抜けた羽根を譲ってはもらえないだろうか?
アルフェン:そんなものどうするんだ?
テュオハリム:それで作った枕は最高の寝心地らしい。最近、どうも寝付きが悪くてね
リンウェル:……!やっぱり、レナなんて大嫌いっ!
テュオハリム:何かまずかっただろうか
キサラ:とりあえず、身の回りのことより先に、空気を読むことを覚えてください
リンウェル:キサラって、料理から武器の手入れまで、ほんと何でもできるよね
ロウ:リンウェルも少し見習ったらいいんじゃねえの?
リンウェル:むか
キサラ:必要なら教えるぞ。私もほとんどミキゥダ兄さんに教えてもらった
シオン:裁縫や洗濯も?
キサラ:ああ。兄さんに教えてもらった
アルフェン:随分器用な人間だったんだな、ミキゥダは
キサラ:私はいつもそんな兄さんの後ろについて、気になることを聞いては困らせていたよ
キサラ:そういえば、ラギルと一緒に猫の育て方も教わったな
リンウェル:ラギルって、ミキゥダと一緒に<金砂の猫>にいた人だよね。髪の綺麗な──
キサラ:髪の手入れもミキゥダ兄さん直伝だ。……私は近衛兵の訓練でかなり傷んでしまったが
ロウ:十分綺麗だと思うけど……
テュオハリム:そんなミキゥダも、流石に化粧までは君に教えられなかったようだな
キサラ:いえ、教えてくれようとしました。ただ、私が訓練の時間を優先しただけです
テュオハリム:……冗談のつもりだったのだが
シオン:ミキゥダをよく知っているのはキサラだけだから、何とも言えないわね
アルフェン:本当のところなんて、本人にしか分からないからな……
テュオハリム:時にアルフェン、君の剣術はどこで覚えたのかね?
ロウ:あ、それ俺も気になってた。<紅の鴉>に会う前から使えたんだろ?
アルフェン:──俺はダナの領主に仕える兵士だったんだ
アルフェン:顔もろくに見たことのない雇い主のために戦うんだ。今にして思えば、あれはあれで奴隷みたいなもんだったな
ロウ:ダナの領主……300年前、レネギスに連れてかれる前ってことか
リンウェル:じゃあ、本物のダナの剣術ってことだね
ロウ:ダナの剣術?そんなもんがあったのか?
リンウェル:だって300年の間に失われたものは沢山あるんだよ?剣の使い方だってきっとそう
リンウェル:……それがこんな形で生き残るなんて、なんだか不思議だね
アルフェン:昔、支配を受け入れていた頃の俺が覚えた剣術が、今、支配者に立ち向かうために役立っている
アルフェン:そう考えると皮肉だな
テュオハリム:また余計なことを聞いてしまったかな
アルフェン:いや、俺たちが勝手にこね回しただけだ
ロウ:こね回していい方に転がれば、それでいいだろ
テュオハリム:良く転がすためにこねるのか。料理のようだな
ロウ:結果うまいもんが出来て、皆笑顔になるならそれでいいんじゃねえか
テュオハリム:なるほど、納得だ
ロウ:リンウェルってさ、戦闘中によくぶつぶつ言ってるけど、あれって何言ってるんだ?
リンウェル:なんで?気になる?
ロウ:気になるっていうか、結構乱暴なこと言ったりもしてるし、日頃の鬱憤を呪文にしてるのかなって
ロウ:親父の馬鹿やろー!って叫んで気合い入れるとか、そんな感じか?
リンウェル:ないよ、そんな詠唱!あれはその、なんとなく相手の雰囲気に合わせて言ってるだけで
ロウ:相手?
リンウェル:だから……、その魔法の属性の……星霊力っていうか
ロウ:星霊力?お前、星霊力と話できんのかよ!?
リンウェル:えっと、そういう訳じゃないんだけど、言葉に感情を乗せるとうまく働きやすいから
ロウ:ふーん?あ、なあ、星霊力と会話できるんなら、明日の天気とかお宝が埋まってる場所とか聞けるんじゃねえ?
リンウェル:ちょっと、本気で信じてないでしょ
ロウ:悪い奴がいる場所に雷を落としたりとかさー
リンウェル:天雷の裁き、サンダーブレード!
ロウ:……危ねっ!なにすんだよ!!
リンウェル:煩い奴がいるところに雷を落としました!
ロウ:……やっぱただこのままってのは駄目だよなあ
リンウェル:何が?
ロウ:うおっ!?っと、なんだよリンウェルか
リンウェル:私じゃ何かマズい訳?
ロウ:いや、そういう訳じゃねえけどよ。ただ考え事してたから
リンウェル:へえ、珍しいんだ
ロウ:茶化すなよ、真面目な話だ
リンウェル:あ、ごめん
ロウ:……俺さ、シスロディアでガナベルトのために働いてただろ?
リンウェル:……うん。目の前で<蛇の目>に仲間を殺されたせい、だったよね
ロウ:ああ。前は寝ると夢に見てうなされたりしてたんだ。けど、最近、あまり見なくなってきてさ
リンウェル:よかったじゃない。何が駄目なの?
ロウ:あれは……俺のやらかしの一部なんだ。だから……忘れちゃ駄目な気がして
リンウェル:夢に見なくなったから、忘れてきたってこと?なんで?どうしてそう思うの?
ロウ:なんでって……俺、頭悪ぃし
リンウェル:思い出せなくなった訳じゃないんでしょ?
ロウ:そりゃ、そうだけど
リンウェル:だったら、それって忘れたんじゃなくて、受け止められるようになったってことじゃないのかな
ロウ:受け止め……アルフェンみたいに?そうなのか?
リンウェル:うん……そう思う
リンウェル:……ロウはすごいね
ロウ:え?
リンウェル:私は……まだうまく受け止められてないから。自分のこと
ロウ:リンウェル……
ロウ:今日の飯、塩が薄くなかったか?
テュオハリム:素材の味を活かした良い味付けだと思ったが
リンウェル:ロウは子ども舌だから、味が濃くないと食べた気がしないんでしょ
ロウ:なんだよ、馬鹿にすんなっ。塩がなきゃ人間生きていけないんだぞ
シオン:確かに、塩気が足りないと体力が落ちるというわね
アルフェン:カラグリアじゃそれで岩を舐めてる者がいたっけな
ロウ:岩を舐める?なんだそりゃ
アルフェン:塩味のする岩が時々見つかるんだ。奴隷の涙がしみ込んだ岩だと言われていた
キサラ:それはおそらく、岩塩だ
キサラ:配給が満足に得られなかった頃、ミキゥダ兄さんが見つけて持ってきたことがある
キサラ:あの頃は間に合わせのものとして使っていたが、今は普通の塩よりむしろ味に深みがあって使っている
テュオハリム:この辺りでもその岩塩が見つかるのかね?
キサラ:はい、少しコツがいりますが、見つけたら砕いて補充するようにしています
キサラ:採れる土地によって、それぞれ味わいが違うので、それで何を作るか、考えだすと止まらなくなります
リンウェル:キサラも結構凝り性なんだね
アルフェン:根が生真面目だからな。あまり負担をかけないようにしよう
ロウ:さあて、今日の料理当番は誰だ?
アルフェン:ロウだろ。しれっととぼけるなよ
ロウ:ちぇっ、バレバレかよ。しゃあねえな、そんじゃ──
シオン:ちょっといいかしら
シオン:前に農場でパンケーキを作った時のこと覚えてる?
アルフェン:ああ、なんか妙に盛り上がったっけな
リンウェル:もしかしてもう一回勝負したいとか?
シオン:そうじゃないの
シオン:ただ、あれからずっと考えていたのよ
アルフェン:持てる技術は全部使ったし、手を抜いたつもりはなかった
キサラ:なのにどうして負けたのか、か?
ロウ:そりゃ判定するキサラに大量の砂糖食わせたからじゃ……
シオン:と・に・か・く!
シオン:私なりに考えた結果を、一度、皆に確かめてもらいたいの
キサラ:……分かった。お前の挑戦、受けて立とうではないか
ロウ:え、そういう話なのか、これ?
アルフェン:ま、まあせっかくシオンがその気になってるんだ。別にいいよな、皆?
シオン:ありがとう。待ってて。早速作るから
シオン:お待たせ。さあどうぞ
アルフェン:待ちかねた。どれどれ……
シオン:……
シオン以外全員:!!
アルフェン:こ、これは……
アルフェン:いくつもの異なる辛さが互いを殺さず、むしろ高め合っているだと……!?
リンウェル:甘くてとろけそう。ほんわか気分で幸せ〜!
ロウ:っかー、がっつり俺好みの濃い味系、手が止まらねえ!
キサラ:素材の選択、風味を活かした絶妙な火加減!
テュオハリム:盛り付けのこだわり、何よりこの澄んだ上品な味わい……!
シオン以外全員:うまい!!
アルフェン:シオン、この料理すごいぞ!
シオン:本当?よかった……
ロウ:……あれ、でもなんかこう、感想バラバラじゃなかったか?
リンウェル:そういえば、皆違う料理のこと言ってるみたいだったかも
ロウ:どれ、ちょい、アルフェンのを味見……
ロウ:うお!?辛ええ◎※△@☆!!!!!
シオン:……それぞれの好みに合わせて少しずつ変えてみたの
ロウ:☆※◎△@※〜!?!?
アルフェン:変えたって、全員分をか?それ物凄く手間かかっただろ
シオン:ええ、でもお陰でやっと気づくことができたの
シオン:料理で相手を喜ばせたい思いが強くなりすぎて、私、肝心の相手のことが見えなくなっていたんだわ
リンウェル:はい、お水
ロウ:うぐうぐうぐ……ぷはー。あー死ぬかと思った
シオン:大事なのは喜ばせたい自分の気持ちではなく、相手が何を求めているか、そこに寄り添うことだったのに
キサラ:その通りだ、よく気が付いた!
キサラ:大事なのは愛情、相手を思いやる気持ち。それこそが最高の調味料なのだ!
テュオハリム:作る側、食べる側、どちらかだけでは成り立たないということか。なるほど勉強になる
キサラ:見事だシオン!もう私から教えることはなにもない!
シオン:ありがとう……ありがとうございます、キサラ教官!
キサラ:ぐっ……!!
シオン:……あ
ロウ:考えたらアルフェンって、ずっと鎧着てるけど、暑くないのか?今は感覚あるんだろ?
アルフェン:まあ正直言うと、不便がないこともない
リンウェル:背中が痒くなった時とか?
アルフェン:とかな。それに見た目より軽いといってもやっぱり肩だって凝るし
リンウェル:鎧といえば、キサラも涼しい顔してるよね
キサラ:鎧は心で着るものだ
リンウェル:さすが元近衛兵……意味良く分からないけど
ロウ:もっと深刻な問題だってあるんじゃねえの?それこそ急に小便したくなった時とかさ
リンウェル:しょっ……!
アルフェン:確かにちょっと面倒くさいな。慌てると挟みそうになるし
ロウ:それヤバすぎるだろ……。いっそ普段は全部脱いどいた方がいいんじゃねえか?
アルフェン:いつ敵が襲ってくるかもわからないからな。命には代えられないさ
ロウ:用足してる最中に襲われたらどのみちどうしようもなくないか?なあリンウェル
リンウェル:怒るよ?
ロウ:なあ、<楔>から現れたやつらって全部倒したってことでいいんだよな?
リンウェル:うん、全部で四つだからそうだと思うよ
ロウ:どれも手強い相手だったけど、俺たちの敵じゃなかったな!
アルフェン:ほんとは少し怖かったんじゃないのか?
ロウ:……ちょびっとな
アルフェン:でも倒したんだ。間違いなく俺たちの力で
ロウ:ああ、だよな!
キサラ:本当に他にもういないといいのだが
シオン:それぞれ属性の違う一体限りの特別製みたいだったし、そういくつもいるとは思えないわ
シオン:……そうよね?
アルフェン:なんで今、テュオハリムに確認したんだ?
シオン:……いえ、なんとなく横取りしてしまったような気がして
キサラ:よく分かっているな、シオン……
キサラ:フルル、魚の干物があるんだが食べないか?
フルル:フルゥ
アルフェン:肉の方がいいよな、なあ、フルル
フルル:フゥル!
リンウェル:ちょっと、無暗に食べ物で釣らないでって言ってるでしょ!フルルもすぐ釣られないの!
フルル:フル……ゥ
テュオハリム:すっかり人気者だ
シオン:そうね、最初はリンウェルの傍から決して離れようとしなかったのに
アルフェン:リンウェル自身が変わったのも大きいのかもしれないな
リンウェル:それは……そうかも。私が気を許さない相手はフルルも警戒するから
アルフェン:それが今じゃ、フルルも含めて、皆、家族みあいなものだもんな
シオン:私が考え事をしていると、傍に寄ってくることもあるわ。触れられないのがもどかしいくらい
リンウェル:いつか撫でてあげて。すっごい柔らかいから!
ロウ:でもよ、そんなに懐いてるか?俺なんて未だにしょっちゅう突かれてるぜ?
キサラ:それは何か別の理由があるのではないか?序列の問題とか……
ロウ:序列って、犬かよ!
アルフェン:どういう時に突かれるんだ?
ロウ:んー?例えば俺がリンウェルと話してるときとか、よく割り込んでくることあるな
ロウ:ひょっとして、フルルのやつ、ヤキモチ焼いてんのか?
リンウェル:あ?
フルル:フルゥウッ!
ロウ:痛てて、だから突つくなって、こらっっ
テュオハリム:うむ。良い組み合わせだ
フルル:フルフゥ〜
ロウ:海に繰り出した甲斐あって、釣りの成果は上々だったみたいだな
キサラ:ああ、申し分ない。夕飯は期待してくれていいぞ
ロウ:やったぜ!
リンウェル:どうせ満腹できれば、なんでもいいんじゃないの?
ロウ:そんなことねえって。そりゃ、腹いっぱい食えるのが一番幸せなのは確かだけどよ
ロウ:でもキサラの料理は、単純に美味いからな。リンウェルだってそこは否定しないだろ?
リンウェル:悪かったですね、キサラほど料理上手でなくて
ロウ:はあ?そんな話してないだろ
アルフェン:ああええと、それで、何を作るんだ?焼くのか?刺身か?どうせなら辛いのが──
キサラ:……
アルフェン:キサラ?
キサラ:……悪いが、今話しかけないで……もらえるか
ロウ:お、おい、大丈夫かよ。顔色青いぜ
リンウェル:ていうか緑に……
ロウ:どうなってんだ?さっきまで普通にしてたのに
キサラ:……!
アルフェン:……そういえばキサラって、前に船酔いしていたような
アルフェン:……ひょっとして、何かに集中してるときだけ、平気、なのか?
キサラ:……!……!
ロウ:……すげえ形相で頷いてる
リンウェル:こんなキサラ初めて見た……
アルフェン:……もういい。休んでくれ。な?な?
フルル:フル……ゥ
シオン:リンウェル、フルルの元気がないようだけど大丈夫?
リンウェル:少しバテてるみたい……。フルルはシスロディアの生まれだから
アルフェン:ああ、それでなくてもカラグリアは暑いもんな
ロウ:ははーん、読めたぞ。お前、雪国生まれだから白いんだな!
リンウェル:ダナフクロウは育った土地の星霊力の影響を強く受けるから生まれた場所と外見は関係ありません
リンウェル:フルルが白いのはまだ子どもだからだもんね
フルル:フルゥ
アルフェン:住む土地で色が変わるのか?不思議だな
リンウェル:ずっと一緒に旅をしてるし、成長したらどんな柄の翼になるか楽しみなんだ
シオン:白のままっていうのも良いと思うけど、変わってしまうのね
ロウ:分かった。右と左と頭と尾羽と腹で色分けするんだろ!地図みたいに!
フルル:フルーッ!
ロウ:あ痛てて……急に元気になりやがった!
リンウェル:ロウが変なこと言うからでしょ。フルルにも美意識はあるんだから!
テュオハリム:美意識か。なかなか見どころがありそうだ
フルル:フゥゥゥ……
キサラ:テュオハリム……引かれています
リンウェル:ロウ?どうかした?
ロウ:いや。ここに戻ってきても、もう親父は居ないんだったなってさ
リンウェル:…………
ロウ:おおおおお!?おい、しんみりすんな、そんな空気狙ってねえよ!
リンウェル:うん……
リンウェル:そういえばさ、ジルファのお墓ってどこにあるの?
ロウ:墓ぁ?無えよ、そんなもん。……レナに見つかると、壊されるかもしれないだろ
ロウ:解放前のカラグリアじゃ、ダナ人の奴隷が死んでも、投げ込み穴に放り込まれるか、燃やされるだけだった
アルフェン:だから、なるべく見つからないうちに、自分たちで焼いて高台から散らすんだ。ダナに還れって
ロウ:そういうこと。おふくろもそうだった
リンウェル:だからジルファもお墓がないんだ……。でもだったら解放されたんだし、もういいんじゃないの?
アルフェン:それはそうなんだが、長年続けて、もうすっかり根付いてるらしいんだ
ロウ:親父も柄じゃねえって言いそうだしな
ロウ:それに同じ葬られ方じゃなきゃ、おふくろと会えねえだろ
リンウェル:そっか。そうだよね。ふたりで一緒にダナに還るんだもんね
ロウ:母なるダナとひとつになって私たちを見守る……うん、ちょっと素敵かも
ロウ:親父のことだから、あんまし馬鹿やってると死んでても鉄拳制裁しに来そうだけどな
ロウ:まあ、なんだ。見守ってるってんならさ。……俺、頑張ってみるから、大人しく見守っててくれよな
リンウェル:キサラ、すごかったね!こう、右に左に釣り竿が大きく揺れて
テュオハリム:うむ、海面を走る魚の勢いもさることながら、それを抑えきった君の腕前も見事だった
ロウ:おう。キサラが、どっせぇい!って踏ん張った瞬間、思わず拳を握ったぜ!
テュオハリム:あれは力強い掛け声だった
キサラ:……
アルフェン:それでキサラ、この魚は……
キサラ:あ、ああ。海の王者ともいわれるハクギンカジキだ。海に出ることがあったら挑戦してみたかったんだ
シオン:剣の刃みたいな凄い色ね
リンウェル:本当、この頭の鋭さとか、そのまま武器に出来そうだよね
テュオハリム:使いこなせる者がいれば、だな。かなりの重量級だぞ、これは
ロウ:そりゃ、やっぱキサラじゃねえの?こいつを一本釣りしてのけたんだし
キサラ:……
シオン:で、でも、その力でいつもキサラは私たちの盾になってくれているのよね
アルフェン:あ、ああ、改めて心強く思うよな
ロウ:無敵の馬鹿力ってとこだよな!
キサラ:……馬鹿……力……
リンウェル:ロウは無敵の馬鹿だね
ロウ:え?なんで?
ロウ:嘘だろ!?おい、食料がどこにも見当たらねえぞ!
アルフェン:嘘だろ!?
ロウ:いや本当だって。袋ごときれいさっぱりだ。こりゃ、戦ってる間にズーグルに盗まれたんだぜ
シオン:嘘でしょう!?
リンウェル:何なの、この会話
ロウ:他人事みたいに言ってるけど、お前のお気に入りの甘いもんだって根こそぎ無くなってんだからな
リンウェル:嘘でしょ!?
リンウェル:ひどい……人の楽しみを……お腹空いた……
シオン:不思議ね……何もないと知った途端、急に空腹が耐え難くなるなんて
アルフェン:どこまでも奪うというのか。許せん……!!
ロウ:はあ……残ったのはこの林檎がひとつだけか……
アルフェン:!!
シオン:!!
リンウェル:!!
アルフェン:ロウ……
ロウ:な、なんだよ、そんな目で見たってやらねえぞ。これは俺が拾った──
リンウェル:それを……
シオン:寄こしなさい!
ロウ:く、来るな!うわー!?
テュオハリム:……ふむ
キサラ:今戻りました……って、何かあったのですか?
テュオハリム:うむ。根源的充足の欠乏が共同体にとっていかに脅威となりうるか改めて認識した。なるほど深刻なものだ
キサラ:はあ。……ところでどうして背後に食料袋なんか抱えているのですか?
ロウ:ぎゃー!!
ロウ:なあ、アルフェンって、なんで辛いの好きなんだ?
アルフェン:何でだろうな?痛みを感じなかったから、刺激に飢えてた、とか?>
リンウェル:でももう痛覚戻ったんだから、関係ないんじゃない?
シオン:昔からそうだったという訳ではないの?
アルフェン:そういう訳でもないんだが、なんていうか、癖になってしまったというか
テュオハリム:分からないでもないな。食も極めると変わったものを求めるようになる
キサラ:そういう話でもない気がしますが……でも確かにあなたは珍味の類が好きでしたね
リンウェル:どうせなら、甘いもの好きになってくれたらよかったのに……
シオン:私は腹持ちするものが好きだわ。その方が長く動けるし
アルフェン:シオンは質より量──
シオン:何か言った?
アルフェン:──いや、何でもない、です
リンウェル:でも前から思ってたけど、シオンの好みってあまりレナぽくないよね。苦労してきたからかな
ロウ:力が出る食い物がいいのは同感だぜ。俺はなんたって肉!
アルフェン:キサラは魚料理が得意なのは自分で釣れるからだよな
キサラ:単に一番手に入りやすい食材だったからなのだがな。何度もやっていれば自然と慣れる
リンウェル:魚も美味しいけど、どっちかというとキサラの料理って家庭的だと思うよ。お母さんのを思い出すもん
キサラ:そうか。よく他の小さい子たちのために作っていたからかもしれないな
アルフェン:してみると、料理ってのも、その人が生きて来た人生が表れるものなのかもしれないな
アルフェン:シオン、さっきの戦いだけど
シオン:ごめんなさい、油断したわ
アルフェン:そういうことじゃなくて、もっと自分を大切にしてくれ
シオン:心配いらないわ。私はどうせ……死なないのだし
シオン:あなただって痛みを感じなかった頃は、自分の傷なんて気にしてなかった。それと同じよ
アルフェン:確かに前の俺はそうだった。でもそうじゃないんだ
シオン:何が違うっていうの?自分で今、そうだったっていったじゃない
アルフェン:今はもう違う
シオン:それは、あなたが痛みを取り戻したから──
アルフェン:俺はシオンに傷ついて欲しくないんだ!
シオン:……!
アルフェン:シオンの言う通り、痛みを感じなかった頃の俺は、それで色々無茶をした
アルフェン:周囲に言われてもピンと来なくて、それで心配をかけもした。馬鹿だったさ
アルフェン:だけど、痛みとか不死身とかそんな話じゃないんだ。俺は……シオンが血を流すのを見たくないんだ
アルフェン:……俺はおかしなことを言ってるのか?
シオン:……いいえ。私だって、あなたが血を流すところを見たいとは思わないから
シオン:相手は手加減してくれない。それでも自分を捨てるような戦い方はしない。それでいいかしら?
アルフェン:俺もきつい物言いをしてすまなかった。けど本当に、自分のことは大事にしてくれ
シオン:そうするわ
シオン:……それを選べる限りは、ね……
リンウェル:美味しいごはんが食べられるって幸せだねー
アルフェン:そうだな。奴隷時代のことを思うと特にそう思う
キサラ:おいしい食事はそれだけで生きる希望を抱かせる、ささやかだが凄い力がると、兄さんはよく言っていた
ロウ:ああ、なんか分かる気がするぜ。腹一杯になると細かいことなんてどうでもよくなるもんな
キサラ:だからといって、好き嫌いはよくないぞ
ロウ:へ?
リンウェル:そうだよ。ロウってば、いっつも嫌いなもの残すんだから
ロウ:いや、だってよ
アルフェン:考えてみれば、食べ残すなんて真似、昔はもったいなくて絶対にできなかったな
キサラ:そうだな。貧しい食材を少しでもおいしく食べられるように、兄さんと随分工夫したものだ
シオン:腕も気持ちも、それがキサラの料理の原点なのね
ロウ:テュオハリムはそういうの無さそうだよな。黙ってても勝手に料理が出てきそうだし
テュオハリム:よくご存じだ
アルフェン:否定どころか気後れもないんだな……
テュオハリム:ふむ、昔のことだがそれでひとつ思い出した
アルフェン:?
テュオハリム:普段食べているものが、元は魚や獣だったと知った時はなかなかの衝撃だった
リンウェル:……自分が何を口にしてるか知らずに食べてたの?
アルフェン:さすがは元領将……
キサラ:シオンも随分料理の腕が上がったな
シオン:料理の楽しさを教えてもらって感謝しているわ。皆に喜んでもらえるのも嬉しいし
ロウ:けど、シオンが料理当番の時って、食材がすごく減るんだよな。あれ、なんでなんだ?
テュオハリム:そういえば、用意する食材の量と出来上がる料理の間に、なんていうか、かなり食い違いがあるな
リンウェル:野菜とか、炒めたらかさが減るのは普通じゃないの?
ロウ:意外と失敗作は全部自分の胃袋に入れてたりして
シオン:そんな誤魔化すようなことはしていないわ
アルフェン:じゃあなんでだ……?
テュオハリム:ふむ、ひとつ推論してみよう
キサラ:テュオハリム?
テュオハリム:彼女はこう見えて健啖家だ。そして料理には味見がつきものだろう
テュオハリム:私の見る限り、ここ最近の彼女の足跡は依然より深くなっている。導き出される推論は──
アルフェン:つまみ食いか……
キサラ:シオンは着痩せする体質だったのだな
リンウェル:ちょっとうらやましい……かな?
ロウ:なんだ?それってつまりシオンが重く……
シオン:………………。……私が、何?
ロウ:あ……いや
アルフェン:……なんでもない
ロウ:お、シオン、いいところに。ちょっと手を貸して──
シオン:駄目!
ロウ:うおっ!?……っと、そうか、<荊>か……悪ぃ
シオン:いえ……私こそ言い方がきつくなってごめんなさい
リンウェル:ロウったら、本当、気が回らないんだから
シオン:いいのよ。変に身構えられるよりずっと嬉しいわ
シオン:もちろん、うっかり触れないように気は付けているけど
リンウェル:ねえ……聞いてもいい?触れられないのって、寂しくならない?
シオン:そうね……寂しくなるとかならなとかじゃなくて、受け入れるしかなかったから、
シオン:いつの間にかそれが当たり前になっていて、忘れていた気がするわ
シオン:自分が完全に独りなんだって思いはあったけど
リンウェル:独り……それて寂しさする感じる余地がなかったってことだよね……
シオン:大丈夫よ。今は違うもの
リンウェル:でも、私はシオンに触れない。支えてあげたい時にできない。アルフェンだって──!
シオン:……ありがとう
シオン:<荊>がある限り、それは変わらない。でも、アルフェンは<荊>を倒すと約束してくれた
シオン:だからいつか──今すぐでなくても、いつかきっと叶うと信じてるわ
リンウェル:……うん。私もいっぱいシオンをぎゅーってしたい。約束だよ
ロウ:なあ、テュオハリムのあれってどういう技なんだ?
テュオハリム:あれでは分からんな。どの技のことかね?
ロウ:なんか、街中とかでさ、話しかけた相手が隙だらけになることがあるだろ?
テュオハリム:何のことか分かりかねるが
キサラ:あれは「たらし技」というんだ
キサラ:自分の外見や声の質を最大限に活かして相手の心を縛る特殊な技だ
テュオハリム:人聞きの悪いことをいう。私ではなく、受け取る側の問題だろうに
ロウ:でもやっぱり何かあるんだな!どうやったら使えるようになるんだ?
アルフェン:俺も気になるな。何か特別な修行があるのか?
キサラ:そうだな。常に優雅にあることを心掛け、後ろ向きな考えを持ちながら蘊蓄を語る辺りが初歩だろう
テュオハリム:言いたいことがあるなら直接言ってはどうかな?
キサラ:感心しているだけですよ。他意はありません
リンウェル:──ねえねえ!アルフェンとロウの様子がおかしいんだけど!
アルフェン:変な姿勢でよく分からない話を始めるのよ。何か変なものでも食べたのかしら?
テュオハリム:どう責任を取るつもりだね?
キサラ:……そこまで本気にされるとは思いませんでした。反省します
キサラ:……
シオン:どうしたの、遠い目をして
キサラ:そんな顔をしていたか?
シオン:ええ。なんだか嬉しそうに見えたと思ったら、悲しそうに見えたり
リンウェル:テュオハリムのこと?
キサラ:リンウェルは鋭いな
キサラ:あの人が前に歩き出したことが嬉しくてな
キサラ:ずっともどかしかった。始めからその気になればできるだけの力があったのに、自分で作った影に囚われて
キサラ:でもようやく、それも終わった。だから嬉しい
リンウェル:……じゃあ、悲しそうなのは?
キサラ:別に悲しいことはなにもない。ただ……そうだな、少し寂しさを感じている
キサラ:おかしいな、もう心配する必要はないのだから、素直に喜ぶだけでいいはずなのに
リンウェル:キサラって本当、お母さんみたいだね
シオン:そうね。子どもが大きくなって手がかからなくなった母親の心境、みたいなものなのかしら
リンウェル:おっきい子どもだね!
キサラ:ふふ、本人が聞いたらどんな顔をするだろうな
キサラ:だがだからこそ、今度は私が囚われているようではいけないな
キサラ:あの人に置いていかれないよう、私もしっかり前に進まなくてはな
アルフェン:ふう、なんとか自分の足で立ってるぞ
ロウ:やったな、アルフェン!
リンウェル:すごいよ、個人戦制覇だよ!
シオン:大丈夫?怪我はない?
アルフェン:ああ。この手ごたえ、頑張って鍛えたのがちゃんと身に着いたんだって実感するよ
テュオハリム:お見事だ。私が領将のままだったなら、ぜひ近衛兵団に勧誘したいところだな
キサラ:アルフェンと同僚ですか。それも悪くないかもしれないですね
シオン:でも、それじゃ私たちの戦いが終わってしまうわ
アルフェン:壊しきれない壁を沢山残したままになってしまうな
テュオハリム:それも考え物だな。この話はなかったことにしよう
アルフェン:皆とここまで戦い続けてきた経験のすべてが、今のこの俺の力になっているんだ
アルフェン:皆、俺と出会ってくれて、そして一緒に来てくれて、ありがとう
シオン:これでどうかしら?
アルフェン:どうかしらと聞かれても、お疲れ様としか……そんなに強くなってどうするつもりなんだ?
シオン:意地、ね。どうせやるなら最後までやり遂げないと気が済まなくなってしまて
シオン:それに途中から、もっと自分の力を試してみたい、そんな気持ちも出てきたし
ロウ:分かるぜ。自分の技が磨かれていく感覚って最高だよな
リンウェル:シオン、まるで女王様みたいだったよ
シオン:女王様?
リンウェル:うん、どんな相手もぴしゃりと跳ね除けて近寄らせない感じ。すごく恰好よかった
シオン:それは……、懐に入られないようにしていただけよ。私の武器は銃だから
アルフェン:なんにしても、ひとりでやり遂げたんだ。おめでとう、シオン
シオン:ありがとう、アルフェン
シオン:こうなると、次はあなたとも手合わせしてみたいわ
アルフェン:……考えておくよ
フルル:フルロッフ〜♪
リンウェル:やったよ、フルル!制覇したよ!
アルフェン:俺たちと出会った頃に比べて、格段に強くなったな
シオン:ああやってはしゃいでるところは、年相応なのにね
ロウ:いつもああやって笑ってりゃいいのによ
フルル:フルゥウッ!
ロウ:うわ、なんだよ急にっ
テュオハリム:時に鳥は、連れ合いと決めた相手に近づくものに対し攻撃的になるとかならないとか
ロウ:はあ?な、なな、なんだそれ、俺は別に、あんなお転婆……
フルル:フルーッ!
ロウ:あーもー、どうしろってんだよ!
シオン:ひょっとして、リンウェルの頑張りを褒めてあげないから怒っているんじゃないかしら
ロウ:…………。あーすごいすごい。リンウェルすごいなー
リンウェル:な、なによ急に
ロウ:お前の努力を分かりやすく褒めてやったんだよっ
リンウェル:──!!
リンウェル:あ、ありがとう……
ロウ:い、いや、こちらこそ、どう、いたしまして……
フルル:フルルゥウ
ロウ:よっしゃ、やったぜ、個人戦制覇!!
リンウェル:えらいえらい、頑張ったねー
ロウ:おう、余裕余裕。俺いんかかればこんなもんよ!
テュオハリム:一度ならず危うい場面もあったとはいえ、無事達成できて何よりだ
キサラ:本人があれだけ喜んでいるのだから水を差すような発言は控えてあげてください
シオン:そうね、反省は後からでもできるもの
ロウ:あんたら、俺をなんだと……
アルフェン:やったな、ロウ。心も技も段違いに強くなった
ロウ:──アルフェン!!やっぱ俺はずっとあんたについていくぜ!!
フルル:フゥルル〜
キサラ:なんとかやりおおせたな。少しは近衛の面目を保てたか
テュオハリム:十分、みんなの励みになったことだろう。現役でもここまでやれる者は多くあるまい
アルフェン:引退しても色々背負わなきゃならないとは、近衛兵というのは大変なんだな
キサラ:もっと早くこの高みに達していたら、兄さんも色々、私に打ち明けてくれたかもしれないな
キサラ:思えば頼りない妹だった
テュオハリム:言われてみれば、ミキゥダはよく君の心配をしていたな
キサラ:兄が、ですか?やはり私は近衛兵として力不足に思われて──
テュオハリム:あまり強くなっては、嫁の貰い手がなくなるのではないかと
ロウ:嫁の貰い手……
キサラ:……テュオハリム。それは今、出さないといけない話題ですか?
テュオハリム:何かまずかっただろうか?
リンウェル:だ、大丈夫だよ。ほら、キサラは料理も上手だし
アルフェン:ああ。釣りもできるから、野外での生活力も高い
シオン:今のは女性への誉め言葉としてはどうかと思うけど
キサラ:いや、生活力が高いと言われて悪い気はしない。ありがとう、アルフェン
テュオハリム:ふむ。野生の近衛兵と言う訳だな
キサラ:……あなたは少し黙っていてください
テュオハリム:修練課題はこれですべてか
キサラ:個人戦制覇、おめでとうございます。さすがですね
ロウ:やっぱ強えな、大将。対して息も乱れてないんだもんな
テュオハリム:そう言ってもらえて光栄だが、個人の武が成せることなどたかが知れてい
アルフェン:そうはいっても、並み居るレナ人の中から領将に選ばれるだけの力はあった訳だろう?
テュオハリム:その力とて、メナンシアにいた頃は錆びつかせる一方だった
シオン:……そういうところは相変わらずね
リンウェル:褒められてるんだから、素直に受ければいいのに
テュオハリム:……
リンウェル:私、みんなと世界を巡ってメナンシアが良い国だって思うようになったよ
リンウェル:この修練場だってそうだよ。テュオハリムが良い国にするために作ったんでしょ?
テュオハリム:……そう言われれば、何ひとつ為すところがない訳ではなかったのだな
テュオハリム:この修練場も、一度くらい領将でいるうちに通ってみるべきだった
キサラ:どういうことですか?
テュオハリム:いや、やってみて分かったが、修練の内容が基礎に偏りがちで応用が薄い
テュオハリム:もうひとつくらい、上の階級があってもよかったと思ってね
キサラ:……念のために言っておきますが、誰もがあなたほど能力がある訳ではありませんよ……?
アルフェン:やったな、本当に団体戦を制覇だ。皆、お疲れさん!
シオン:すごいことだとは思うけど、私たちこんなことをしてていいのかしら……
キサラ:我々がこれから果たさなければならないことを思えば、ここでの経験は必ず役に立つはずだ
テュオハリム:確かに、我々が真に挑むべき戦いは、力が及ばなかったで済ませられるものではないからな
リンウェル:戦いでひとりじゃないってすごく心強いって思った。それが分かっただけでも、意味あったと思うよ
ロウ:なんで皆そう堅いんだよ。みんなで制覇したんだぞ!もっとこう、ひゃっはーっ!って喜ぼうぜ!!
シオン:そうね。これは私たちひとりひとりの成長だけでなく、私たちの絆の強さの証だものね
シオン:ごめんなさい、少し構えすぎていたみたい
テュオハリム:そうだな、祝杯くらいは挙げても差し支えあるまい
キサラ:では夕飯は腕を揮いましょう
ロウ:だから、そうじゃなくて……
アルフェン:大丈夫。心配しなくても、世界を破滅から救ったら、いくらでもはしゃぐさ
ロウ:言ったな?約束だぞ。絶対だからな!
アルフェン:ああ。ちゃんと練習しておく
ロウ:練習……
アルフェン:前は気付かなかったけど、カラグリアって信じられないほど暑い
テュオハリム:何を今さら……と、失敬。痛覚のなかったころの話だな
アルフェン:ああ。我ながらよくこんなところで働いたり戦ったりしてたもんだ
シオン:おまけに顔を全部仮面で覆ってたものね……
アルフェン:……あの頃は、レナの支配のせいで誰もが苦しそうなんだと思っていたけど
アルフェン:この暑さのせいもあったんだろうな。歩いているだけで段々、頭がぼーっとしてくるよ
ロウ:お、おい、それって熱中症じゃないか?水飲んだ方がいいって
キサラ:この熱気の中での生水はやめた方がいいぞ。湯冷ましを作る環境があればよいんだが……
リンウェル:そうだ、私、ドクのところに水をもらいに行ってくるよ
テュオハリム:こういう時は水だけでなく、少々塩も摂るとよい気がしたが
キサラ:岩塩が見つかるか探してみましょう。アルフェンは日陰で休んでいろ。シオン、付いててやってくれ
シオン:……行っちゃったわね
アルフェン:みんな大げさだな。ありがたいけど
シオン:こんな時だけど、懐かしいわね
アルフェン:ああ、何もかもここから始まったんだよな
シオン:ここで私と出会ったこと、後悔してない?
アルフェン:自分を取り戻し、壁を壊すきっかけをくれた。後悔する訳がないさ
シオン:……
アルフェン&シオン:……
ロウ:あー、えへん、ごほん
シオン:あ、あら、居たのね、ロウ……
キサラ:雪が音を吸い込むせいか、シスロディアはどことなく荘厳な感じがしますね
テュオハリム:……厳かさで言えば我がアウテリーナ宮も負けていないと思うが
キサラ:否定はしませんが、この国の雪の白銀と、蒼味を帯びた影は独特の趣があります
テュオハリム:……ふむ。確かにこの静謐に張り合うのは無粋だな
ロウ:寒いだけじゃね?住んでる連中の心まで冷え切ってた昔よりマシだけど
リンウェル:冷え切った心の持ち主で悪かったわね
ロウ:お前のこと言ってるわけじゃねえよ!大体、それ言うなら俺だって……
キサラ:徒に過去を振り返ってうなだれるより、そこから学んだものを明日に生かすことが大事だぞ
テュオハリム:過去を振り返らなすぎるのもどうかと思うが
キサラ:あなたは少し振り返りすぎです
シオン:キサラは手厳しいわね
アルフェン:……うちの女性陣は基本的に全員手厳しいと思う
ロウ:同意ー
テュオハリム:発言は控えさせていただこう……
シオン:メナンシアの気候は過ごしやすくていいわね。各地を巡った後だと特にそう感じるわ
アルフェン:だそうだ。よかったな
テュオハリム:光栄だが、別に私が所有する国という訳ではないぞ?
アルフェン:そういう意味じゃないさ。そりゃ、あんたにとっても故郷ではないかもしれないが
アルフェン:それなりに思い入れある場所には違いないだろ?そこを褒められたんだ。素直に喜んだらいい
テュオハリム:素直に、か。難しいものだな
リンウェル:テュオハリムって、どんなことでも難しく考えずにはいられないんだね
キサラ:だから気付けることもあるし、悩みもする。そういう人だ
シオン:……お察しするわ
テュオハリム:それにしても、よくも様々なことが同時に重なったものだ
テュオハリム:アルフェンの目覚め、シオンの行動、カラグリアのダナ人の蜂起、領将王争の末期……
アルフェン:俺の前にジルファがいたこと、そして、あんたが領将になったこともだな
シオン:まるでこの仕組みを壊したかった誰かが私たちを引き合わせたみたいね
ロウ:やめようぜ、そういうの。自分の意思で決めたからこその責任だろ
リンウェル:ロウにしてはいいこと言うじゃない
ロウ:……常々思うんだけど、お前の中の俺ってどんな奴になってるんだ?
リンウェル:え?ええと……好感の持てる馬鹿?
ロウ:馬鹿とは何だよ、馬鹿とは!
キサラ:……今のは前半の部分こそが重要でしたよね?
テュオハリム:無粋はよそう。こういうのは自分で気づかないとな
シオン:だから馬鹿だと言われるのよね……
アルフェン:……
アルフェン:……!
ロウ:なんかアルフェン、やけにイラついてないか?
リンウェル:うん、なんだか機嫌悪そう
シオン:どうしたの?そうやって不機嫌を振りまいていると、周りまで嫌な気分になるわ
アルフェン:え?あ、ああ、悪い。そんなに不機嫌に見えたか?
シオン:ええ。話しかけづらいくらい。……何かあったの?
アルフェン:いや、小石がな
シオン:……小石?
アルフェン:足の裏に入り込んで、それがうまく取れなくて
ロウ:ああ、分かる分かる。あれって妙に気になる時あるよな
アルフェン:……ああ、なんだって、こんな小さい砂粒がこんなにも痛く感じるんだ!?
シオン:……落ち着いて。靴を脱いで逆さに振ればすむことじゃない
アルフェン:あ、そ、そうか、そうだな
アルフェン:──ふう、すっきりした。助かったよ、シオン
シオン:別にお礼を言われるほどのことじゃないと思うけど……
シオン:風が強い土地だから、砂ぼこりが入り込みやすい、というのはあるかもしれないわね
ロウ:なんかアルフェン、痛覚戻って、人一倍、そういうのに過敏になってないか?
リンウェル:そういえば、この間、野営で寝てた時、虫の羽音が気になるって炎の剣を持ちだしかけたよね……
ロウ:過敏っていうより、気が短くなったって感じ?
シオン:それは前からよ
キサラ:どうした、アルフェン。顔がひきつってるぞ
アルフェン:いや、それが……
テュオハリム:怒りたいが、怒れば相手の主張を認めたことになる。ゆえに行き場をなくした感情が顔に出ている、という訳だな
アルフェン:淡々と解説しなくていい!
シオン:ほら
アルフェン:しばらく滞在もしたが、この国の人々のことは未だにつかみ切れないな
テュオハリム:レナ人もダナ人も自分で考えることを放棄して、ただただ従うことだけを強いられてきたからな
アルフェン:それをこの国らしさとは思いたくない。昔は何かあったはずだ
キサラ:あったとしても、残っているかどうか、だな
アルフェン:取り戻せないなら、新たに作るしかない。けどそれを俺たちが押し付けては駄目だ
キサラ:そうだな。ここの人たちが自分で作り上げてこそ意味がある。だが、時間はかかるだろう
アルフェン:そこは焦っても──
アルフェン:なんだ、敵か!?
シオン:ごご、ごめんなさい、大きな虫が飛んできたものだから、思わず
アルフェン:虫?ズーグルか?
キサラ:別にズーグルがどうかで撃った訳じゃないのではないか?
テュオハリム:密林と湿地に覆われた土地だからな。メナンシア以上に虫には居心地よかろう
テュオハリム:ものの本によれば、人間の食べ物にいつの間にか卵を産み付けて増えたりもするとか
シオン:……!
アルフェン:ああ見えて虫もたくましいんだな
シオン:あ、アルフェンは平気なの?
アルフェン:……まあ、好きって訳じゃないけど、飢えをしのぐのに食べたこともあるし
テュオハリム:ほう、虫を。どう調理するのかね?
キサラ:テュオハリム、珍味の話ではないですから
ロウ:あ、トカゲ
シオン:!!
ロウ:リンウェルの両親ってどんな人たちだったんだ?
リンウェル:優しかったよ。厳しい時もあったけど。でも、魔法のことだけは違ったな
リンウェル:それのせいで隠れて暮らさなきゃならないのに、どうして辛い思いして学ばなきゃならないのかって
リンウェル:しょっちゅうそれで喧嘩してた
リンウェル:でも、こんなことになるならもっとまじめに勉強しとけばよかったかも
リンウェル:……ロウは?
ロウ:似たようなもんさ。生き抜くために鍛えろだなんだ、随分しごかれたっけな
ロウ:親父よりレナの方がましだなんて思ったこともあったくらいだ
ロウ:けどお陰で今、こうして生きてられてる
リンウェル:一緒だね
ロウ:なあ、初めて会った時、オレが親父にぶちかまそうとしたのを止めたよな。隠してた魔法を使って。なんでだったんだ?
リンウェル:うん……多分、どこかお父さんに同じものを感じたからだと思う
ロウ:親父に?おまえの親父さん、俺の親父みたいだったのか?
リンウェル:違うよ、全然違う。でも、なんていえばいいのかな。似てた
ロウ:そっか。よく分からねえけど、悪ぃ気はしないな
リンウェル:うん
リンウェル:……あ!ねえねえ、私気付いちゃった
ロウ:げっ、この間作った飯、手を抜いたのバレた!?
リンウェル:違うよ!って、なに、手を抜いてたの!?
キサラ:話が逸れてるぞ、リンウェル
リンウェル:あ、そうだった。あのさ、レナの装甲兵の鎧って中身は普通のレナ人が入ってるよね?
ロウ:ああ、着てるやつの力を強くする仕掛け付き、なんだっけか
リンウェル:そうそれ。あれってさ、なんであんな大きいんだと思う?
ロウ:敵を威圧するためじゃねえの?それか中の仕掛けがかさばるとか
リンウェル:……装甲兵とヘルガイムキルって背の高さ、似てると思わない?
ロウ:そういやそうだな。……それが?
リンウェル:もう、だから!
キサラ:あの鎧はもともとレナ人がヘルガイムキルと同じ活動をするためのものだったのかもしれない、と言いたいのだな
ロウ:へえ、ってことは……どういうことなんだ?
リンウェル:どうって……それだけ、だけどさ。なんかこう、おおって感じしない?
ロウ:ふーん……?あ、ちょうどいいや、キサラ、今日の晩飯、なんだ?
リンウェル:……フルル
フルル:ッホォオオォォォ!!
ロウ:痛っ!?おい、なにするんだよ!?
リンウェル:うるさい!むしっちゃえ、フルル!
ロウ:いてっ、いてて!なんなんだよ、もう!?
テュオハリム:ヘルガイムキルの文明とはどういうものだったのだろうな
アルフェン:あんたはそういうの好きそうだよな
テュオハリム:優れた文明だったのは間違いない。ならば後に続く者として学べることは多いはずだ
キサラ:うずうずしているのは分かりますが、私たちにはまずやるべきことがありますよ
ロウ:老後の楽しみにとっておけよ
テュオハリム:隠居して趣味に没入できるならそれもいいが、この場所は老体には厳しそうだ
リンウェル:真剣に考えてる……
テュオハリム:老後の夢くらいは好きにさせてもらいたいな
シオン:夢を持つのが悪いとは思わないけど……
アルフェン:まあ、テュオハリムの場合、うっかりすると夢で済まなくなりそうだしな
キサラ:生涯現役でいて頂くしかないな
テュオハリム:何か今、不穏な言葉が聞こえた気がするのだが
キサラ:気のせいでしょう
ロウ:すべてうまくいったとして、なあ、いったとしてだぜ?
アルフェン:この先、どんな世界になるか、か?
ロウ:ああ。やっぱ何もかも今と違っちまうのかな
キサラ:間違いなく多くのことが変わるだろう。むしろそれが上辺だけに留まらないかが心配だ
リンウェル:どういうこと?
キサラ:レナがダナを支配するのが終わっても、その逆が始まっては意味がない
リンウェル:それってダナがダナを、でもだよね
テュオハリム:レナ、ダナ、星霊術、魔法遣い。我々が己と他とを隔てる名目には事欠かない
シオン:そういう物が全部、ちょっと手先が器用、とか楽器が上手、というのと同じになればいいのに
シオン:違いとしてではなく、特徴として
テュオハリム:力を持つ者がその範を示し続ければ、皆倣おう・そしてあるいはいつの日か──
アルフェン:示す者がいなくなっても、それが当たり前になる
リンウェル:だったら私たちが示そうよ!
リンウェル:魔法使いや星霊術使いが辺り間のように人のために力を使う世界になるようにって
シオン:リンウェル……そうね。それがこれからの私たちの務めね
リンウェル:ねえ、シオン、最近、アルフェンと仲良くしてる?
シオン:急にどうしたの?何の話?
リンウェル:ごめん、気になって……ほら、前はアルフェン、痛覚がなかったけど今は違うから
シオン:……そうね。正直、彼の痛覚が戻ってから出会えば悩まずにすんだのにって思うこともない訳じゃないけど
シオン:それでも、ああいう形で出会ってなかったら、この気持ちだってなかったはずだし……難しいわね
キサラ:気持ちはわからなくもない。形は違うが、私も永遠に触れることが出来ない相手がいる
シオン:……ミキゥダのことね
キサラ:だが、アルフェンは生きているだろう?
キサラ:それに、まだ未来がどう転ぶか分からないんだ。そこまで不安になる必要はないと思う
リンウェル:私だってシオンに触れたこと一度もないけど、でも、私がシオンのことどう思ってるかは伝わるでしょ?
シオン:そうね。出会った頃の私への態度、きつかったものね
リンウェル:いや、昔はほら、私もあまりなにも知らなかったし。……じゃなくて!
シオン:言いたいことはわかるわ。ありがとう
シオン:それに触れ合えなくても、気持ちを伝える方法はあるものね
キサラ:分かりやすいところでは、やはり料理だな
キサラ:特に相手の好みの料理は効果絶大だ。思うところがあるなら、料理に籠めてみてはどうだ?
シオン:そうね……やってみるわ
リンウェル:アルフェンの好みに合わせると、私たちが大変なんだけど……
キサラ:ま、まあ、ここは応援ということで私たちも頑張ろう。な?
キサラ:なんだ、ロウ。鍛錬の帰りか?
ロウ:おう、つい夢中になっちゃってさ。下着まで汗びっちゃびちゃだぜ
キサラ:……私は兄さんや近衛の連中で慣れているが、他の女子の前でそういう発言は控えた方がいいぞ
ロウ:ああ、リンウェルとか顔真っ赤にしそうだよな
キサラ:別にリンウェルとは言ってないが?
ロウ:あー……ほら、あいつ、呼びもしないのに視界に入ってくるからさ
アルフェン:それはお前がいつも無意識に、リンウェルがどこにいるか気にしてるってことじゃないか?
テュオハリム:いつの時代にも青春はあるのだな
ロウ:お、俺はリンウェルみたいなお転婆、気にしてねえし?どうせなら、もっとキサラみたいに大人っていうか?
キサラ:私も彼女くらいの頃はお転婆だったぞ?
ロウ:いや、別にお転婆が悪いってことじゃなくて、だってあいつのやんちゃっぷり、半端じゃないだろ?
リンウェル:ねえねえ、何の騒ぎ?
ロウ:げ。リンウェル
リンウェル:む、サンダーブレード
ロウ:うお!?なんだよ、急に
リンウェル:ロウが私の悪口言ってたって、フルルが
フルル:フッ
ロウ:…………
アルフェン:ロウの一番のライバルはフルルかもしれないな
テュオハリム;それもまたよし、春には嵐がつきものだ
リンウェル:前から思ってたんだけどさ、ずっとテュオハリムの相手をしてられるキサラって凄いよね
キサラ:そうか?そんなに難しいことをしているつもりはないぞ
シオン:難しいわよ。サボテンの棘の向きで芸術を語るとか、とてもじゃないけど私にはついていけないもの
リンウェル:あと、急に詩みたいなのも話し出したりね。それも感想に困るようなやつ
キサラ:あの人は語ることそのものを楽しんでいるんだ。無理に理解しようとする必要はない
シオン:彼は最初からあんな感じなの?
キサラ:メナンシアにいた頃は、もっと落ち着いていたな。あくまで近衛兵としての印象だが
シオン:そういえばシスロディアの領将には影武者がいたわね。まさか最初にヴィスキントで私たちが会ったのは……
キサラ:いや、あの人はずっとあの人だった。私たちに理想を語り、今も共に旅をしているあの人だ
リンウェル:そこ断言できちゃうのって、それも結構凄いと思うんだけど
シオン:考えてみれば、メナンシアの領将としては対等に話せる相手もいなかったはずよね
キサラ:だとしたらあの人が変わったのはお前たちのお陰かもしれないな
リンウェル:あんなおかしなところだらけとは思わなかったけどね
キサラ:それも全部含めてあの人、ということだ
アルフェン:なあ、たまにはあっちの道を進んでみないか?
ロウ:道って……どこに道があるんだよ?
キサラ:道は道でも、獣道のように見える。何処に繋がっているか分かっているのか?
アルフェン:俺の勘では橋だと思う
フルル:フルル?
リンウェル:フルルが違うって
アルフェン:そうかな?方角的には合ってると思うんだが
テュオハリム:街道が必ず安全という訳ではないが、敢えて道なき道を選びたがるのはなんなのだろうな
シオン:挑戦……なのかしら。時々とんでもない場所を通ろうとするわよね
キサラ:がけ崩れの跡を道だと言い張って飛び降りた時は驚いたぞ
ロウ:あー、なんか凄ぇ楽しそうだったな、あの時
リンウェル:アルフェンって道案内には不向きだよね
アルフェン:なあ、あっちの道……
シオン:どうしたものかしら
テュオハリム:わざわざ遭難の危険に挑まずとも、挑まらなければ問題には事欠かないはずだが
キサラ:このまま街道に沿って進むのがよさそうですね
アルフェン:…………おーい
アルフェン:…………。……俺は、壁を、壊す!
フルル:フゥルル〜
アルフェン:なかなか面白い技を持ってるんだな。助かったよ
テュオハリム:さっそくお役に立てて何よりだ──おや
アルフェン:どうした?
テュオハリム:どうやら思わぬ収穫のようだ
ロウ:なんだ、そのガラクタ?
テュオハリム:ガラクタとはご挨拶だ。このような造形、今までに見たことがない
リンウェル:……
アルフェン:リンウェル、気になるのか?
リンウェル:あ、う、うん。あれ、古いダナの遺物じゃないかな
リンウェル:レナが攻めてきたせいで消えてしまった、たくさんのものの、その名残
テュオハリム:それをレナの私が手にしている。君にしてみれば不本意か
リンウェル:……別に。ただレナでもなきゃかまけてる贅沢、許されないってだけ
アルフェン:テュオハリムも興味があるのか?
テュオハリム:惹かれる、と言った方がいいだろうな
テュオハリム:作った者の想い、辿った歴史、それを感じさせるものが好きでね
テュオハリム:だがレナにはそうした古いものがあまり残っていないのだ
ロウ:ふうん、なにが面白いんだか、俺にはさっぱりだ
リンウェル:どうして?私たちの文化の遺産なんだよ?
ロウ:んなこと言われたってよ。これが何の役に立つってわけでもないだろ?
テュオハリム:そうでもない。こうして手にしていると、遥か過ぎ去りし古代への想いに胸が熱くなる
アルフェン:そういうもの、か……?まあダナの遺産らしいし、粗末にはしないでくれよ
テュオハリム:言われるまでもない
ロウ:なんか色々集まったけどよ。やっぱ──
テュオハリム:しっ。静かにしたまえ
テュオハリム:声だ
リンウェル:え?
テュオハリム:散り散りになった遺物たちが囁くのだ。友に会いたい、ひとつになりたいと
ロウ:へぇー。リンウェルも聞こえるのか?
リンウェル:き、聞こえるわけないでしょ!遺物には興味あるけど、さすがにそれは
ロウ:でもお前、ときどき星霊力がうんたら〜って誰かとしゃべってねえか?
リンウェル:!わ、私ってテュオハリムと同じなの……?
テュオハリム:並べて見ると、各々の魅力が際立つな。この流線形にあの幾何学模様、並の感性ではない……
アルフェン:完全に世界に入っているな……
ロウ:アルフェンも武器のことになるとこんな感じだよな?
アルフェン:!!お、俺もテュオハリムと同じ……?
ロウ:?なんか、みんな静かになっちまったな
キサラ:また遺物を並べて……何をしているんです?
キサラ:い、今のは……!?
テュオハリム:うむ、彼らの手入れをしていたのだ
リンウェル:み、磨きすぎじゃない?
キサラ:はぁ……自分の世話はしないのに……
テュオハリム:だが、どれだけ尽くしても彼らは応えてくれぬ
リンウェル:声が聞こえるんじゃなかったの?
テュオハリム:そうだ。しかし、それだけだ。いまだ対話は成し得ていない
リンウェル:彼らはなんて言ってるの?ほんとにあんなに磨かれたかったの?
テュオハリム:!……確かに
テュオハリム:私はその魅力に取りつかれ、一方的に愛でるばかりだったやもしれぬ
テュオハリム:今一度、彼らと真摯に向き合わなくては……!
キサラ:よくも飽きないものですね
リンウェル:でも、こうやって並べて見るのも面白いね
リンウェル:これとこれは意匠が似てるし、同じ年代に作られたのかも
リンウェル:鋭いな。私も彼らは仲睦まじい関係であると踏んでいた
キサラ:私にはさっぱりだ
テュオハリム:むっ、これは!?
テュオハリム:以前にはなかった染みが!ついに我が声に応えてくれたのか!!
テュオハリム:ふむ、粘性があり、その芳香は独特……
リンウェル:あ〜〜!!フルル、ダメじゃない!そんなところにうんちしちゃ!
フルル:フルッ!
リンウェル:もう〜〜、貴重なものなんだよ!!
テュオハリム:……
キサラ:……テュオハリム、手を洗いにいきましょう
ロウ:あれは……また遺物の話をしてんのか?
リンウェル:……約束だよ
テュオハリム:ああ、共に……
キサラ:ロウ、何をしているんだ?
ロウ:おわっ……と
ロウ:い、いや、ふたりでこそこそしてたからよ。約束がどうとか……
キサラ:約束?遺物を並べてなんの……
ロウ:まさか……!ふたりで遺物冒険家になるとか?
キサラ:さすがにそれはあるまい
ロウ:わかんねえぞ、大将の遺物好きは普通じゃねえだろ?
キサラ:まあ、たしかに
ロウ:ふら〜っとどっか行っちまったら、キサラだって困るんじゃねえか?
キサラ:それは、困るな
ロウ:こいつはなんとかしねえと……
キサラ:ふむ……ならば、我々がひととおり遺物を集めてしまうのはどうだ?
ロウ:……なるほど!それなら冒険に出る必要もねえ!
キサラ:我々に遺物の声とやらは聞こえないが、怪しいところはくまなく探していこう
ロウ:おう!こうなったら全部見つけてやる!
キサラ:ところで、なんでロウは困るんだ?
ロウ:え、え?いやそれは、まあ……
リンウェル:えへへ、楽しみだなー
テュオハリム:うむ。すべてを終えたら、宮殿にて開催しよう
リンウェル&テュオハリム:ダナの遺物展覧会!
テュオハリム:来客への説明は任せるぞ、リンウェル
リンウェル:うん、これからはもっとがんばるよ!
テュオハリム:それから、フルルは展示品に近づけないでくれ
フルル:フル?
テュオハリム:壮観だな。これだけの遺物が我が元に集うとは
キサラ:どうです?半端なかけらもありません
テュオハリム:うむ、キサラとロウは特に尽力してくれた。礼を言わせてくれ
ロウ:じゃあ、遺物冒険家にはならないんだな?
リンウェル:遺物冒険家?何それ?
ロウ:なんか、前に約束してただろ、テュオハリムと
リンウェル:ああ、展覧会のこと
ロウ:展覧会?
リンウェル:うん。たくさん集まったから多くの人に見てもらいたいなって
テュオハリム:レナが奪ってしまったものを、わずかでも甦らせたくてな
テュオハリム:だが、ここにきて状況が変わった。展覧会はやめにしよう
テュオハリム:これらは恒久的に展示すべき……すなわち、博物館とする!
リンウェル:おおっ!良い!!
テュオハリム:そうであろう。遺物たちも、嵐のごとき歓声を……
ロウ:さすがにそれはウソくせえ
キサラ:しかしまた、大きな話ですね
テュオハリム:もちろん、展示品に添える解説文はリンウェルに書いてもらう
リンウェル:うん!もっともっと調べないとだね
テュオハリム:では君用の研究室も設けよう
リンウェル:本当!?すごい、素敵!!
ロウ:お前に研究とかできんのかよ?
リンウェル:あんたに言われたくない
リンウェル:文献をあさったり、素材や構造を調べたり……!星霊術へのはんのうを試すのもいいかも……!
リンウェル:まぁ、行き詰ったら叩き割って中身を見れば……
テュオハリム:そ、それは勘弁してくれたまえ!
リンウェル:あはは、冗談だって……
リンウェル:あとは外を駆けずり回ってくれる助手がいるといいんだけどなー
ロウ:え?な、なら俺が
キサラ:夢を膨らませるのはいいが、その前にやることがあるだろう
テュオハリム:そうだな。今、我々がすべきことはただひとつ……
キサラ:片付けだ!
リンウェル&ロウ&テュオハリム:はーい
リンウェル:今まで見つけたフクロウたちがいる……。やっぱりさっきのは見つけたお礼だったみたい
アルフェン:同じ色同士で集まってるな。そういうものなのか?
リンウェル:ダナフクロウの羽根の色は、成長の過程で、星霊力の属性の影響で決まるんだ
リンウェル:だから同じ国にいたもの同士で固まってるのかも
アルフェン:ってことは、どの国で何羽見つけたかがなんとなくでも分かるってことだな
キング:フォッフォロロゥ、フォフォー
クイーン:オロロゥ
シオン:またなにか言い始めたわよ
アルフェン:これまで仲間を見つけたことへのお礼かな
キング:フォロロゥ!フォロッフォー!
クイーン:オルゥ、オロルゥ!
アルフェン:いやむしろ、もっと頑張れ、かな
シオン:女王の方は咎めてるみたいね。そんな無理強いすべきじゃないって
キング:フォッフ、フロロゥ!
クイーン:オロルゥ!オロルルゥ!
アルフェン:反論してるぞ。彼らに頼むしか道はないって感じか?
シオン:だからこそ怒らせてはいけない……女王は心配してるみたい
フルル:フルルゥ、フルルゥ!
アルフェン:頑張るから気にしないで……かな?
リンウェル:……分かるの?
アルフェン:まさか。適当さ
アルフェン:なんとなくそんなことを言ってるのかなって想像しただけだ
リンウェル:うん……でも多分、そんなに間違ってないと思う
アルフェン:そんな気にしないでくれ。俺たちも余力でやってるだけなんだから
キング&クイーン:オロ
アルフェン:……ありがとう、かな
シオン:そうみたい。女王もね
フルル:フルゥ!フルルゥ!
アルフェン:はは、フルルも喜んでるみたいだ。よかったな、リンウェル
リンウェル:え?あ、うん。そうだね
シオン:……
ロウ:またご褒美をもらえたな
テュオハリム:まだこれだけいたのだな。ダナフクロウ、なるほど美しいものだ
キサラ:私もダナのフクロウはほとんど滅びたものと……当てにならないものですね
リンウェル:なんでもいいけど、ここのことは秘密だからね
キサラ:ああ、分かっている。こういう場所はなるべく知られずにおくべきだ
テュオハリム:だが、惜しいな
テュオハリム:うまく訓練できれば素晴らしい合唱が期待できそうなものを
キング:フォローフォロロゥ
クイーン:オロルルゥ、オローオルル
ロウ:なんか鳴き始めたぞ?
リンウェル:アルフェンとシオンが訳してくれるよ。ね?
アルフェン:え?いや、前のあれは適当な想像で……
ロウ:へえ、なんかよく分かんねえけど、それやってくれよ
アルフェン:そ、そうか?まあ、そこまで言うなら
アルフェン:ええと、「あんなこと言ってるが、大丈夫なのか?」
シオン:……「しっかりなさい。託すと決めたのはあなたでしょうに」
キング:フォフォーフォロロゥ
クイーン:オロゥオロルゥ
アルフェン:「俺には仲間を守る責任がある」
シオン:「それで無茶をされては困るのよ」
ロウ:……フクロウの会話なんだよな?
アルフェン&シオン:もちろんよ
ロウ:……
キサラ:それにしてもよくこれだけのフクロウを見つけたものだ
キサラ:リンウェルの、フルルへの想いの強さの賜物だな
リンウェル:フルルはどの枝に止まるのかな……
キサラ:リンウェル?
リンウェル:あ、ううん、なんでもないよ
リンウェル:さあ、まだ止まり木も半分しか埋まってないし、残りのフクロウも頑張って探さなきゃ!
アルフェン:ほとんどの止まり木が埋まったな。まだこんなにいたなんて、正直驚いた
テュオハリム:注意深く生きて来たのだろう。生命の強かさというべきか
シオン:一羽一羽は可愛らしいのに、ここまで多いと、なんだか壮観ね。圧倒されるわ
ロウ:……なんか、一斉に見つめられて、落ち着かねえんだけど
ロウ:フクロウの目ってじっと見つめてる感じがするからね
キング:フォロロ……
アルフェン:……「よくやってくれた」
ロウ:お、また始まったぞ
リンウェル:まんざらでもなかったんだね
アルフェン:「正直これだけ仲間が集まるとは思っていなかった」
シオン:「困っている相手を見るとすぐ助けたがる。お陰ですっかり大所帯だわ」
アルフェン:「俺たちは滅びる瀬戸際だ。運命を変えるためにも力を合わせなければ」
シオン:「背負いすぎなのよ、あなたは」
アルフェン:「だとしても、俺は運命に抗いたい。君を独り残すことはしたくないんだ」
シオン:「ひとりで決めたような気にならないで。私だって、あなたと一緒に生きるための努力をするわ」
アルフェン:……フクロウのことだよな?
シオン:フクロウのことよ?
テュオハリム:仲が良くて結構だが、そろそろいいかね、ご両人?
ロウ:どっちの会話だったんだよ、今の
キサラ:お前が思った方でいいだろう。それより、まだ少し枝に空きが残っているな
ロウ:ここまで来たら、埋め尽くさないとってか
リンウェル:ねえフルル、フクロウたちをみんな集めたら、そうしたら……
フルル:フルゥ?